09.『竜殺し』は気づかない
サラップ伯爵領の中心地である領都サーロ。
領主の館と冒険者ギルドに次いで大きな建物はいくつかあるが、その中でも個人宅が含まれるのは珍しい。現在『竜殺し』の異名を持つ冒険者、コルトがパーティメンバーとともに住まう住宅がそれだ。
「ふー、食った食った」
「ごちそうさまでしたあ」
「んむ、美味であった」
コルト、ガロア、そしてフルールは食事を済ませ、満足気に椅子の背もたれに体重をかける。ラーニャもナプキンで口元を拭いて、厨房に声をかけた。
「ごちそうさま。お茶を持ってきてちょうだい」
「は、はい、ただいま」
幼い声は、彼らの家から荷運び屋が消えてまもなく雇った使用人のもの。留守中の家の管理や、在宅中の家人の世話などを任せるために一人を、領主の紹介で受け入れたのだ。
エールを追放する直前の依頼を完了してから、既に五日。これまでの報酬のおかげで彼らは、初心者のように毎日依頼を探すことなく生活をしていられる。
ただ。
「コルト。そろそろ、新しい依頼を受けたほうが良くはないか?」
「ん、そうだな。『竜殺し』コルトでなけりゃ達成できない、重要な依頼が来ていてもおかしくねえ」
「といいますか。冒険者ギルドの方から、依頼書を持ってこの家に来るべきではないのかしら」
「そのとおりだな。これまではエールに取りに行かせてたからいいものの、この俺にわざわざギルドまで足を運ばせる手間を取らせる気か」
仮にも『竜殺し』という二つ名を持つコルトにとって、新しい依頼というものはつまりその二つ名の名誉を高めるためのものである。今は伯爵領領都に家を持つまでになったコルトだが、その地位に甘んじるつもりはない。
「いずれ、俺たちは王都に出る。貴族や、果ては王族からの依頼だってこなせるはずだ。そのくらい、俺たちは強くなっている」
「『暴君』の首も取ったし、『レッドヘルム』も倒してみせたものね」
コルトの自信満々の言葉に、豊かな胸を寄せながらラーニャが頷く。ちらりと動いた視線の先、壁一面に飾られている赤みがかった熊の皮は辺境の巨大ウッドベア『レッドヘルム』討伐の証としてエールに剥ぎ取らせ、加工させたものだ。
「エールのような囮がいなくても、何の問題もないな。我々は既に、強いことを証明している。それに、荷運び屋は必要なくなった」
「当然でしょお? あいつの収納スキルなんて使わなくても、必要なアイテムは持ち運べる。討伐した証拠だって、何の問題もなく持って帰れるわ」
使用人から配られた茶で喉を潤しながらフルールが浮かべた不敵な笑みを、ガロアが同じ表情で受け取る。
多くの高報酬依頼を達成させ、潤沢な資金で収納スキルを内包したマジックバッグを買い揃えた。エールの持つ収納スキルを超えただろうそれらのおかげで、彼らは荷物を運ぶためだけに『飼って』いた荷運び屋を必要としなくなったのだ。
「『暴君』のときはすっごく便利な囮だったけれど、それ以外は大したことなかったものねえ」
「竜の森の村じゃあ、ああいうやつは強敵に対する盾として便利だって言い伝えがあったんだよな。だから、わざわざ『魔術契約書』で言動を縛ってやったんだが」
「本人が村の外に出たい、って言ってたものねえ。その願いを叶えてあげたってのにほんと、役立たずだったんだから」
「『魔術契約書』につぎ込んだ金の分、三年こき使ってあげたのだ。減価償却済みだと、私は思う」
この場にいる、使用人以外の彼らはすべて、エールをパーティメンバーとしては扱っていなかった。
辺境の村、竜の森近くに住んでいたただの荷運び屋、『太陽の剣』が強敵を倒すための囮。
そう扱われていたことを、当の本人は知らない。
もしかしたら、共に依頼を受ける白銀の竜は知っているかもしれないが。
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