59.ひといきついた

『ごちそうさまでしたー!』


 お土産のサーロビーフの一部を使った晩飯は、一瞬にして皆の胃袋に消えた。俺たちはまあ、依頼頑張ってサーロでまた買えばいいけど、家族はそうも行かないしな。


「兄ちゃん、めっちゃ美味しかった!」


 多分俺より食ったのは、俺より三つ下の弟カルル。なので今年十五歳、すっかり大きくなりやがってとは思う。けどまあ、やんちゃなのは変わりなし。


「ほんとー! おいしかったー!」


 そして、五つ下の妹ミニア。長く伸ばした髪を三つ編みにしてて、可愛くなったなあ。……リュントへの意識の仕方って、もしかしたらミニアに対するものに近いのか、俺。


「みゃみゃう!」


 ……あー、何故かミニアの隣でモモが平然と肉食ってます。母ちゃんに背負い袋の中にいるのを当てられて出てきたら、可愛いからよしとうちの家族に構われてなあ。

 ……こんなことならトカゲ時代のリュントと会わせても良かったか、と思うんだが当時のリュントは今のモモより小さいからなあ。こいつらに遊ばれてえらいことになっても大変だったろうしな。ま、いいか。


「モモちゃんも、美味しかったって!」


「ははは……そりゃよかった」


 ミニアに頭を撫でられて、嬉しそうに目を細めるモモ。万が一があったら、家で預かってもらうことになるかもしれないな。……モモがリュントみたいに人の姿になれたら一番なんだけどさ。


「良かったですね。エール、モモ」


「ああ。何というか、安心した」


「安心した、というのはこちらの台詞だよ。エール」


 ついついリュントと話をしてると、横から声が入った。俺の隣で酒をちびちびと飲んでいる、俺の父ちゃん。

 ガローデンというごっつい名前ではあるんだけれど、ラライカという実はかわいい名前の母ちゃんの尻に敷かれている。三年経っても、それは変わってなかった。




「何だい。一歳くらいかね? このドラゴンちゃんは」


 背負い袋の中のモモが見つかって、母ちゃんはすぐにドラゴンの幼生だと看破した。


「え、分かるのか?」


「だてに、竜の森のそばに暮らしてるんじゃないんだよ。一生に一度や二度は、ちっこいドラゴンに会うことだってあるさ」


「そ、そっか」


 まあ、既にちっこいドラゴンことリュントに会ってる自分としては、頷くしかないわけで。

 で、リュントとともにモモのことを説明しているときに父ちゃんが帰宅したんだよね。


「ただいま」


 そうだ、村長さんのとこに行ってたんだっけ。もしかしたら、コルト絡みなのかもしれないけれど。

 それはそれとして、俺はきちんと、顔を合わせないといけない。

 で、立ち上がって振り返ったら、ちょうど入ってきた父ちゃんと目が合った。まだ、身長はあっちのほうが高いしガタイもしっかりしてるし。


「……エール?」


「た、ただいま、父ちゃん」


 俺の名前を呼んだだけで、父ちゃんは固まってしまってる。家出息子が勝手に帰ってきたんだから、無理もない。

 だから、まず俺は、そこを謝ることしかできない。


「その……勝手に、出ていって、ごめん。勝手に、帰ってきて、ごめん」


「……」


 謝罪になってないよなあ……父ちゃんは相変わらず、固まったままで。

 しばらくして、動き出した。というか。


「こんの……大馬鹿野郎がああああああ!」


「きゅあっ!?」


「みゅあっ!?」


 怒鳴り声は大変に響き渡って、だから慣れてないリュントとモモがぴょいと飛び上がったのは仕方のないことだったんだけど。

 次の瞬間俺は、がっしりと父ちゃんに抱きしめられていた。……昔は痛かったんだけどなあ、ちょっとは強くなったのか今は平気っぽい。


「父ちゃん、すごく心配してたんだぞおおおおお」


「ええ、ああ、はい……」


 父ちゃんが、母ちゃんの尻に敷かれる理由の一つ。すっごく、涙もろいから。

 嬉しくて泣くし、悲しくて泣くし、怒っても泣くしでいい加減にしろ、と母ちゃんにすぱーんとひっぱたかれてまた泣くし。

 で、どうやら今回は心配してたのと、嬉しくて泣いてくれてるようだ。ごめんな、父ちゃん。


「……ええと、ごめん」


「おおお、おかえりよお……ふえええ」


「……父ちゃん。ほんとごめん」


 だから俺も、何度も何度もごめんを言ってそれで父ちゃんが泣いて。

 リュントと母ちゃんが協力して引っ剥がすまで、しばらくそれは続いたわけだ。

 で、その後に晩飯にしよう、となってサーロビーフが焼かれた、と。

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