17.『竜殺し』は信じて疑わない
ヒムロ伯爵領に近い、竜の森。
少し奥に入ると本来はしんと静まり返った森になるのだが、現在そこは木々の多くがへし折れた無惨な広場となっている。逃げ遅れた大型の獣が食い散らかされ、残骸となっている姿もあちこちに見えた。
「偵察した連中の目撃証言から見ても、今回のやつは『暴君』よりは小さいな」
食われた痕を見ながらコルトは、にやりと笑みを浮かべる。
ブラックドラゴン『暴君』は見上げるほどの巨体であったが、今回のドラゴンは肩の高さがおそらく人の二倍もないであろう。それでも十分に大きく、そして強いのだが。
「それなら、大丈夫よね」
「ああ。ガロアの魔術攻撃とラーニャの防御障壁、そして俺とフルールの剣があれば、何の問題もねえな」
同じようににんまりと笑うガロア、そしてのほほんとした笑顔のラーニャとほぼ無表情のフルールを見渡して、コルトは満足げに頷く。
三年前に自分たちが倒した『暴君』よりも小さなドラゴン、当然弱いものだと彼らは考えているし、実際のところそれは正しいはずだ。
「あんときはエールを盾にしたけどよ、今の俺たちに無能な囮は要らねえよな」
その時のことを思い出しながら『竜殺し』の異名を取る剣士は、自身の腰に下がっている剣に手をやった。『暴君』討伐の証として手に入れた黒いドラゴンの革で作られた鞘と、爪から生み出された刃をもつ竜剣である。
三年前。
「ほれ、エール。盾しっかり持って、囮頑張れよ」
「……っ、わかっ、た」
硬い木の上に、ドラゴンの革を貼って作られた軽量の盾。それを二つ、エールの両手に持たせる。
荷運び屋でありコルトの奴隷となった少年に課せられた任務は、『暴君』の気を引くための囮であった。
竜の森のそばにある、小さな村。その村は大昔からドラゴンの恩恵に預かっているとも噂されており、暴走したドラゴンを討伐する際にはこの村の住民に協力を得ることが望ましい……そう、古くから言い伝えられている。
最近ではその言い伝えに従うことなくドラゴンを倒した者もいるようなので、実際どの程度効果があるのかはわからない。
コルトがその村を訪れたとき、ちょうど村を出たいと望む少年がいた。コルトは冒険者として家を出るときに親から餞別として『魔術契約書』を一通だけ渡されており、せっかくなのでその効力を確かめてみたいと彼は思った。
「……こ、このやろう、こっちだ!」
「ぐお、おおおお!」
『魔術契約』に従い、コルトの命令に従ってエールは盾を構え、『太陽の剣』の前に出る。そうして二つの盾をがんがんと打ち合わせ、黒いドラゴンの意識をそちらに引き寄せた。
その隙にコルトとフルールは散開し、ガロアは魔術を放つための場所を確保。ラーニャは祈り、『太陽の剣』の仲間たちに防御力を引き上げる術式を投げかけた。エールにも、ほんの少しだけ。
「わたくしたちのために、耐えてくださいませね?」
「ほら来い、『暴君』! 俺が怖いのか!」
「ぎゃおおおおお!」
するりと身を隠しながらくすくす笑うラーニャの視線の先で、エールは必死に身体を大きく動かしてドラゴンの意識を自分に引き付ける。
ドラゴンは翼もなく空を飛ぶことのできる魔物だが、『暴君』はあまり高く飛ぶことはない。今も、森の木々の先端と同じくらいの高さからその半分程度まで、ゆるゆると上下しつつエールの動きに意識を向けている。
と、一瞬ひゅ、と風が吹いた。と同時にエールの目の前にまで、黒い竜の手が伸ばされる。
「うわっ!」
がきん。
竜の革と竜の爪、それらがぶつかると金属よりも澄んだ硬い音がする。その音の下、エールは必死に盾を構え『暴君』の一撃に耐えていた。
「穿け穿け、雷の槍!」
一瞬動きの止まったドラゴンめがけ、ガロアが雷撃の魔術を放つ。細い糸のようなそれは『暴君』の、身体よりも黒い目にぷすりと刺さり、その体内でバチバチと弾けた。
「ぎゃひい!」
「ぎ、あ、あっ」
自身の身体の中で暴れまわる電撃に、『暴君』は長い全身をぶんぶんと振り回す。がきがきん、エールの構えた盾に何度も何度も爪を振り下ろし、更にくわりと大きく口を広げた。
「……食われちまえば、口は塞がるか」
牙の下にいるエールのことを、コルトはその程度にしか考えていない。ただ、自分たちの目の前で一応とはいえパーティメンバーであるエールが食われてしまっては、討伐が成功したとして他の者たちから何を言われるかわからない。
「行くぞ、コルト!」
「おお!」
そこまで考えたのかはともかく、フルールの声に応じてコルトも足を踏み出した。
「守れ守れ、風の盾! さらに盾!」
ラーニャの防御の魔術が更に重ねがけされ、エールの構えた盾に叩きつけられる竜の爪が強く弾かれる。
「そらあ! 『暴君』め、覚悟しやがれ!」
そうしてコルトの雄叫びが、森の中に響き渡った。
「エールみたいな囮がいなくたって、俺たちはドラゴンを倒すことができる。ここでそれを証明して、『竜殺し』コルトとそのパーティである『太陽の剣』の名を更に上げる。いいな!」
「ええ!」
「はあい」
「無論だ」
自信に満ち溢れたコルトの宣言に、少女たちがそれぞれに頷く。
それが当然のものである、とかれらは全く疑っていない。
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