幕間
ラッセルを表舞台に立たせていないことが災いしました。
カーム砦に到着した対魔女装備の騎士団は、その行軍中に凄まじいスピードで自分たちを追い抜いていった魔物を追い予定よりも行軍速度を上げ、ちょうどラッセルが魔女に赤き旗の盗賊団の名乗りを上げる瞬間に出会いました。もちろん私にはそれを知る由もありませんが。
せめて
「これは、いけませんよ」
私はこの状況を
「いけません、予定外ですよ」
騎士団が到着しました、同時に魔女は撤退しました、彼らの視界に残っているのは外壁にうずくまるラッセルひとりです。第三警備隊が武力調査で魔女を撃退したというシナリオにしたいところでしたが、今そこに話を持っていくにはラッセルがいること自体その邪魔をしています。私は限られた時間で必死に思考を回転させます。
「そこの狼男!ラッセルを連れて逃げなさい!行き先は彼が知っていますよ!」
「拙者狼男ではござらぬ、犬の獣人──」
「時間がありません、あとこれをラッセルに渡してくださいよ!」
狼と犬とをどうやって見分けろというのでしょうか、獣人に魔物だといってしまった失礼は機会があればあとで謝るとして、行かせる先も思いつかないのでラッセルの判断に任せ、まずラッセルをこの場から離脱させることが重要と私は即決しました。なにしろ調べられれば、余計なことまで色々と露見してしまいますから。
狼男いや失礼、犬の獣人は少し回復したのか無理を通したのか再び獣化し、私が室内にはやした土柱を蹴り上がり、天井の穴から出て行きました。これで最低限、今この場でラッセルが捕らえられ調べられる最悪の状況は回避できるでしょう。最優先の事項に対処したので次はこれです、私と違って信用がある人間の言葉が必要です。
「アムネリス!騎士団が到着したので急ぎ魔女を撃退したことを伝えてきてください、運悪くラッセルが魔族か何かと勘違いされかけているんですよ!」
「ちょ、何がどうしてそうなった!セシリアお前は隊員の救護を続けろ、ニック目覚めたんなら私についてこい!」
「わかったわアムネリス隊長!」
「え、何なんスか、どうしたんッスか隊長!?」
「口裏を合わせろ、赤き旗の盗賊団の援護があって魔女を撃退できたって!」
なるほどそういうことですね、アムネリスの考えに乗りましょう、了解です。第三警備隊と私たちは魔女に圧倒されかけましたが、赤き旗の盗賊団とやらいう噂の義賊が現れて魔女を撃退するに至ったと、ああ仕方がないそれ以上のことは織り込めないし、魔神像が存在していたことを明らかにするよりは、聞かれたら奪取されてしまったという話にでもしましょう。
騎士団が思っていたよりも早く現地到着してしまったことも疑問です、大司教は私が対魔女装備の騎士団を率いる形は望ましくないと邪魔──いえ異議を唱え、私を先行、騎士団は独自判断で動くよう指示を出しました。それが私たちとさほど変わらない頃合いで着いたのはどうしてでしょうか、それも大司教の邪魔──いや先見の妙で何かしらの理由を伴っているのでしょうか、今時点ではそれも不明です。
いやはや、いけません、私としたことが思考を余計な方向に展開して迷走しています。今すべきはこの状況で、如何にして赤き旗の盗賊団が協力者であったことを騎士団に納得させるかです。
「セシリア、この場に騎士団が来る前にあなたに説明があるんですよ」
「なに神父、どういう状況なのこれ!」
私はせめて証言の数だけは増やそうと、セシリアに私とアムネリスの考えを手短に伝えました。アムネリスなら多少の想定外があっても上手に動いてくれるでしょうが、セシリアはそういうレベルに達していません、むしろ思い込みが強いので余計なことをしでかす危険性があります。そうならないよう、口裏を合わせる内容を伝えました、これで少しは状況を動かせればよいのですが。
◇
問題はここから、この場から逃げた人間をほどほどに擁護して、その者にはもちろん、私たちにも嫌疑がかからないように状況を説明していくことです。こればかりは私とアムネリスが表に立たなければいけません。かたや神父なのに外周区で細々と布教活動をしているのかしていないのかそのくせ神殿とパイプのある得体が知れない男、かたや城下町では人気が高い第三警備隊の隊長で家名をひけらかすこともしないエルフでありながら騎士団や他の警備隊といざこざが絶えない耳長の女。
それが揃って庇い建する、噂の義賊団、ただし包囲網を突破し逃走済み。
「もしかしてこれは、難しいかも知れませんよ?」
私は騎士団の事情聴取に淀みなく答えながら、しかし心の底で不安を感じました。
◇
結果は思い通りに行かないものでした。
赤き旗の盗賊団のラッセルが第三警備隊の戦線に協力した事実は認められましたが、そもそもになぜケルドラ外周街で襲撃を受けたのか、それに加えてどうやったのか騎士団の対魔女装備のひとつが盗み出され、それがこの場で見つかってしまったことが決め手となり、こうなりました。
「赤き旗の盗賊団のラッセルなる者、魔族の尖兵の嫌疑あり、見つけ次第即刻捕らえよ!」
騎士団を引率してきた騎士の判断に私がどうこう意見できる訳はありません。ぬかりました。アムネリスもこれ以上騎士団に食い下がれば逆に警備隊が赤き旗の盗賊団との関係を疑われると考え、私たちに残された方法はどうやって嫌疑を晴らすか、それを模索するしかありません。
「ねえ神父どうしてこうなるのよ!」
「タイミングが悪すぎたとしかいいようがありませんよ」
「落ち着けセシリア、物的証拠が決定的だったんだ、仕方ない」
「隊長まで!あいつ一体何を盗み出したのよ!」
「馬車に積んでおいた、対魔女装備の、魔力砲ッス」
「え?」
皆の目が一斉に私へ向きました、私はそれを柔らかな微笑みでやり過ごします。
「大司教の邪魔に意趣返しで、ついこう、奪ってきたんですよ」
まさか私が黒衣に着替えて盗み出してきた魔力砲が決定打になるとは思わないじゃないですか、不可抗力というものです、私も苛々して急いでたものですから、つい。
「ラッセルを表舞台に立たせていないことが災いしましたよ」
「いやお前だよ、キース」
この耳長ババア、いえ可憐なエルフ女性、なかなかに辛辣です。
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