第22話

 私の足元には、ふと救難の魔力を耳にして気まぐれに拾った、1匹の弱い黒いイモリ。吸血鬼は自分の不死性を高く考えていて哀れなの。分体は分ければその分だけ弱くなるの、100匹や200匹に分けたら魔力や知能もそれだけ下がっちゃう、愚かで醜いの。美しくて魅力的で妖艶で柔らかそうでいい匂いしそうなのがいいの、それが私。だから弱くて哀れで愚かな醜いものは嫌いなの。


「タスケてモラい感謝マス、このキュウ血鬼カル────」

「余計なことはいらない、同じことを二度繰り返すことを禁ずる、あったことを話せ」


 頭の中で話してる声と口から出す言葉は同じに出来ないの、私のパーフェクトな見た目とアンバランスを取らなきゃ偏っちゃう。私は硬い石の椅子が嫌だからふわふわの毛皮を重ねて座るのが好き、人族は狩った動物の毛皮を壁に飾ったり床に敷くのが好きみたいだけど、私は倒した相手の上に座りたいの。いま椅子に掛けている多角鹿の毛皮は色と手触りどっちも好き、たくさん角がついている頭は椅子の背に乗せるとかっこいいの。人族は毛が少ないから使い物にならないけど、いま肘掛けに乗せている狐の獣人はきめ細かい毛並みがとってもお気に入り、気持ちがいいの。もう片方の肘掛け分を手に入れるまでは椅子の片側にしなだれ掛かって、長い脚を組んで太ももをちらりと見せながら優雅にしていたいの。


「魔神ゾウにちからヲ溜めてた、コドモに邪魔さレタ、ウバワレタ像マジン」


 なんかわかりにくい、知能下がりすぎ、ちょっと私イライラする。


「アイツ魔眼きかナイ、はやイミエナい」


 いまなんかとっても大事なことが聞こえたの、その「アイツ魔眼きかナイ」って何?

 私は組んだ脚を解いて、肘掛けにもたれかかった身体を起こして続きを聞こうとしたの。ちょっとお胸が大きくて邪魔かしら、お肉を寄せながらふと視線に気づいたら黒イモリの丸い目がじっと見てるの。せっかく目を合わせないようにしてあげているのに、私イライラしてきた、左手の爪先に深紅の炎を灯してゆっくり円を描くの。


「アイツとは誰だ、疾く答えねば燃やす」


 黒イモリが短い手足をパタパタさせて慌ててるのはちょっとかわいいの、私の口元が妖艶に歪んじゃう。必死に思い出すようにして、やっと言葉が出てきたみたい、私は尖った可愛い耳をかたむけてあげるの。


「あ、アカキ旗のとウゾくだン、あいツ仇、このキュウケつ鬼カル──ぴゃギっ」


 つい燃やしちゃった、黒イモリが黒焦げで死んじゃったの。せっかく助けてあげた上にとっても親切に『同じことを二度繰り返すことを禁ずる』って教えてあげてたのに、繰り返しちゃったから当然死なの。もうちょっと聞きたかったけど私とってもイライラしちゃったし、いいわ自分で探すもの。なにその『アカキ旗のとウゾくだン』って、変なの、聞いたことないの。でも大丈夫なの、私は美しくて魅力的で妖艶で柔らかそうでいい匂いしそうなうえに、ソニア賢いの。


「魔神像の魔力残滓を追えば、小鼠の尻尾なぞすぐ掴める────」


 魔眼が効かないなら王子様かも、子供じゃなきゃもっといいの、やってみれば何でも何とかできちゃうのが私ソニアのレッドアイズなの!



 ボクは数日ぶりに自分の家に帰ってきた、城下町の南西区にある集合借家だ。ボクたちが住む城下町はこの狭さで12万人くらい住んでいるみたい、算術はそこそこ覚えたけどそのくらい大きい数だとイメージが湧かないね。とにかく城下町は狭くて混んでる、よっぽど外周区の方が隣の部屋を気にしないで住めると思うよ、不便だけど。

 この3階建ての石造りの集合借家はケルドラ国民専用で、捨て子だったボクはシスター・シアを親にケルドラ国民としての許可証を出してもらった。今は黒札も下げてるけどね、ロザリオと許可証も大事に身につけているんだ。他国から来た冒険者や黒札は土地や家を持てないから宿屋住まいか外周区での野営に限られて、白札でやっと城下町の住宅を買うことができるようになるんだって。国民じゃないと土地が買えないんだけど、所狭しと沢山の家や店が建っちゃってるから国民であっても実質ボクたちには土地は買えないし、すんごく高いみたい。


「気楽なひとりの借り住まい、もいいんだけどね〜」


 この数日は久し振りに楽しかったかな、こんなに長くラッセルとニックと過ごしたのは孤児院のころ以来かも。でも仕事自体はダメダメだった、気付いたら昏倒してたとか冒険者にあるまじき失態だよ。結局ボクほとんど何も出来なかった、この浮ついた気持ちを引き締めさせるためにラッセルはボクに頼んだんだよねぇ。

 身体に付けている皮鎧の留め具を緩めて、慣れた手順で外した装備を壁のフックにかけていく。大事な商売道具だから壊れた箇所がないか、見やすく手入れしやすいようにしているんだ。ひと通り外して厚めの布の服も全部脱いで、薄手の部屋着に着替える。露わになった手脚や首、胸元を見ると、ここ十数年で身体に刻まれた様々な傷が目に入ってくる。顔に手を添えると、指先にひっかかる大きな傷跡がこめかみから頬にかけてついているのがわかる。見えなくても触れただけで分かる、たぶん一番古い傷。

 浅黒くて傷だらけなボクの身体、ボクはそれを大きく伸ばしてそのままベッドに倒れ込んだ。

 

「セシリアちゃんをゾンビやゴーストが出るダンジョンで修行させる?」


 もう行く先は目星をつけているよ、地下3層の浅めのダンジョンでボクも駆け出しの頃に何度か挑んだあそこがいい。2泊するのがちょっと大変だけどね、野営用に結界の魔石を多めに持っていけば安全は確保できるし。よしひと晩ちゃんと寝たら明日、荷造りしてセシリアちゃんを連れて買い物に行こう、夕方には始められるようにしよう。そしてボクみたいな傷がつかないよう、そこだけは気をつけて守ってあげよう。

 まずは疲れをとって気を引き締め直そう、ボクはそう決めて3階の窓から夜の街並みを見た。


「貧民区から、外周区で、今は城下町暮らしかぁ」

 

 城下町の道は大きな通りが3本ある他に、中通りというのがある。西と南の大通りの間に、西中通り。東と南の大通りの間は、東中通り。これで道に区切られた大きな4ブロックがあって、あとは西の大通りの北側に1ブロック、東大通りにもその北側に1ブロックあって、計6ブロックになっている。城下町の南西区っていうのは、南の大通りと西中通りの間。

 あとは貴族区に近い方から大きめの横道を境に番地の数が割り振ってあって、ボクの借り住まいは最後の方の番地。少し高台になってる貴族区よりも、高い城壁のほうがよっぽど近く見える立地だね。きっと空高くから見下ろすことができたなら、蜘蛛の巣みたいな道になっているんだと思うなぁ。

 夜の街並みは、みな中心に向かってより明るくなっているよ。人はみな、明るい方へ集まろうとしているかのように見える。そしてその先は貴族区や神聖区で、夜でも白く輝くケルドラの王城。


「み〜んな、少しでも番地の小さい方に住もう、いつか成り上がろうってするんだけどねぇ」


 ボクは首から下げている黒札の他に、もう1本かけている輪についている物を手にして呟く。


「ボクはキミ、みんなと一緒に、また暮らせたらいいなぁって思ってるんだ」


 ボクは手にシスター・シアからもらったロザリオと、表にボクの裏にシスターの名前が刻まれた許可証を握っている。これはボクに大事な家族ができた大切な思い出の品だから、大事に肌身離さず身につけておくんだ。さあ、明日は早くなるから早く寝よう、おやすみラッセル。



 俺たちが夜遅くケルドラ王都に着いた翌朝、ニックはキースとアムネリスへの報告に、俺に頼まれたタキは泣いて嫌がるセシリアを宥めながら2泊3日の怖いダンジョン攻略の女ふたり旅にでた。今日のケルドラ王都は朝から恵みの雨の日だ、北に聳える逆さ山脈の連なりが絶えず水の恩恵を与えてくれるし、王都だから城壁内で農工作はしていないので農業用水は要らないが、どんな時でも雨は恵みだ。三神教の教義的に言えば、晴れは恵み、雨も恵み、風も恵み、それら全てを受け止める大地も恵み、となる。生けとし生けるものは全てが神からの恵みで生きていられる、のだそうだ。


「俺の目の前に魔神像あるけど、これも神サマの恵みなのかね?」


 今日の俺はアジトの教会でひとり留守番だ、それも長椅子に座りながら魔神像をひとりで見張るというとても光栄なお仕事だ。この教会の屋根には穴が空いている、そこからパラパラと雨が降り注ぎ屋根瓦を流れる水はその穴から一定のリズムでダラダラと落ちてくる。屋根がないよりはマシだと思えばいいのだが、こうも室内に雨が落ちてくると地下室に浸水しそうでちょっと悩ましい。

 遺跡での仕事、その復路3日間で俺の身体が受けたダメージはほぼ回復できた。まぁ遺跡付近で1泊した影響が大きいと思うが、盗賊殺しの短剣(バンディット・スレイヤー)を5秒も使って3日でほとんど回復できたことはありがたい。骨にヒビが入るというのはそれをやったことが無い奴には大したことは無いと思われるのだが、その実めちゃくちゃ痛い。今回は特に足のダメージが大きかったので、最悪で完治まで10日を覚悟していたくらいなのだ。それと肉離れや火傷が痛いのは誰でも想像できると思う、だが反動で起こる筋肉痛は誰にも想像できないだろうと俺は思っている、痛いぞ。

 とはいえもう身体に薬液を染み込ませた布は貼っていないし、外骨格を仕込んである皮鎧も身につけている。手足にも仕事道具を隠し込んである茶色い帆布を巻いてスリングや鞭にもなる紐で縛り付けているし、もうほとんど仕事ができる体勢で留守番をしているのだ。

 たったひとつだけ、身につけていないものがある。


「俺の赤布、早く返してくれねぇかなぁ────」


 状況がまとまるまで魔神像を俺たちが預かることになった、その間は俺の赤い布で包んで外部に魔力が漏れ出ないようにするそうだ。俺たちは中身が何かを知っているけど、知らない人が見たら燻んだ赤い布でぐるぐる巻きにされた何かが、教会の割れたステンドグラスの光を受けながら、室内にある大きめな十字架の付け根にごろりと置かれているという奇妙な風景にしか見えないだろう。本当はこういう扱いをしていいようなものじゃないんだけど、それも分かっている黒き眠りの槍の妖精から『待て』が掛かっている以上は仕方がない。

 俺これ無いとすんごく困るんだけどなあ、もうしばらく大人しくしておけという意味なんだと思って諦めることにした。

 


 とある部屋にて。


「ああ、おわった、かえる、おふろ、ねられる、ごはん、おさけ、もふもふ、ふわふわ────」

  

 間の悪い部下がノックもなく勢いよく扉を開けるまであと数秒。

 

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