第42話

 物心ついた頃には同じ孤児院にいたわたしたち、ひとつ違いだから一緒にいることが多かったなぁ、だいたいわたしがラッセルのあとをついて歩いていたわ。

 これは昔話、ボクが自分のことをわたしって呼んでいた13歳の古い記憶。


「ねえ知ってるラッセル、明日お貴族様の行列があるんだってよ」

「ああ聞いたよタキ、領地から帰ってくるんで賑やかにやるらしいな」

「わたし、ちょっと、みていたいなぁ」

「ばっかだなぁ、またシスターに怒られるぜ?」

「でもでも『ふるまい』っていうのがあるらしいよ、前の行列ではあったってよ」

「うっ、いいなあそれ」


 わたしは長い髪の毛で、やっぱり長い前髪の間からチラチラとラッセルを覗き込みながら、本当は行きたい、見てみたいという気持ちを伝えてみた。

 わたしたちが暮らすシスター・シアの孤児院はいっつも貧乏だった。だから遊ぶより教会のお仕事でお花をつくったりカゴを編んだり、毎日お仕事ばっかり。それに食べ物もあまりたくさんもらえないから、わたしたちはいつもお腹を空かせていた。


「じゃちょっとだけ、見にいこうか」

「わあい、ラッセルは優しいから大好き!」


 そういう生活の中でもわたしはラッセルがいるから毎日を楽しんで過ごすことができていたわ。教会の内職のお仕事を抜け出してふたりでお貴族様の行列を見に行こう、おふるまいっていうのが何なんだろう、前の日はどきどきしてよく寝られなかったことを覚えている。

 でも現実にはそんなに楽しいことばかりではなかった。


「なんだよ、今日はその『お振る舞い』ってのがないじゃないか」

「そうだね、前はお菓子が配られたって聞いたんだけど、残念だねラッセル」

「ば、ばかっ、ボクはお菓子なんていらないぞ、見にきただけだ」

「本当は欲しかったんじゃないの、ふふふ」


 その日のお貴族の隊列は煌びやかなばかりでなんか少し怖くて、わたしとラッセルは早々に孤児院に戻ろうとして、人混みをかき分けて近道しようということになった。隊列を避けて大通りを渡ろうとすると大きく遠回りになるから、急いで走り抜ければ大丈夫だろうと思っちゃったんだ。


「タキ、ここ抜けられるぞ!」

「待ってラッセル、ちょっと待ってよ」


 そういって人混みを抜けた先が、運悪くお貴族様の本隊の前だったのが悪かった。武装した騎兵の前に出てしまったわたしたちは、諫める怒号の中で萎縮してしまい動けずお貴族様の怒りを買い、わたしの長い髪の毛と一緒に、右目の横を縦に剣で斬り付けられてしまった。


「タキィ!」

「うわぁぁぁぁん!」

「何すんだこのクソ貴族!」


 そこで見物客が混乱しはじめて、わたしたちはその場を逃げることができた。こめかみから頬にかけて斬り付けられたわたしは、たくさんの血を流して、ラッセルはそんなわたしを背負って孤児院まで走って逃げてくれた。とはいえわたしが13歳、ラッセルが12歳、子供の足でどんなに急いでも時間がかかって、孤児院でシスター・シアの手当てを受ける頃には傷口が汚れてばい菌が入っていたんだと思う、傷は綺麗には消えずに残ってしまった。


「ごめんタキ、ボク女の子に傷をつけさせてしまった」

「ちがうよラッセル、わたしがのろまだったからだよ」

「こわくて守れなかった、ごめんタキ」


 その頃のわたしは長い髪の毛で、やっぱり長い前髪なので、その間からどんなにラッセルを見つめても、わたしの気持ちが伝わることはなかった。ラッセルはいつまでも気にしているので、ある日わたしは────、いやボクは思い切ったことをした。


「何してるんだタキ!」


 ボクは長い後ろ髪を自分で握り、もう片手でもった作業用のナイフでその髪をバッサリ切り落とした。続けて前髪も同じように握って、ナイフで切り落とした、これでまっすぐにラッセルを見つめることができるようになった。


「わた──ボクは大丈夫だよラッセル!キミはボクを助けてくれたヒーローなんだ、こんな傷くらいへっちゃらだ、気にすることなんかないんだ!」


 これがボクと彼、タキとラッセルが一緒にいた頃の最後の記憶。

 この数日後にラッセルは人攫いに捕まって行方不明になってしまう、その直前の記憶。

 そして思い出した、お貴族様の名前────


「女、この第六騎士団団長、ファーレン・マクギリアスの問いに答えよ」


 そう、マクギリアス伯爵が領地運営から戻ってくる行列だったことを思い出した。



 ボクは4本足の椅子に座らされ、手首と足首をそれぞれ椅子の脚に縛り付けられていた、もちろん胴体も胸の下で椅子の背もたれに括り付けられているから、身動きすることができない。参考人として捕縛するとかいっておいて、これはもう拷問前提の縛り方だ。だからボクは最大限の警戒心を発しながらその貴族の問いに答えた。


「ボクは黒の冒険者タキ、いくらお貴族様でも突然この仕打ちはどうかと思います」

「強がるな、女が」


 ファーレン・マクギリアスと名乗った男が本物であるなら、貴族であるマクギリアス家の第一子そして第一後継者で、かつ第六騎士団の団長その本人ということになる。本来そんな立場のある人が捕らえた参考人を聴取するわけがないから、本物であるなら何かしらの確証や問いがあるのだろうと、ボクは警戒を解かずに体をまさぐられるのを耐えた。


「顔色ひとつ変えぬとはつまらん、冒険者というのはこれだからな」

「お貴族様の遊びにはお付き合いできません、早く開放してください」

「そう急くな女、お前が赤き旗の盗賊団とどういう関係なのかを答えよ」

「そんな盗賊と縁なんかありませんよ、何かの間違いです」

「しかしお前が一緒にいた魔獣は、その赤き旗の盗賊団のひとりと行動を共にしていたと報告が上がっている、無関係という方が無理があるぞ?」

「知らないものは知りません、たまたま出会っただけです、あの犬とも」

「そうか、普通は犬というより狼と認識しそうなものだが、ふむふむそうか」


 そんな引っ掛けにはのらないんだから、ボクはラッセルのことを何も話さない、彼が不利になるようなことはしないと心に決めて貴族の問いを待つ。


「その犬は拷問にかけておるよ、何も吐かなければ女、次はお前だ」

「お貴族様が何の証拠もなく国の認定を受けた冒険者を拷問なさると」

「そうだな、貴族であるが故なんら問題もなかろう?」

「あとで訴えますよ」

「別に冒険者の1人や2人、消えたところで誰も怪しんだりはせぬよ」


 ファーレン・マクギリアスがその本性を見せて暗く深い微笑みを見せて、ボクは心底ゾッとした。多分だけど今まで何人もの相手をそういうふうにしてきたのだろうと直感してしまい、ボクは悲鳴をあげそうになるのを必死に堪えた。


「赤き旗の盗賊団は我がマクギリアス家の仕事に邪魔でな」

「お貴族様、義賊が邪魔ってまるで悪人のセリフでございますよ?」

「お前たちがすれば悪事であっても、我らにとってなんら問題はないのだよ、だから次にあう時までに心を決めておくといい、知っていることを話すか、話さない結末を選ぶか」


 クルーガーさんは義理堅いから何も話さないだろうし、そもそも赤き旗の盗賊団についてほとんど何も知らないから答えることはできないだろう。そちらの拷問が終われば次はボクの番で、何も話さなかったら残念な結末にすると脅してきている。


「本当に何もしらないんです、お貴族様」

「であれば女、お前の悲鳴を楽しませてもらうとするよ、ではな」


 そういって男は出ていき、この拷問部屋の扉に鍵がかけられた。ここがどこの建物の中かはわからないけど、少なくともこの部屋自体が拷問を目的にしたものであることは壁に吊されたいろいろな器具の形から想像できる。ボクは血の気がひいていくのを感じながら、必死になって気持ちを奮い立たせた。


「死ぬな生き抜け死ぬのは間抜けな奴らだけ、何ができるか考えろ────」


 耳を澄ますと遠くから鞭のような音が聞こえる暗闇の中、ボクは必死に頭を回転させ始めた。

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