第41話

 セーフハウスから逃げ出したボクを迎えにきたのはクルーガーさんだった。ラッセルがカーム砦に向かったあの日の夜、彼はラッセルを乗せて再びボクの前に現れた。盗賊殺しの短剣バンディット・スレイヤーを使ったのであろうラッセルは身動きが取れない状態になっていたけど、かろうじて赤い布をボクに見せてきて、満足げに笑いかけてくれた。そのあとラッセルは倒れ込んでしまったから、ボクとクルーガーさんで治療道具をかき集めてあっという間に時間が過ぎてしまった。

 出会ってから少ししか経っていないけど、ラッセルの看病の合間に何度か彼と話して悪い人、いや獣人ではないということがよくわかった、変な話し方が奇妙だけどむしろ実直で信頼がおけそうだと感じている。


「むかえ、きた」

「ラッセルに頼まれたんだね、そうか鼻が利くんだもんね」

「におい、つよかた」

「臭いみたいに言わないでほしいなぁ、ボク」


 逃げ出している間にボクの頭も冷えてきた。先日に続いて今日さっき、ラッセルが行方不明だった2年間のことを知った驚きが大き過ぎて、感情的になってしまったんだ。ボクは外周区の廃屋のそばに座り込んでいたので、そのままクルーガーさんに話しかけた。


「ねぇクルーガーさん、ちょっと聞いてくれる?」

「わかた」


 大きな犬の姿のクルーガーさんは、私とちょっと距離をおいてお座りの姿勢になった。これで小さければ賢く凛々しい犬なんだけど、大きさがすごいから犬に見えない。


「迎えにきたってことはラッセルからある程度、聞いたのかな?」

「ひとさらい、ぐうぜん、たき、わるくない」

「もしかして?」

「ませき、みた」


 ラッセルがクルーガーさんを信用してそこまで話したのか、ボクを迎えにこさせるためだけにそこまで話すわけもないだろうから、ラッセルも短い間でクルーガーさんに信用を置いたのだとわかった。だからボクも少しだけ昔話をすることにした。


「ボクからしてみれば、ラッセルが攫われて行方不明になって丸2年、突然帰ってきたラッセルはすごく荒れてたんだ」

「うむ」

「孤児院にも寄り付かなくて、怪しげな廃教会の神父のところに出入りして、時々素行の悪い奴らとつるんだりしていてね、みていて危なっかしかったんだよ」

「うむ」

「そのまま何年かして、もう元のラッセルには戻らないかなと諦めていたんだけど、ある時を境にラッセルから邪気が抜けて、今のラッセルになったんだ」

「うむ」

「だからね、2年の間に何があったのか、ケルドラに帰ってきてから何をしていたのか、聞きたくても聞けずに今まで過ごしてきたから、ボクびっくりしちゃって」

「うむ」

「正直にいうと、聞きたくても聞けなかったことを物の弾みで言わせちゃったセシリアちゃんに少し嫉妬したのもあるんだろうね、年上なのに情けないよボク」

「うむ」

「うむしかいわないねぇクルーガーさん、まぁ気が楽だけど」

「いぬのすがた、はなす、にがて」


 ボクもここまで話してすっきりした、ラッセルが攫われたのは偶然、魔石で呪われているのは知っていたけど行方不明の2年の間に何があったのかは驚くところだけど過去の話、今ボクがこれ以上の心配を彼にさせてしまうのは良くないね、と思うに至った。


「よし、なら帰ろうか」

「まて、なにか、かこんでる」


 ボクは瞬時に意識を切り替えて黒の冒険者の心構えになった。集中、索敵、推測、5、6人に囲まれているような気がする。しまった、昔話に気を取られて何者かの接近を許してしまった。そして相手が何者か皆目見当もつかない。


「動くな!そこの魔犬と女!こちらはケルドラ第六騎士団である!」

「ボクは黒の冒険者タキだ!一体何事か!」


 ボクは首から下げている黒の冒険者としての認識標を引っ張り出して見えない相手に答えた。何も身に覚えのない取り囲みを受けて、まずは身の潔白を証明するのが先決だと考えた、そうボクには全く身に覚えのないことだからだ。


「その魔犬に手配がかけられている!そなたも参考人として捕縛する!」

「えぇ?何したのクルーガーさん!」

「にげた、だけ」


 建物の影から5人の騎士団員が出てきてボクたちを取り囲んだ、正直なところ何の装備もない上に体調も万全ではない以上、抵抗するだけ無駄だとわかっている。だからボクは大きな声で相手に問うた。


「手配って何のこと!騎士団に追われる覚えがないわ!」

「その魔犬、手配中の赤き旗の盗賊団、ラッセルとの関係があると思われる!魔力追尾したので間違いない!」

「追尾────」


 ボクはクルーガーさんの顔を覗き込んだ、面目ないという感じの犬の表情をしていることから相手の言うことが正しいのだろう。その魔犬ことクルーガーさんと親しげに話し込んでいたボクが参考人として捕らえられるのも無理はないと思ってしまった。しくじった、セーフハウスの中なら周囲に索敵用の仕掛けや追跡の目眩し罠があったけど、こうやって外に出てきたのが間違いだったのか。いやあのままクルーガーさんがセーフハウスに居たら全員が捕縛されていたかも知れないと考えればむしろ幸いだったか、どっちにしても今更後悔しても仕方ない、どうにかしてこの状況をラッセルたちに伝えなきゃいけない。


「大人しくしろ!」

「突然いわれてはいそうですかってできるか、冒険者だから甘くみないでよね!」


 ボクが十分に動けないことを考えたら大人しく捕まるしかないが、それでは何にもならない。ボクは意を決して近場にあった廃材、木の棒を手にして反抗する構えをとった。騒ぎになれば誰かがどこかで聞きつけてくれる可能性に賭けてみた。



 大変っス、タキ姉が騎士団に捕縛されたっス、あと見慣れない獣も一緒に捕らえられてしまったっス。アムネリスの姉貴の命令で第六騎士団の追尾部隊をこっそりつけていたっスが、まさかそれでタキ姉が捕まるとか予想してなかったっス。

 すぐにでも助けたいけど多勢に無勢、それにアムネリスの姉貴から絶対に騎士団に気取られるなと言われてるし、何かあったら即報告だって言い含められてるから、ここは我慢のしどころっス。


「待っててくださいねタキ姉、あとで必ず助けに行きますんで!」



 神殿から戻った私はアムネリスと情報交換すべく、ケルドラ城下町の大通りを1本裏に入った冒険者御用達の酒場で待ち合わせをしました。警備隊を訪問するわけにも行きませんし、教会跡地にきてもらうのも難しいので、定時で連絡できる場所の約束を取り付けておいてよかったと思います。用事があれば同席を、なければ別席にするという取り決めです。

 酒場の女主人は私の顔を見るとクイッと顎を動かしてアムネリスが待つテーブルを示します。ここの女主人は以前ラッセルが義賊として助けたことがある相手で、それ以降は主に私が情報交換の場に使わせてもらっています。有象無象から海千山千の冒険者たちの中に紛れれば、美しいハイエルフも場違いな教会の神父も埋もれさせてくれるというものです。そして主人が私たちに好意的な協力者であることが、何よりも大きな利点なのです。


「お待たせしました、黒い妖精さんとの話が少し長引いたんですよ」

「いいわよ別に、で、そっちの方とは話がついたの?」

「事態を丸く収めたらいよいよお墨付きをくれるそうですよ」


 アムネリスは目の前に置かれたジョッキを飲み干すと、おかわり2杯を要求しながら少し考えて口を開きました。


「対価が大きいとはいえ、この状態を丸く収める?どうやって?」

「火を消す方向で考えたかったんですが、難しいならより大きな火で潰そうかなと思案しているんですよ」

「やだやだ、ほんと物騒な僧侶だねあんた、で算段は?」

「協力が欲しいです、でもまだピースが揃わないんですよ」


 私は少し困った顔をして、運ばれてきたジョッキのひとつを受け取りました。口をつけて少し含んだ時、入り口の方で何やら騒がしい声がしてきました。


「アムネリスの姉貴いるっスか!」


 ニックです、肩で息をして慌てた様子で駆け込んできた彼は、女主人が苦々しい顔をしながら顎で私たちのいる方を示したのをみて走り込んできました。


「アムネリスの姉貴!大変っスふべっ!?」


 駆け寄ってきたニックにアムネリスが無言で拳骨を落としました、そりゃそうですお忍びできているのに彼女の名前を二度も叫んで周囲の注目を集めてしまったのですから。全く彼はこういうところが甘いので、協力者ではあっても仲間にはできない理由のひとつです。

 アムネリスは城下町の警備隊の中で一番人気の警備隊長ですから名前も顔も有名です。酒場の客が興味深げにこちらの様子を見物していると、彼女はひといきついてから鬼のような形相をして冒険者たちを一喝しました。


「見せ物じゃないんだよ!」


 一瞬だけ静寂が訪れ、すぐ活気のある酒場に戻って衆目が私たちから逸れていきました。このハイエルフ怒ると怖いですね。


「名前を呼ぶな阿呆、でどうした」

「大変っス、タキ姉が大きな狼と一緒に第六の騎士団に捕縛されたっス」

「ああ、あれ犬だそうですよ」

「そ、そうっスか」

「そんなことはいい、状況を詳しく聞かせろ」


 私たちは酒場の喧騒の中で手短にニックの話を聞き、状況整理しました。

 第六騎士団が魔犬の魔力痕跡を追尾していた。

 タキと一緒にいたクルーガーを騎士団が取り囲んだ。

 タキも参考人として捕縛された。

 会話から、第六騎士団の詰所に連行されたと思われる。


「面倒なことになったな、どうするキース」

「助けにいくっスよ、姉貴!」

「姉貴って呼ぶな、阿呆」

「これは────何かしらのピースが揃いそうですよ」


 私の呟きにアムネリスが怪訝な顔をしました、それはそうです身内が捕まって喜ぶなんて非人道的な神父がいていいわけありませんから。しかし私の普段から貼り付けている笑顔は、その時少しだけ微笑んでしまっていたようです、いけませんね気をつけなければ。

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