第15話
ケルドラには王城や貴族区を守る騎士団、神聖区で専守防衛にあたる十字軍、8つある領地に常駐する駐屯兵団があって、その3つが正規軍と呼ばれるものだ。それとケルドラの特徴である傭兵軍と呼ばれる召集型の軍隊がある、普段は白の冒険者として国に登録して活動する者たちがそれだ。
アムネリスたち警備他はそれらに属さず、ケルドラ城壁の警備や城下町の治安維持を基本的な仕事にしている。だから外周区や貧民区まで足を伸ばすことがあっても、その先にまで出張ることは稀だと聞く。その稀な仕事があって、しかも赤き旗の盗賊団の正体を知るアムネリスが俺たちに協力を求めてきた、いや協力ではなく命令か。
「おかしい、裏があるはずだ」
「でも断れる状況ではなかったでしょう、こちらが蒔いた種ですよ?」
「お前が蒔いたんじゃないか?」
「あたしも神父に賛成よ、遺跡調査隊の救助だし人助けなら義賊の仕事だわ」
「お前、もう半分で判断するの原則を理解しやがってるな?」
「正直うちの第三はじめほとんどの警備隊が事後処理や聴取で人手が足りてないんスよ、兄貴」
「お前もだ兄貴っていうな」
ざっくり依頼内容を話し終えたアムネリスは、部下であるニックを残し引き上げた。何でもこのあと俺たちが捕縛した悪党どもの対応調整で、正規軍の騎士団や十字軍を交えて責任転嫁と仕事の押し付け合いという楽しい会合に出席しなければいけないそうだ。うん止めることはできないね、いってらっしゃい後は任せてとしか言えない。
ちょうどいい頃合いか。俺は今この場にいる面々の軽いやりとりの中がチャンスと、キース相手に核心をついてみた。
「でキースよぉ、本当は誰からの依頼か知ってるんだろ、怒らないから教えろ」
「ははは、いやなに黒──槍──からですよ」
いまキースが不吉な名前を小声で口にした、俺の聞き間違いでなければ断れるような相手ではない。加えて絶対これ面倒ごとだ、アムネリスもそれを分かっていると確信した。しかしセシリアとニックは聞き取れなかったらしく、顔面蒼白の俺を不思議そうな顔をしている。
「神父、あたし聞き取れなかったんだけど、誰?」
「知ってるなら教えてくださいっス」
キースは貼ってつけたようないつもの笑顔のままで、薄目を開けて俺にもう一度ちゃんと聞こえるようにキースの直属上司の名前を伝えてきやがった。
「黒き眠りの槍の妖精、みなさんにはこう言った方が伝わりますか────三神教大司教のひとりです」
◇
司祭の上には司教がいる、司教の上が大司教だ。その上となればもう枢機卿、そして教皇しかいない。つまりとても偉いのだが、大司教と呼ばれる者は今2人しかいない。もともとその大司教も1人だけだったのが、ケルドラ歴318年に起きた大きな問題を受けて2人制になった。それも司教などの三神教関係者からの抜擢ではなく、それとは別のところから送り込まれたのが『黒き眠りの槍の妖精』と呼ばれる女だ。相手を醒めない眠りに誘うことができる恐ろしい女で、加えて気分屋だから俺はできるだけ会いたくない。
「セシリアに加護布を持たせるのは快諾してくれてたんですけどね、教会を破門した上にそれでも教会が身柄を預かるという無理を通したせいで、借りを作ってしまったのですよ」
キースの説明は簡潔だった、大司教に頼み事をし過ぎて借りを作ったから返せと言われた。あの女がアムネリスの置かれている惨状を心配したのかどうかは分からないが、何らかの意図はあるだろう。可能性があるとすれば、教会組織に赤き旗の盗賊団を認めて欲しいならあるていど従えという意図が含まれていることだ。またはイーリス領の事件を明るみにしたくらいでいい気になるなよという楔か。
教会が持っている厄介な権力の最たるものは、有害認定だ。国益に反するとされれば、違法であろうと無かろうと有害の認定をされる。キース曰く『教会に不正はない、あるのは狂った正義だけですよ』ということだ、今の俺は別に反権力とかそういうスタンスでもないし、長いものに巻かれた方がいいと判断したならそうするだけの話だ。
この辺りの話はセシリアやニックには馴染みがないので、出来るだけ要点をかいつまんで説明してから俺は話を続けることにした。
「でニック、俺たちにやらせたい仕事の内容を再確認したい」
「わかったっス兄貴」
「兄貴はやめろ」
「教会は白や黒の冒険者を雇って国内に点在する古い遺跡を定期調査してるんス、東の森林の中にあるひとつの遺跡で調査隊が戻らないってのがあったんス、で教会は司祭もつけて白の冒険者だけで構成した第二班を送り込んだけどそっちも消息を絶ったっス、それが一昨日の話で昨日うちの第三に声がかかったっス」
セシリアが怪訝そうな顔をして、俺も思った疑問ことをニックに問いかけた。
「ねえニックさん、なんで教会は十字軍や僧兵を出さないで、警備隊に依頼してきたの?」
「あいつら専守防衛でも救助くらい出していいはずなんスけどねえ、行方不明になった白札たちが城下町の住人なんで警備隊で捜索してくれって話なんスよ」
もっともらしい言い訳ではある、しかし問題はなぜ俺たちに話が来たのかだ。警備隊の下で動く以上、赤き旗の盗賊団として義賊の仕事にする訳にはいかない。聞けば東の森林の中にあるというその遺跡は片道4日かかる遠距離なので、往復考えて俺たちを半月ばかりケルドラ王都から離れさせるにはちょうど良いとも言える。幾つかの思惑が重なっているような気はするが、断る選択肢がない以上は早々に話を進めることにした。
「ところでニック君、警備隊からは君の他に何人くるのか構成を教えてくださいよ」
「来ないっス、うちからは俺だけっス」
「おい、足りねえだろ」
「あとタキ姉が入って5人で全員っス、遺跡なんでレンジャーは必要だろうって、アムネリスの姉貴が」
「誰その、タキって人?」
おいおい、白札が行方不明になってる案件なのにしれっと黒札のタキを入れてるんじゃないよ。なんでシスター・シアの孤児院出身の3人を組ませるんだアムネリスの野郎、後であいつの隊長室に沢山の臭虫でも突っ込んでおいてやる。俺はアムネリスを激怒させない程度の消極的な嫌がらせを模索しつつ、タキとニックに余計なことを口走らないよう言い含めておく算段を考え始めた。
◇
街道馬車と違って警備隊のそれは行軍用かつ護送用、燃えたり破れたりしやすい幌布は使われず木造りで要所には鉄板が打ち付けられている。いつもなら馬車の屋根の上でのんびり寝転ぶ俺も、流石に太陽の光で熱せられた屋根の鉄板でじりじり焼かれる趣味はないので、真面目に着座している。
馬車の中には俺たち5人分の、食料と水に調理器具、野営用のテントや薪、スコップや斧の道具から果ては馬車の補修材まで様々な荷物が積まれている。もちろん重い荷馬車を引く2頭の馬が食べる飼葉もごっそり積んでいる、行った先で馬に食べさせるものが無くなれば行動や携行量の効率が著しく低くなってしまう。往復するだけで8日という旅は思った以上に荷物が必要なのだ、俺がキースから教え込まれた内容にはこういう行軍兵站のことも含まれている。野営した先で食料や水を得ることができないのは大前提、ロープ1本だって崖から落ちた時に生死を分けるし、その有無は骨折時の応急処置にも影響する。
とはいえ今回はニックがタキの意見を聞いて警備隊の兵站を計画したので、俺の出番はなかった。王都を出てからもニックが御者をし、タキが警戒を担当している。正直いまこうやって、キースとセシリアの3人で馬車の中にいるのがとても苦痛である。セシリアがずっと、三白眼のジト目で俺のことを黙って睨んでいるんだよなぁ。
それもそのはず、事前に俺がタキとニックに『セシリアに俺の過去話はするな』と言い含めておいたので、やつらに聞こうと思っていたことがひとつも聞き出せなかったようなのだ。
「よろしくねタキ、ところでラッセルとはどこで知り合ったの?」
「ボクは────ああ、ごめんねラッセルからそれは話すなって言われてるんだ」
「ねえニック、どうしてラッセルを兄貴って呼ぶの?」
「そりゃ俺の────ええと、すんません言ったら俺が怒られるっス」
こいつら、せめてもう少し、こう工夫してやんわり誤魔化したり断れないのかな?
出立前からこの調子で質問を続けるセシリア、それを苦笑いで断るふたり、そりゃあ矛先は俺に向いて当然でしょう。この旅が針の筵のまま続いたら流石に胃が痛くなりそうだ、俺はアムネリスにかけた心労がどれほどのものだったのか全ては分からなくても、部下(?)からの無言の圧力というその一端を自身で味わうことになった。
整備された街道を馬車は往く、この街道はケルドラ国内をつなぐ重要な道なので、石畳で整備されている他にも幾つかの特徴がある。
まず1キロメートル毎に設置されている石柱、1メートルちょっとの高さで上には日時計が刻まれている。これで時間と一緒に方位を確認することが可能で、街道を旅するときにとても重宝する。
時間については王都や城下町、それぞれの領地に点在する街や村では、そこにある教会が1時間毎に鐘の音で報せる。しかし街道ではそうはいかないので、2つの方法で時間を確かめる。ひとつは街道に設置された日時計で確認する方法、もうひとつは馬車の御者台に吊るしている火時計で知る方法だ。街や拠点を出る時に御者台の庇から遅延性で結び目のついた縄を垂らし、鐘の音に合わせて着火する。結び目ひとつで1時間前後なので、それでおおむねの時間を知ることができるという寸法だ。他にも目盛りのついた蝋燭を用いたり、油を使ったランプの残量で時間を数える方法はあるが、屋外では手軽で火が消えずかつ延焼しにくい縄の火時計が一般的な方法とされている。
「ふーん、まぁ逆さ山脈の見える方が北っていうのが楽だと思うんだけど?」
「ははは、ソウデスネ(このアマ)」
もうひとつの石柱の大事な役目は拠点間の距離数を記してあることだ、シンプルに矢印と数字が刻まれていてこれも重宝する。石柱を正面に見て、右の矢印と数字、その下には左の矢印と数字がある。それぞれが次の街や村までの距離で、そこに14と書かれていれば『あと14個の石柱を数える頃には着く』という意味だ。識字率は低いが簡単な数字程度なら誰にでも伝わる、街や村の名前を書いても半分以上は読めないから、必要な情報はそれだけで十分なのだ。
ちなみに石柱は街道の片側、北側寄りに建てられる決まりだ。南側だと木々や森の影になって日時計の役目を果たさないし、建っているだけで概ねの方角目安になるから石柱の役割はそこそこ大きいのだ。
「という仕組みなんだ、その他は定期的に街道沿いに設置された魔石灯があることだねセシリア」
「だいたい知ってるし、兵站の次は街道石柱で、次は何の説明をする気?」
そうだったセシリアは貴族生まれで修道院の勉強を経て何故か僧兵みたいな真似ができるだけで、本来は俺よりも小さい頃から勉強に馴染んでいるはずだ。しかしこれ以上、この場で話せるような内容はない。かなり、つらい。
この地獄のような空気を微笑を湛えた涼しい顔で眺めているキースを横目に、不謹慎だが俺は何か予想外の事件でも起きてくれないだろうかと祈り続ける他なかった。
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