第四章

第38話

 カーム砦の件から1日が経過しました。

 ケルドラ外周区のさらに外側に存在するのが貧民区と呼ばれる、貧しい人々がその日の糧をなんとか得て暮らしている場所です。私の教会はその中にあり、いえ、ありました。もっとも私にとって教会の重要なものといえば、罅のはいった十字架でも割れたステンドグラスの祭壇でも教会の教えを説くその場所でもなく、説教台の下に張った魔法陣で厳重に守られている地下室の中身ですから、それさえ無事ならなんとでもできると考えています。

 私たちはカーム砦での事件をひとまず決着させ、第三警備隊と共にケルドラに戻ってきました、ひとまずはです。第三警備隊はそのまま魔女を撃退したことを報告するのと通常任務に移行したので、以後アムネリスとの緊密な連絡はしばらく取り難くなりました。今回の件で距離が近すぎる疑いをかけられそうな以上、しばらく距離を置くのも良いでしょう。

 私はゴンドリアに指示、教会跡地に簡易的な住居を建てて私とセシリアが寝泊りできる程度の準備をさせています。地下室の中身を外に出すよりは、新しい教会と地下室を用意できてから移送したほうが安全ですから、それまでは地下室を塞ぐように居場所を作る方法にしました。


「神父、あいつはどうしているの?」

「ラッセルは今、タキのセーフハウスでタキと一緒に養生中です」


 セシリアが猫の目のような険しい表情をしました、どうしたんでしょうか。彼女はそれを聞いて腕組みをしてひとりでうんうんと考えるような仕草をして、片手を上げて私にこう言いました。


「神父、あたしタキちゃんの看病に行ってくる!」


 そういうや否や、彼女はタキのセーフハウスの方角に走り去って行きました。仕方のない娘です、あれほど「帰ってきたら神父、色々答えてもらうからね」とか言っていたのに、目の前の興味に負けて忘れてしまっている様子です。


「まぁ私には好都合なんですけどね、さてウィズリよ」

「は、はいキース様ぁ」


 私の背後に付き従うように立たせているウィズリに声をかけましたが、魔力砲撃の燃料に使ってから中1日では回復しきるはずもなく、弱々しい立ち方と返事の彼女に私は向き合って指示を出します。


「私は腹黒い妖精さんと会いに行ってきます、ここの留守を任せましたよ」

「わかりました、キース様ぁ」


 彼女は私の司祭杖へ縋り付くようにしてやっと立っている状況です、本来なら3日は休ませるべきところですが、カーム砦では後半戦まったく役に立たなかったので罰としてなんでも申し付けてくださいと懇願されまして。教会跡地での作業はゴンドリアとその部下が行う訳ですから、その現場監督くらいなら休み代わり程度にはなるでしょう。私はことの顛末を問いただすため、三神教の神殿へ行くことにしました。

 今こうやってラッセルが手配されてしまったことが大司教の思惑通りのことなのか否か、悪魔の件も含めてこの先どうする考えなのか、それが重要です。私は司祭服の懐から折り畳まれた1枚の紙を取り出し、開いて見ながらため息をつきます。


 ────手配、赤き旗の盗賊団、ラッセル────


 造幣技術があるので、それよりシンプルな印刷技術もこのケルドラ王都には存在しています。識字率が低いとはいえ手配を意味する手錠のマークは万人に理解されますし、ラッセルという文字を読めなくても、赤き旗の盗賊団という文字も読めずとも、ここ数年の活動で赤き旗の盗賊団という名前は城下町に通っています。あちこちでニュースを喧伝する新聞屋にも格好のネタとなり、義賊の正体は魔族の先兵だったのかという根も葉もない噂がこれでもかというくらい流れています。


「こういう形で有名になるのは、予定外なんですよ」


 唯一人相書きが似ていないのが救いといえば救いです。なんですかこの、猫のような顔をした少年は。



 あたしがタキちゃんのセーフハウスに着いた時、どこかで見たことのあるような大男が建物の入り口に座り込んでいた。どこで見たのか思い出せない、ゴンドリアさんの部下じゃないし、でもセーフハウスを守るように座り込んでいるので、あたしは思い切って声をかけてみた。


「ちょっとあんたどいて、あたしは中に用事があるの」

「待たれよ、家の主に誰も通すなと言われているでござる」

「ここはあたしの友達の家なの、いいからどきなさい!」

「おや────さてはもしや」

「なによ」

「その強いにおい、あの時の強い女子のにおいではないか」

「臭いみたいにいうな!?」


 そうだった思い出した、こいつ奴隷事件の時に助け出した狼男だったし、一昨日ちょっとだけ顔を合わせたやつだわ、カーム砦で見た全裸のイメージが強すぎてすっかり忘れていたわ。


「あんたあの時の狼男ね?」

「いや拙者狼男ではござらぬ、拙者は犬の獣人でござる」

「あー、それは失礼な間違いを、すみません」


 狼と犬の違いをどうやって見極めろと言われても困るけど、魔物と獣人を間違ったのは失礼なのであたしは素直に謝った。どのくらい失礼かというと、あたしみたいなか弱い女の子に「ウンガみたい」というようなものよ、全く失礼極まりないわ。


「じゃあ中に入るから、どいて、えーと名前は」

「クルーガーでござる、してそちらは」

「セシリアよ、カーム砦ではラッセルを連れて逃げてくれてありがと」


 あたしは既に罠が解除されている入り口を開けて中に入った。窓は内側から目張りされていて室内は薄暗く、蝋燭の明かりが灯されているので、目が慣れてくると室内の様子が見えてきた。


「はいアウトー!」


 タキちゃんのセーフハウスにはベッドがひとつしかなかった、それを思い出したあたしは即この場にきた訳だけど思った通りだった。


「当たり前のように2人でベッドに入ってるんじゃないわよ!」


 あたしが勢いよく毛布を引き剥がすと、身長が低く小柄な方のラッセルがベッドから転がり落ちてきた。ラッセルは黒い下着を着ている状態で細い手足には薬液を染み込ませた湿布を貼っていて、タキちゃんは普段着を着込んだままの姿でベッドの上で目を白黒させて口を開けていた、驚かせてごめんタキちゃん。


「い、いてぇ──何しやがるこのウンガ女──」

「そこアウト!子供っていっても男女が同じベッドに入ってるんじゃない、この助平!」

「お、おま、突然きて何を、いてて」

「セシリアちゃん!?ラッセルはまだ!」


 そうだった、盗賊殺しの短剣バンディット・スレイヤーを使ったあとのラッセルは全身筋肉痛や打撲その他の怪我でしばらく動けないんだった、あたしへの反論もキレが悪いのはそのせいだと気づいて、あたしはちょっとだけ自重しそうになった。


「あいてて、俺と、タキは、そういうんじゃないし!」

「こういう時だけ子供ぶるな!油断も隙もないわねこの狼!」

「いや拙者は犬の────」

「あんたじゃない!」


 こうなるといつもの口論モードだ、あいつとあたしは馬が合わないのかいつも口喧嘩をしてしまう。そういえばそうだ、カーム砦から戻ったら赤き旗の盗賊団ってなんなのかを問いただそうと思っていたことをあたしは思い出して、さらにヒートアップしてしまった。ここしばらくの鬱憤が文句に形を変えて次々と口をついて出てきてしまう。


「俺怪我人だぞ何するんだ、このウンガ女!」

「可愛い女の子を捕まえてウンガ扱いすんな!」

「お前が可愛いってんなら俺の方が100倍可愛いわ!」

「ラッセル?セシリアちゃん?」

「潜入捜査の時のはあれよ!化粧よ!身長が低いからそれだけの差よ!」

「はんっ、俺のほうが可愛いのが悔しいか、ふははは!」

「たまたま子供好きの変態に気に入られたからっていい気になるな!」

「いやー俺って素が可愛いからなー、可愛くてごめんねー?」

「ふたりとも落ち着いて!」

「あんたなんか誰が女の子と間違えるってのよ!」

「昔からそうだからな、ふはは!」

「いったいいつからよ!」

「20年前から女の子と間違えられて攫われたくらい可愛かったからな!」

「なわきゃないでしょ、あんた15歳でしょうが!」

「あ」

「え、ラッセルそれって────」

「いや違うんだタキ、今のは言葉のあや、違うから大丈夫だから」

「何が違うのよ!」

「キミが攫われたのって────孤児院の」

「何が20年前よ!」

「ごめん今はちょっと黙ってくれ!」


 タキちゃんが顔面蒼白になった、ベッドの上で真っ青になって、あいつは床の上で十分に動けずにタキちゃんへ弁明しようとしている、何が起こったの?


「あの時ラッセルが攫われたのって、ボクのせい────?」


 あたしがあいつと言い争っている中で、何かがタキちゃんの琴線をぶちんと音を立てて引きちぎってしまったようだ。タキちゃんはあたしの制止を振り解き、泣き出しそうな顔でセーフハウスを飛び出してしまう。あたしとラッセル、そしてクルーガーさんの3人は呆気にとられて取り残されてしまった。


 

 俺はクルーガーにタキを追いかけて連れ戻すよう頼んだ、しかしクルーガーの答えは意外なものだった。


「力づくでないなら無理でござる、拙者には彼女の心情がわからぬ故」


 追いかけることはできても連れ戻すには事情が不明すぎるということか、それもそうだなと俺は納得し、痛む身体を引きずってベッドの上に腰掛けた。目の前にいるクルーガーからは無言の圧力があり、もうひとりのセシリアは自分が何かしでかしたことに気付いておろおろと所在なさげに顔や手を動かしていた。

 タキを追いかけたいが今の俺の身体では無理だ、事情を知らないクルーガーはもちろん、混乱しているセシリアにも難しい。どうしてこうなったかといえば、俺がセシリアをこちら側に踏み込ませたくないと事情を説明していなかったことが理由だ。ここまで絡んでしまえば、むしろ事情を知らない方が今後のことに支障をきたすだろう。むしろ教えたくないのにここまで絡ませてしまった俺が、判断を間違えていたと言わざるを得ない。


「お前たちに事情を説明するよ、聞いてくれるか?」


 セシリアもクルーガーも、黙って頷いた。


「まず、俺ラッセル・クレバーは、31歳だ」

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