第39話
「まず、俺ラッセル・クレバーは、31歳だ」
「え?」
俺が生まれたのはケルドラ暦304年のことらしい、親は知らない、生まれたばかりの俺はシスター・シアが運営する孤児院の玄関に放置されていたと聞いた。タキとニックはそこで出会いともに育った孤児院仲間だ、今はタキがひとつ上の32歳でニックが28歳だ。孤児院は15歳で出ることになっているから、あいつらはそれ以降ずっと今の道を歩んでいる。
俺はといえば孤児院を出ることはなかった。正確には孤児院を出る年齢になる前、12歳の俺が人攫いに捕えられてしまったから、ということになる。タキたちと一緒にいるところで、女児に間違われて攫われてしまった。多分その時の髪の長さのせいだろう、今の俺よりも少し長いウルフカット寄りの髪の長さだったから、貧相な孤児院の食事で華奢な体格だったからそうだったのだろう。その時、1歳上のタキの方が背も高かったし、とある事件でバッサリと短髪にしてしまった直後だったから、俺が女児に間違われたんだと思う。間違われたのは攫われたあとに犯人たちの会話を聞いてわかったことだから、確かだ。
タキにしてみれば突然現れた男たちが迷わず俺を攫っていったという古い記憶だったが、実はそれが女児と間違われての犯行だったと、実は自分が攫われるのだったと今更ながら真実を聞かされて動揺したのだろう。もしかしたら自分の代わりに俺が攫われたと思い込んでしまったのかも知れない。何せタイミング悪く、俺がタキに赤い布を大事にしている理由を説明した直後なものだから、その当時の記憶が蘇っているところにさっきのあれだ、タイミングが悪いとしかいえない。その先は、タキに話したことと同じ内容を話した。
あの頃の俺は人攫いに売られようとしていて、なんとか逃げ出した。
しかし異国の地で子供がひとり生き延びるのは大変だった。
騙し盗み奪い。
人殺しや強姦、身売りこそしなかったが、それら以外でできることは一通りやった。
相手を騙すために女装して寝屋に引き込むことだってした。
遠く離れた故郷に戻ることを諦めて荒んだ生活を続けていた。
ある時、悪魔に騙されあの人を陥れて、それでもあの人に命を救われた。
あの人にかけた迷惑はどうやっても償いきれない、だから約束した。
俺は地上で人助けをするんだと。
「それが赤き旗の盗賊団を立ち上げるための切っ掛けだったんだ」
しかしケルドラに戻った俺は、ただの無力な子供でしかなかった。そこからキースに出会い、反目し荒れた生活をし、紆余曲折あって気持ちを入れ替え、キースとともに赤き旗の盗賊団を立ち上げて活動を開始した。正体不明の義賊、小さな子供の姿で赤い布だけが印象的な謎の少年、何年たっても姿が変わらないという偶像も興味を引く謎になる。
だからタキが自分のせいだと思ったのは勘違いだし、偶然が重なって俺が人攫いに捕らえられただけの昔話だから、タキが気に病むことではないということをセシリアとクルーガーに話して聞かせた。
「わかったけど────なんで今まであたしに教えなかったのよ、それに年齢だって」
「拙者には思い当たる節があるでござるが、ラッセル殿、拙者も聞きたいでござる」
「そうなるよなぁ、今の説明でひとつだけ省いていることがあるんだ」
俺はそういって一息ついて、自分の上着に手をかけた。この事実を知っているのは、ケルドラの中ではキース、タキ、ニック、アムネリス、そして大司教と単眼姫だけだ。
「俺の身体は、14歳当時から成長していないんだ」
上着を脱ぎ、裸になった上半身をセシリアとクルーガーに見せる。そこには赤く淀みながら緩やかに蠢く魔素の流れを内包した、透明な石のような物体が、胸の中央に埋め込まれていた。セシリアとクルーガーは、息を飲むようにしてその薄く光る物体を見た、流石に気づいたのだろう。
「これは魔石だ」
それはセシリアの父が胸に宿していたものと似ていて、魔物を倒した時に体内から出てくるそれとも似ていて、人の身体についているはずのないものだった。
「俺はいつ魔族化するか知れない、悪魔に呪われた存在なんだ」
俺は悪魔に騙されてあの人を陥れる時、悪魔に謀られて自身の胸に魔石を埋め込まれてしまっていたのだ。それが仲間を増やさない理由であり、セシリアを赤き旗の盗賊団から遠ざけるつもりだった原因であり、クルーガーが受けた
付け加えるなら俺が軽い魔法をレジストできるのも、魔法や魔石での治療を受け付けないのも、これが理由だ。先日魔女ソニアと相対した時もそうだ、強大な魔法は瞬時に吸収できないから対処しきれないが、虚をつけば魔力を吸収する力を意識的に手に溜めて相手の魔石に傷をつけることもできたりする。自分の魔石により多くの魔素が溜まってしまうリスクを考えると使い所が難しいが、奥の手としてはありだ。
そして俺が地上で人助けをするって決めたのも、それしかできないからだ。もし大穴に挑むようなことを続ければ、魔素溜まりに突っ込むようなものだから、いつ魔石が暴走しだすかわかったものじゃない。地上にいて赤い布で胸元を隠しているのだって、普段から余計な魔素を吸い込まないようにしているからなんだ。
「な、こんなこと気軽に言える訳ないだろ?」
タキのセーフハウスの室内は思っていたより以上に重苦しい雰囲気で包まれたので、俺はできるだけおちゃらけて軽口を叩いた。しかしセシリアにしてみれば自分の父の死因が再び目の前に現れ、クルーガーにしてみても自分を呪ったのと同様にされているという一方で、自分を呪った存在に近しいのが俺だとも知ってしまった。軽口ひとつでどうこうできるわけがない。
「ということで!クルーガーにはタキを追いかけて連れ戻して欲しいんだ」
「承った、拙者あの女子のにおいを辿って追いかけるでござる」
「女性に向かってにおいを辿ったとかいうなよ?」
「なんでかは、わからぬが、わかた」
クルーガーは黙って俺に右手を差し出し、俺はそれを左手で触れた。クルーガーの身体の中で何かが割れるような軽い音がして、彼にかけられた
セシリアはといえば、右手を硬く握って自分の胸に押し付けていて、感情を押し殺しているようだった。俺は右手で頭を軽く掻いて、軽い調子で話しかけた。
「お前はキースのとこに戻れ、俺はタキが戻るまでここで安静にしとく」
俺はそういってベッドの上に横たわり目を閉じた。正直なところ平静を装ってはいるが全身の筋肉が悲鳴をあげまた熱も出てきたようなので、1日でも早く回復させるためには休養が必要だ。
不意に俺の身体に毛布がかけられるのに気づいて、俺はもう一度口を開いた。
「お前なにやってる、いいから戻れ」
「やだ」
「やだってお前、ガキじゃないんだから」
「どうせ17歳のガキですよ、すみませんでした」
あ、こいつ拗ねやがった。
「このなりで31歳ですっていっても信じないだろ、方便だよ方便」
「わかってますぅー」
「いいから帰れ」
「やだ、看病くらいする、タキちゃんが戻るまでそれくらいさせて」
「ったく────俺は寝るからな」
俺は額に冷たいタオルが置かれるのを感じながら、疲労と苦痛の中、再び眠りに落ちて行った。何かを思い出しそうな、そんな古い香りとともに。
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