72.飲み干した

「エール。無事だな?」


「は、はい」


 青い光が、俺を包む。聞こえてくるのはアナンダさんの声で、安心して俺は頷いた。


「うむ。目を開いて構わんぞ」


「はい……えっ」


 言われて目を開いて、顔の直前に青いドラゴンの顔があったら驚くよな。それも、以前に見たナーガとよく似た感じだったし……あ、いやこっちの方が何というか高貴で、清廉な感じだけどさ。どうやらアナンダさんのようなので、何かほっとした。


「驚いたか」


「そりゃ、驚きますよ。でも、綺麗でよかった」


 ドラゴンのアナンダさんが目を細めて、多分笑ってる。俺の周りはアナンダさんの、長い青い身体が包んでくれていた。その外には金色の光が壁になっていて……ああ、これはグレッグくんか。


「みゃう」


 腕の中のモモは、相変わらずモモのままだった。ま、こいつはまだ人型になってないしな。


「大丈夫だよ。ありがとな、モモ」


「みょい!」


 頭をなでてやると、なんか変な声で返事された。あむあむ、と腕を甘咬みされている。できるんだ、甘咬み。

 ……あ、腹減ったか魔力切れかこれ。俺とか村とか防御するのに、魔術使いまくりだもんな。


「アナンダさん、マジックポーション飲めます? だいぶ魔力使ったと思うんで」


 収納スキルから、二本ほど取り出す。どん、と衝撃が走ったけれど少し足元が揺らいだくらいで、何とか耐えた。多分、『暴君』の攻撃をアナンダさんたちが受け止めてくれたんだろう。


「……助かる。ありがとう」


 ただ、次の瞬間あーんと大きく口を開けたのにはまた驚いた。青いドラゴンって、口の中まで青いんだなあとかそういうのもあるんだけど。

 これつまり、飲ませろってことだよな……そうだよな、今守ってくれてる最中だし呑気に開けて飲んでる余裕ないねごめんなさい!

 あわてて栓を抜いて、「どうぞ!」と流し込んだ。大丈夫かな、と思ったけど平気でごくごく飲み干したからまあ、いいのか。


「足ります?」


「今のところは」


 今のところは、か。準備しておこう、と思ったところでアナンダさんの向こうから「エールくんっ、アタシにもちょーだい」と声が聞こえてくる。

 間違いなくグレッグくんだな、と思ったら青いドラゴンと入れ替わるように金色の、これはリュントとよく似たドラゴンがぬるりと入り込んできた。うん、目つきとか分かりやすくグレッグくんだ。


「わかりました。グレッグくんもどうぞ」


 こちらも二本、蓋開けて流し込む。ごくごくごくと飲み干して「んふ、美味」とか仰ってるのでほんと、ブレないなあこのひと。ドラゴンだけど。


「充填完了。アナンダ、片付けるわよ」


「承知。本来なれば敵わぬ相手だが、此度はそうでもないからな」


 と、ここで魔力補充したふたりの目つきが変わった。具体的に言うと、『暴君』に負けず劣らずの迫力が目に宿ってる。


「ナジャ! 構わぬ、全力を出せ! 村への被害は食い止める!」


「リュントちゃーん! 森とエールくんはアタシが守るから、やっちゃいなさいなあ!」


 ただ、その後に二人が叫んだのは攻撃担当組への指示だった。ふたりの隙間から見えたのは、相変わらずブレスを吐いている『暴君』と、それにまとわりつくように攻撃を続けている人型のリュント、そしてナジャちゃんだった。

 て、え?


「もしかして、本気出しきれてなかったんですか。あの二人」


「さっきまでのアタシとアナンダじゃあ、防御しきれなかったもの」


 俺の問いに、グレッグくんが頷く。あーそうか、戦闘の余波を俺と村に食らわせないようにできなかった、ってことか。

 ドラゴン同士の全力戦闘って、つまりはそれだけのものだってことなんだ。


「マジックポーションで魔力を補給できたから、防御結界を強化できた。感謝する」


「もう少し早く、気づけてればよかったですね……すみません」


 俺とか人間に被害を出さないように、頑張ってくれてたんだ。この状況、既に人間がどうにかできる範囲じゃないってことだ。

 俺にできるのは、本当にポーションやマジックポーションの補給くらいで。


「わかりました。いつでも言ってください、出しますんで」


「頼むぞ」


「頼んだわよ」


 全く情けないけれど、俺のできることの申し出にふたりはこくりと頷いてくれて。


「ナジャ、行きますよ!」


「お任せですう!」


 その向こうで、更に違う色の光がほとばしった。

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