第40話

 私はこの短期間に三度この場所を訪れることになりました、大司教サリュウ・ファウその人の居室です。居室の扉の向こうは高い天井から吊り下がる白や黒の薄い布で作った天蓋が、その中に大司教が横に寝そべる豪奢な寝所があり、彼女は横たわって肩肘をつき美しい微笑みをたたえています。目を閉じ作り物のように美しい顔を私に向けながら、何の悪気もなく微笑んでいるのが癪にさわります。


「大司教サリュウ・ファウ、キース・キーストンお伺いあり参じましたよ」

「連なる者ではありましたが目的には遠いので、此度の釣りは失敗でした」

「三英雄が探しても見つからないのに、釣り遊びで引き当てられるほど甘くないですよ」

「でも鉤は別の獲物を引き掛けてしまう、あなたの希望通りになりませんね」

「ではこれを綺麗に片付けたら餌ではないと、教会のお墨付きをいただきたいのですよ」

「認めましょう」


 その一言に重圧が乗せられてきました、私はそれに耐えるだけで精一杯です。私が求めている教会のお墨付きというのは、それだけ重要なものだということです。それが欲しいならこの予想外の出来事を綺麗にまとめてみろと、ラッセルが手配されたのは大司教の思うところではないので、それも含めて事態を収拾させてみろという指示です。

 騎士団まで絡んで手配されるに至った状況を、いち神父がどうこうできるわけはありません、正攻法であれば。そういう状況を義賊としてどうこうできるわけもありません、通常で考えれば。つまりどんな手を使っても構わないから事態を収束させることができるなら、大司教にとっては多少程度の要求だから飲んでやるという意味でしょうと私は認識しました。

 作り物のような大司教の顔が少し和らぎ、ふっと重圧が消え去りました。駆け引きはここまでという合図です。


「ラッセルの魔石はどうですか」

「進行はしています、今回の件でも色が蓄積しているのは間違いないかと思いますよ」

「キプロニウスの魔石は前例がありません、発動は避けねばなりません」

「その割には雑な釣り針にしてくれましたけどね、いえなんでもありませんよ」

「あなたの外科術でも取り除けない以上、ただの魔石ではありません」


 魔石を取り除く、そういうことができるかできないかといえば、生死の危険を顧みなければ可能です。生まれついての魔族では試したことはありませんが、後天的な原因での魔石によるものであれば、魔族化する前なら何割かの可能性で取り除くことは可能でした、もちろん失敗して死んでしまうこともあります。推測するに人体へ埋め込んでからの時間経過、癒着のスピードに左右されるのだと考えますが、検体が少なかったので断定はできません。

 

「ええ、ラッセルの命と強く癒着していて取り出すことは不可能ですよ」

「単なる魔族化でない可能性を考慮した場合、最悪は処分も必要ということです」

「わかっています、だからセシリアを剣にしてラッセルの負担を減らしているのですよ」


 私がセシリアを引き込もうと考えている理由はそれです。魔素の厄介なところは戦闘やそれに類する行為において、敗者の持つ魔素は勝者に移る現象が起こるということで、ラッセルひとりを矢面に立たせれば立たせるほど、彼の魔石は魔素を吸い込んでいきます。勝負でそれなのですから、生死が絡むとより顕著な現象になります、だから赤き旗の盗賊団は基本的に殺しをしないというのもあります。

 セシリアが入ることで単純に戦闘が半分になりますし、その前提があれば今まで避けていた武力行使が必要になる仕事も比較的楽にこなすことができるようになります。そのためにいくつか無茶な仕事を詰め込んでみましたが、問題なくこなすことができました、他に身寄りがなく私たちになんらかの恩義を感じているというのも採用のポイントです。人でなしと言われようが、ラッセルの重要度合いを金貨1枚だとすれば彼女のそれは銅貨1枚にもみたないのですから、私はそういう判断をしています。出会った時に廃教会では何の役にも立たなかった少女でしたが、領主館では一撃で人狼を叩き伏せる攻撃力を見せてくれましたからね。お取り潰しになったとはいえ元イーリス領の子女であることも考え、なんらかの使い出はあるかも知れません、みすみす逃す手はありませんね。

 少しだけ間をおいて大司教が語り始めました。


「私としても彼らと縁のあるラッセルを無碍にするようなことはしたくありません」

「そう思っていただけるだけで、ありがたいですよ」


 大司教も別に私やラッセルが憎くて嫌がらせをしてくるわけではないと思っています。まぁ多少はラッセルに対して、似た感情はあるかも知れませんが。ただ私がラッセルとセシリアに対して重要度合いの判断をしているように、大司教も彼らとラッセルに対して同じような判断をしているということで、それに伴っての今回の事件なのだと考えています。


「キプロニウスの痕跡は認められませんでした、今回の魔女はハグレの類でしょう」

「確かに、カーム砦での出来事も知らなかったようですよ」

「しかし連なる者ではあったと、そうであるなら復活はしていないと思われます」

「復活していたら、ラッセルにも影響が出ると思うのですよ」

「失敗ではありましたが、そこだけは収穫です、彼らにも知らせておきます」


 ここで一通りの話が済んだので、私は今回の事件で疑問に思っていたことをお伺いすることにしました。


「大司教は『魔なき者』という言葉に思い当たる節はありますか、私は知りませんよ」

「ありません、もし魔が無いならそれは人でも魔族でもない何かです」

「普通に考えれば魔素や魔石のことですよ」

「あなたの研究によれば、魔素は誰にでもあるということでしたね」

「ええ、生まれたばかりの赤子から死ぬ間際の老人にまで当然に魔素はありますよ」

「それがない者を魔女が探していたと」

「ですから、お伺いですよ」

「ハグレ絡みと気に留める程度とし、今は先にすべきことがあるとしましょう」


 状況から察するに、ラッセルが赤き旗としている赤い布、聖骸布で自身を包んでいるから外部との魔素が遮断され、魔女はそれをその「魔なき者」と誤認しかけたというものだと考えられます。しかし私はそういう存在がいるとは思えませんし、大司教ですらそういう単語を知らないということから、魔女が何を探しているのか皆目検討もつきません。なのでその件は一旦置き、今すべきことを再確認します。


「大司教、サリュウ・ファウよ」

「何でしょうか、キース・キーストン」

「今回の件を丸く収めた暁には、教会のお墨付き、お願いしますよ」

「二度同じことを言わせないでください」


 私は踵を返して大司教の居室をあとにします。今回は黒衣に着替えて飛び去るような真似はしません、時は金なりですが急いては事を仕損ずるともいいますので、私はゆっくりと歩きながら思考に耽ります。

 悪魔騒ぎ、魔族嫌疑をかけられた噂の義賊団。

 騎士団と第三警備隊。

 教会は中立を保っている、嫌疑を晴らすことが重要。

 自分の持つ手駒は、ラッセル、セシリア、タキ、クルーガー、とても少ない。

 アムネリス、ニックは期待できない、嫌疑の対象を増やすだけ。

 単眼姫は悪魔の情報を持っているか、否。

 手配書が大量に城下町に出回っている、目にした人は多いはず。

 今回来たのはどこの騎士団だった、確か第六。

 何か関係はないか、これらと────赤き旗の盗賊団────


「何か絵図が、思い浮かびそうな気がしてきましたよ」


 私は平静を装っていつもの笑顔を貼り付けていましたが、思わず口が三日月のように歪んでしまいました、いけませんね。もう少しゆっくり歩きながら、思案するといたしましょう。

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