18.意味を知った

「きゅあー!」


 あいも変わらずドラゴンのときと同じ声を上げながら、リュントがとんとんと木々の間を飛び上がっていく。

 ケラック畑。高い木に成る実を採るための畑で、その採取が本日の依頼である。管理人さんが腰を痛めて寝込んでいる、とのことだ。


「エール、終わりました!」


 ほんの一瞬気をそらしている間に、どすどすという音の大群を背にリュントが舞い降りてきた。人の頭より少し小さめの、固い殻に覆われた実が木の根元、地面にたくさん転がっている。

 この木、ほぼ先端部にしか実が成らないから採るのが大変だってのはよく聞くんだけどね。


「さすがだね、リュント。ありがとう」


「はい!」


 ドラゴンに戻ればふよふよ飛びながら採れるらしいんだけど、誰が見ているか分からないからそれはなしということで人型のまま。

 それでもこんなに早く面倒な作業が終わったので、よしよしと頭をなでてやると嬉しそうに目を細めた。あ、もちろんちゃんと報酬は多い目に渡すぞ。当然じゃないか。


「それで、あとはどうすればいいですか」


「この実を、全部拾って持って帰るだけだね。殻が固いぶん、何も考えずに叩き落とせるから楽だろ」


「そうなんですが、普通はどうやって落とすんですか? あれ」


「登って叩いて落とすんだよ」


 なるほど、と頷くリュントと一緒に、ケラックの実を収納スキルでぽいぽいしまっていく。この畑一枚分なら十分しまい込めるから、あとは管理人さんとこに持っていって出せば終わり。出荷は長年お付き合いしてる運び屋さんがいるそうなので、そちらに頼むとか。

 ま、出荷先とか詳しい人に任せるのは当然のことだからな。そこらへんは俺も折り合いをつけている。


「このご時世なんで、冒険者ギルドに依頼を出してきたんだってさ」


「いつ、魔物が出てくるかわからないから、ですね」


「そう」


 ケラックの実は、いろいろな用途がある。食用油、繊維、甘味、あと殻を食器とかに使ったりもするな。

 そうして高い木だし、うっかり実が落ちてきたりすると危ないので人里からは少し離れたところに畑がある。

 ……でまあ、今はドラゴン問題があって、普通の人はあまり街を離れたくない。その時のための冒険者ギルド、というわけだ。


「ま、普段でもこういう依頼が来ることはあるんだけど、今年は多いね」


「ドラゴンが暴れているのでしたら、仕方のないことです。人間は相手するのが大変でしょうし」


「そうなんだよなあ。リュント、お前が暴れずにこうやっていてくれてありがたいよ」


「はい。私はエールに名前をつけていただいた、エールのドラゴンですから」


「え、そういうことなの?」


「そういうことです」


 ………………。

 まーじーかー。

 俺のドラゴンって、そういうことかー。もしかして所有権……とかはないよな? 聞いてみる。


「さすがに、そういうことではありません。人でも名付け親、という習慣はありませんか?」


「あー、稀に貴族とかの話で聞くな。親戚の偉いさんとかに名前をつけてもらったりすることがある、ってのは」


「はい。私たちには、固有の名はありません。人などに名をつけていただいた場合、その名付け親に好かれるように……もしくは、その名にふさわしいように性格が変化することがある、らしいです」


 らしい。

 まあ、ドラゴンが名前つけてもらうなんてことあんまりないっぽいからなあ。


「じゃあ、例えば『暴君』なんかは」


「暴走したあとで命名されたのでしょうが、もしかのドラゴンの前でその名を呼んだのであれば影響は考えられます」


 うわあ。

 多くの冒険者が立ち向かった『暴君』だけど、その前に村人たちも何人か目にしてた。だから冒険者ギルドに話が行ったんだけど……その中に、その名前を呼んだ人がいるかもしれない。

 もっとも、だからってその人が悪いわけじゃないんだけどさ。

 名前に影響される、か。例えば『竜殺し』コルト、とか……あいつ、今の暴走ドラゴン退治とか依頼されて行ったんだよな。『暴君』を倒した剣士だから、『竜殺し』。その名前は、周囲やあいつ自身の性格に影響を与えているか。

 んーと。


「……そうすると。今暴走してるドラゴンに可愛い名前をつけてやった場合、落ち着く可能性とかあるか?」


「ない、とは言い切れませんが。そのように行動する人間に心当たりはございますか」


「それこそないな」


 そこまで酔狂なやつはいない。暴走ドラゴンを目の前にしたら一般人は逃げるか固まるかだろうし、冒険者なら倒そうと考えるだろう。よもや、名前……それも暴走したやつに、その状況にはそぐわない名前をつけようなんて、思わない。


「エールが試してみたいのでしたら、私は助力を惜しみませんよ?」


 とっても間抜けなことを考えている俺に、リュントはそう言ってこきっと首を傾げてみせる。幼いドラゴンの時と同じ、あどけない瞳が俺を見ている。

 さすがに、俺のところにまで暴走ドラゴンへの対処依頼が来るとは思わないけれど、でも。


「その時は、力を貸してくれ。リュントの同族なんだしな」


「きゅい」


 一応頷いてはみたけどさ。

 いやいやいくらなんでも、ははは。

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