追放された荷運び係のところに、竜人がやってきた

山吹弓美

01.追放された

 『竜殺し』コルトが、サラップ伯爵領領都サーロに持っている自宅。

 その居間でソファにどっかり腰を下ろしたコルトは、まっすぐに俺を見据えて、言った。


「エール。おまえには、このパーティから外れてもらうことにした」


 濃い金の髪に、黒にも見える青い瞳。しっかりと筋肉の付いた肉体は均整が取れていて、街を歩けばその素性を知らない人でも惹かれたように視線を向ける。

 それだけの魅力を持って憚らない彼の手が、一枚の紙をぺらりと広げて俺に見せた。

 『魔術契約書』と記されているそれは、高価な紙と魔術インクにより製作されたものだ。

 そいつをコルトは、両手で掴んで。


「役立たずは契約解除だ。どこへなりと消えちまえ」


 ばりばり、と紙を引き裂く。

 その瞬間、俺の全身からすうっと力が抜けた。落ちかけた膝を、何とか自力で支える。ここで床に崩れ落ちたら、多分踏まれるだろうから。


「そうね。荷運び役なんてもう、邪魔でしかないもの」


 コルトの肩に大きな胸を載せて、青い髪をゆったりと伸ばした魔術師のガロアがにやにやと笑う。反対側の肩に手を添えているピンクブロンドのふわふわ髪が印象的な聖女のラーニャも、同じように笑いながらゆったりと頷いた。


「マジックバッグを買い替えて余裕ができたし、拠点も買っちゃったものねえ」


「役立たずに掛ける金があるなら、ここで雇う使用人に使う方が何倍も有用だ。お前には、私たちのものを触ってほしくない」


 そうして黒髪を一つまとめにした剣士のフルールは、吐き捨てるように言ってきた。俺の襟をつかんで獣のようにつまみ上げ、そのまますたすたと外へ持っていく。

 ……俺、コルトとそんなに変わらない身長なんだけど、フルールにとっては軽いんだろうな。いやまあ、コルトみたいにガッチリしてないけどさ。


「既に荷運びは済んでいるから、お前の荷物以外はもう持っていないだろう。パーティ離脱届けも自分でやるがいい。二度と来るな」


 ぽいと俺を放り出したフルールの別れの言葉と、そして無情にもばたんと閉まる扉。

 そいつを見つめて俺は、ほうと息を吐いた。

 やっと、解放されたっていう安堵の息を。




 あれは三年前。俺が十五歳になってすぐの、ちょっと曇った日のことだった。

 故郷の村の外れ、少し行った先に森がある草原で俺は、自分の手のひらの上に声をかけた。


「お前とは、ここでお別れだ」


「きゅあ」


 俺の手に乗って声を上げたのは、白銀のトカゲ。小さな小さなそいつは……もしかしたら、ドラゴンの幼生じゃないかな、と思う。

 この世界では稀に見られる存在の、そのまた稀に見られるこども。

 少なくとも俺は、ただのトカゲがこんなきれいな色をしているのを見たことがないから、勝手にそう思っている。


「元気に大きくなれよ。……俺のこと、忘れないでいてくれたら嬉しいな」


「きゅう」


 指先で頭をなでてやると、気持ちいいのか赤い目を細めた。そのままそいつを手のひらから地面に下ろしてやって、俺は立ち上がる。ついでに、足元に置いていたザックを持ち上げて。


「じゃあ、リュント。また会えたらいいな」


 手を振ると、俺がリュントと名前をつけたそいつは何度も振り返りながら、さわさわと揺れる草の中に姿を消した。

 この先に広がっている森は、竜の森と呼ばれている。昔からドラゴンが住んでいるっていう言い伝えがあってのネーミングなんだけど……まあ、今は『暴君』と呼ばれてる悪竜、ブラックドラゴンが奥の奥に棲み着いていて、手前側はともかくあまり近寄れない。

 リュント、あいつがドラゴンなら、そこに返すのが当然のことだったから。……トカゲならトカゲで、しっかり生きていけるだろう。


「さすがに、連れてはいけないもんなあ」


 村の中でもリュントのことは秘密にしていたし、あんな小さな子を村の外になんてなおさら連れていけない。

 トカゲならともかく、もし本当にドラゴンだったら何をされるかわからない。外の世界でドラゴンがどういう扱いを受けているのかは詳しく知らないけれど、『暴君』という前例があるせいで小さいうちに殺されてしまうかもしれない。

 それなら、人目につかない森の中に帰ればきっと、どうにかして生きてくれるだろうしな。


「さて、そろそろ行かないと」


 荷物を詰め込んだザックを背負って、俺は森に背を向けた。

 これから俺は、剣士コルト率いる冒険者パーティの荷運び係として、村を出る。

 田舎の村で、農家の息子として生まれた俺は、何というか外の世界に憧れていた。この場合、外っていうのは村の外。隣村までは馬引いて半日はかかるもんだから、子供はほとんど村の中しか世界を知らない。


「父ちゃん母ちゃん、カルル、ミニア、ごめんな」


 家族には内緒で、俺は村を出ていく。

 『暴君』が出現してからこっち、農作物はともかく肉が捕りにくくなって食糧事情が悪くなってるんだよね。だから、口減らしも兼ねて俺は、村を出る。一応置き手紙はしておいたから、大丈夫だと思うけど。


「頑張るぞ、エール」


 鼓舞するために自分の名前を呼んで、俺は一歩を踏み出した。




 それが間違いだと気づいたのは村を出る本当に直前、コルトが差し出してきた『契約書』にサインした瞬間だった。

 ただの書類だと思っていたそれが拘束力のある『魔術契約書』であり、さらに内容が俺に見えないように隠されていた部分があったのだ。


 文句を言わず、コルトや仲間たちの身の回りの世話をすること。

 コルトの命令は必ず聞くこと。

 コルトの許可無くば、パーティからの脱退は許さないこと。

 契約破棄は、コルトの意思によってのみ可能。

 契約書の内容を口外することは許されない。


「具体的に言うと、お前は俺たちの奴隷になったわけだよ。ま、この国奴隷禁止だから荷運び係ってことにしといてやるけどな」


 俺の名前が記されたことで効力を発揮したそれをひらひらと見せながら、コルトは俺を嘲笑った。何でそんなもんをたかが荷運び役に使ったのかはわからないけれど、なにか理由でもあったんだろうな。

 とにかく、表向きは荷運び屋として俺はそのまま連れ出された。『暴君』退治を終わらせたその足で、村に帰ることなく。

 ……置き手紙して家出した手前、どの面下げて帰れるんだって話だけどさ。


 それから、三年。

 俺はコルトたちの荷運びをしながら、交渉係だの細かい買い出しだの武器の整備だのと様々にこき使われた。

 コルトが俺の村に来た理由は、悪竜である『暴君』を倒して名を高めるため。それを見事に成し遂げたあと、コルトと仲間たちは俺を連れて村が所属しているサラップ伯爵領、その領都サーロまで出てきた。


「ほれ、しっかり働けよ荷運び係」


 俺の扱いはともかく、『竜殺し』の二つ名で呼ばれることとなったコルトは、その後もこういろいろと功績を上げた。主に領内の辺境に出現する魔物や、『暴君』のような暴れ竜が出現したときの秘密兵器みたいな感じ。……意外と竜、出てきてたなそういえば。

 もちろん俺は、実質的に奴隷として雑用に忙しかったのなんの。何気に、衣食住はそれなりに融通してもらえたけど。

 そうして、今日に至ったわけだ。よく分かんねえけど、つまり俺は要らなくなったってことなんだよな。

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