77.『竜殺し』とその実家に未来はない
サーロの冒険者ギルドにある、入り口の扉に取調室というプレートがかけられた小さな一室。
簡素な椅子が二つとテーブルが一つしかないその部屋で、コルトは両手に枷をかけられて椅子の片方に座っていた。
「申し開きはあるかしら? 冒険者コルト」
「うっせえよ」
テーブルの向こう、薄っすらと笑みを浮かべながら話を終えたグレッグに対し、コルトの表情は無に近い。
実家の権力を利用し、冒険者仲間や私兵たちを連れてドラゴンの首を取ろうとし、エールに復讐しようとしたその結末をよく覚えているから。
「ない、と見なすわね。わかったわ」
「つか、あの場にいただろうが。言い訳しても通じねえだろ」
「少しは抵抗するかしら、って思ったのだけどねえ」
抵抗しても無駄だ、ということをコルトは身にしみて理解している。
味方であるドラゴンに力を与えるエールの能力と、そもそもの能力が高いドラゴンたち。それらを敵に回して、自分たちが勝てるわけもなかった。
敵のドラゴンの能力を低下させるというエールのもう一つの力を持ってしても、『暴君』は強敵であった。
衣服でぐるぐる巻きにされて放り出された自分は、おそらくドラゴンの誰かが展開したのであろう防御結界に守られてほぼ無傷で済んだ。泥で汚れたり、放火のために撒こうとした油が口に入ってまずかったりした程度だ。
「いやもう、よくもまあやらかしたもんだな、と今更思うわけよ」
目の前に突き刺さった水の槍や地面をえぐった各種のブレス、飛び散った黒いさまざまなもの。収まった後の血や炎やいろいろなものが混ざった匂いが強烈で、昏倒してしまって気づいたらコルトはサーロにいた。
『太陽の剣』は事実上解散状態になっており、彼女たちや実家から借り受けた兵士たちはそれぞれに治療を受けているところだという。無傷に近い自分はそのままギルドに連れてこられて、この状態だ。
「あなたから、冒険者の資格を永久剥奪します。ま、国外に出ればもしかしたらやり直せるかもしれないけれどね」
「あんたのツテ、国内だけに限らねえだろ」
グレッグの言い渡した処分、その意味をコルトはさすがに理解していた。『竜殺し』の二つ名は遠い昔のもので、もう名乗ることもなくなるのだと。
この国の外でも、冒険者ギルドは存在するしそこに登録すれば冒険者として依頼を受けることはできる。だが、ドラゴンの住処と名前のない村に暴挙をやらかした自分に対して、グレッグがどれだけの範囲でそのことを伝えているかなんてだいたい分かる。
おそらくは、ドラゴンの住まう全世界に伝わっているのだろう。今後コルトは、ドラゴンの影に怯えながら生きていかなければならないかもしれない。
「よくお分かりで。普通にやれば、ちゃんと冒険者としてやってけたのにねえ」
「あんたの性格の悪さには負けるよ。ギルドマスターサマ」
「お褒めに預かり光栄ね」
「褒めてねえ」
グレッグ。
何でも屋を自称する、金髪の優男。その正体は金色のドラゴンであり、サーロ冒険者ギルドを束ねるギルドマスター。
なんて相手を敵に回しちまったんだ、と口には出さずにコルトが呟いた。当のグレッグの顔に、更に笑みが浮かぶのを見て露骨に表情が歪む。
「ああ、それと。あなたのご実家ね」
「……俺に噛んでんだから、無事で済むはずねえよな? くそっ」
「その、頭の回転の速さ。なんで違う方向に使わなかったのかしらね」
「自分でも思うぜ。で、実家どうなった」
最悪の状況を予測しながら、コルトは問うた。
ほぼ同時刻。
フィルミット侯爵家の本邸にて、当主の嫡男であるパイソンは末弟と同じように顔を歪めていた。
「伯爵だと!?」
「一ランク下がっただけで、良かったではないか。我らの間では、爵位なぞ要らぬ故の愚行だろう、という意見も多かったぞ」
青い髪を揺らしながら、アナンダはふっと鼻で笑ってみせた。ドラゴンとしてではなく、王家名代として屋敷を訪れた彼は玉璽の捺された命令書を示す。
フィルミット侯爵家四男コルトの今回の暴挙について、後見たる侯爵家の監督責任を問い爵位を伯爵とする、とそこには記されていた。当主ベルガ、次期当主パイソンの隠居も指示されている。
「それと『魔術契約書』の乱用に関してだが、王家からの伝言だ」
もう一枚、同じような命令書を取り出したアナンダは、パイソンの鼻先にそれを突きつけた。
「……人の間では勅旨、というのであったか。今後、フィルミット家による発行及び行使を禁ずるそうだ。現在所持しているものについては、我らの監視下において即時破棄となる」
「な……!」
「他の貴族についても発行を停止、現在行使されているものについては条件を精査の上で処分を検討することになる」
人を支配し、操る『魔術契約書』。その有効性は貴族の間では知られており、故に発行することができる貴族はほんの一握りに限られていた。伯爵に格下げされることとなったフィルミット家も、その一つだったのだが。
今回の事態を重く見た王家は、その運用方法を改めることとしたようだ。
「国王曰く、奴隷制度を廃止して以降も貴族の不満が多いから残しておいた制度ではあるが、フィルミット家のような使い方をするのであれば廃止もやむを得ないそうだ」
つまらなそうに事情を説明するアナンダに対し、パイソンはぎりぎりと歯噛みするしかなかった。
末弟コルトの名誉を回復するため、と称してパイソンは『魔術契約書』を撒き散らし、多くの兵士たちを操った。被害が極小に抑えられたのはドラゴンたちの働きによるものが大きく、そのひとりであるアナンダが目の前にいる。
「今後、『魔術契約書』は凶悪犯に対する刑罰としてのみ使用されることとなる。パイソン・フィルミット、父ベルガ・フィルミットと共に『契約犯罪者』第一号に選ばれた名誉、『魔術契約書』の効力をその身で味わうが良い」
「なっ!?」
そのアナンダが告げた言葉に、パイソンは足元を崩されたように座り込んだ。
今まで自分たちが他人に乱用していた『魔術契約書』、それを今度は自分たちが使われる番になるということだと、理解してしまったから。
「連れて行け」
「はっ」
あくまでも、ここにアナンダが来たのは王家の名代としてである。その彼に従っているのは即ち王家から派遣された近衛兵であり、その兵士たちはアナンダの指示に従いパイソンの腕を取るとそのまま引きずり出していった。この後、現当主ベルガも隠居の身となり同じように、連れて行かれることとなる。
「さて。パイソンの弟、コルトの兄か。父親がアレだからな……愚かなことをするたびに、爵位は下げられる。それを理解できていれば良いが」
そうして水のドラゴンがボソリ、と口にしたのはこの家を継ぐことになるコルトの兄二人のことであった。長兄と末弟があのような性格なのだ、他の二人が違う保証などどこにもない。
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