10.こっそり見た
リュントとパーティを組んでからふたつみっつ、小さな依頼をこなした。薬草採取と小型魔物の討伐、初心者向けの依頼ばかりだけどまあ、実際の戦闘力はリュントだけと言っても過言じゃないからな、しょうがない。
で、畑を荒らすファイアラビット退治を終わらせてギルドに戻った俺たちに、ライマさんが教えてくれた。例の『魔術契約書』について。
「じゃあ、所持と使用の許可は降りてたんですか」
「そうだね。一通だけだけど、しっかりあったよ」
というわけで、あれについては何も問題ないということがわかった。わかったからって、使われた俺にしちゃだから何だ、って感じだけどさ。でも、恐れながらと訴えることはできないわけだ。くそう。
「コルトがそもそも、侯爵家の末っ子らしいね。家を出るときに、餞別として渡されたようだよ」
そして判明する、面倒くさい事実。侯爵家って……そりゃ餞別にあんなとんでもないもの、ってそんな訳あるか! どこの家だどこの、って俺が叫びたくなるのを、誰か理解してほしい。
つーか、末っ子とは言え貴族のご子息かあ。そりゃ上から目線も当然だよな。いや、そうじゃない貴族もいるんだろうけどさ……いるよな?
「物騒な餞別ですね。ご子息がそれをどう使うのか、ご当主やご家族の方々はお考えにならなかったのでしょうか」
「それができるなら、そもそもあいつにあんなもん渡しゃしなかっただろうさ」
リュントの言葉は丁寧でライマさんの口調はいつもどおり。だけど、二人揃って要するに何考えてんだ侯爵家、ばっかじゃねーかと言ってるようなもんだよな。ここに当のコルト及び実家の関係者はいないだろうから、口を閉じておこう。
とは言え、本当に分からないのが。
「だから、何でそれを俺に使ったか、なんですよねえ」
「本人に聞いても、はぐらかされそうだしね」
「エールを拘束したのですから、エール自身に何かがあるというのが妥当なところなのですが」
うーむ、わからん。
俺はただの荷運び屋で、ドラゴンの幼生だったリュントと仲が良かったってのはコルトは知らないはずだし。
竜の森のそばにある村の住民、というならウチの家族始め、それなりに人数がいる。俺くらいの若者だって十人ほどはいるし。
ふと、リュントがギルドの入口に視線を向けた。
「……エール。あのコルトという人物の気配がします」
「え」
ここ数日、あいつらとは顔を合わせていない。
『太陽の剣』は大きな依頼を専門で受けるから、それが終わったあとは数日休暇をとるんだよな。俺は前の依頼が完了した直後に放り出されたので、その後あいつらは家でのんびりしていたはずだ。
てえことは、次の依頼を探しに来たかな。うわ、顔合わせたくない。
「ふたりとも。報酬関係の手続きあるんで、こっちいらっしゃいな」
「あ、はい。リュント、行くよ」
「分かりました」
ライマさんがひょいと手招きをしてくれた、ので俺は素直に応じることとする。リュントにも声をかけて、奥の部屋へ。
……いや、コルトにリュント会わせたら絶対俺の女になれとか言ってこう、リュントが怒る。ドラゴンになったりしたら大変だし。
ところでこの部屋、いつも入る部屋とは違わね?
「ここね、監視用の部屋なのよ。防音魔術かかってるけど、静かにね」
そう言ってライマさんがひょい、と壁にかかっている絵画をよけた。と、その向こうにはギルドのロビーが見える。
監視用、ねえ……と思いつつ見ていたら、コルトたちがぞろぞろと入ってきた。ふん、と鼻息荒く肩で風切る『竜殺し』は、周囲の冒険者たちを見回してもう一度ふん、と息を吐いた。
「何だ何だ、湿気た顔して。どうせ、ろくな依頼も来てねえんだろうが」
「ろくな依頼がない、ということはこの領が平和だということですよね? エール」
「ま、そうだね」
コルトの台詞にツッコミを入れるリュント……いやまあ、そういうことだよね。
と言っても、ゴブリンをはじめとする増殖率の高い魔物とかの討伐は定期的に来るんだけどさ。
「コルト向けの依頼はあるか?」
「ないわねえ」
「ほら、めぼしい魔物はみぃんなコルトが狩っちゃったから」
「ははは、たしかにな」
フルール、ガロア、ラーニャ、そしてコルト。
確かに実力はあるし、それだけ高難度の依頼を受けられるけれど、周囲からの視線はひどく冷たい。
俺も、コルトの奴隷だったときに依頼を見に来たりするとあんな目で見られたっけな。ライマさんとか、気にかけてくれる人もいたけれど。
「彼らが強い魔物を狩ったので、依頼が少ない。そうなんですか?」
「まあ、間違ってはいないでしょうね。サラップ伯爵領って、竜の森近辺を除くとそうそうでかい魔物が出てくるわけじゃないだけで」
リュントの疑問を、ライマさんがさくりと答えてくれる。
竜の森はドラゴンが生息しているせいなのか何なのか、強い魔物がひょこっと出てくることが他の地域より多い、らしい。そのせいでただの猟師がめっちゃ強かったりするんだけど、俺は荷運び屋でしかないしなあ。
「だから、周辺の領地から入ってきそうな大型魔物の情報も一応もらっておくのよ。そうすると、ああいう連中は喜んで行ってくれるから」
「そうしてこっちの領地にはさほど影響がない、と。なるほど」
その手があったか。
強いやつは強い魔物にぶつければいい、ということだよな。コルトの場合、それを本人が望んでいるわけだし。
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