第14話

 キースの監視で裏門から逃走しようとした男爵を確保した、騎士として活躍して爵位までもらっておきながら馬鹿な男だ。そいつの家族はもちろん、屋敷に雇われている使用人たちの中には男爵がしていた売買を知らない者もいるし、日中だけ働きにきているメイドたちもそうだろう。そいつらには罪はないが無関係ではない、いずれ踏み込んでくる警備隊の取調べは受けてもらう必要がある。捕らえた男爵の首元に短い刃を押し当てながら、彼ら全員を屋敷正門の内側にある庭園へ集めさせた。

 もちろん義賊の仕事には金品が伴う、男爵を脅してちゃんと屋敷の金庫にあったケルドラ金貨をごっそりいただいておいた。何枚かの大金貨もあったから、数えるのが楽しみだ。


『予定通り屋根に火を放ちました、近くの警備隊が来るまで3分といったところですよ』

「りょーかい、突入と同時に名乗りをして撤収する」

「あんた、ちょっとこれ」


 セシリアは治癒魔法ヒール解呪魔法ディスペルで奴隷7人を介抱し、半裸の女には布をかけてやり、状況が掴めていない皆を一塊に座らせて守っていた。その中にとりわけ大きな男が居て、セシリアがいうには彼が俺に話したいことがあるという。感謝の言葉くらいなら受けてもいい、そのくらいの時間猶予はあると判断した。


「助けていただき感謝にござる、拙者クルーガーと申す、御身の名を教えていただきたい」


 あ、これ面倒な奴だ、失敗した。クルーガーと名乗った男は両膝をついてなお俺より顔の位置が上にある、これは2メートル超えてるな。ゴンドリアと同じくらいありそうだけど、こいつは細い顔に広い肩幅と厚い胸筋、細く絞られた腹に手脚はやたら筋肉が付いていてその先についている手足もやたらデカい。パワータイプの戦士によくある体躯をしているのに、なんでこんな弱い冒険者たちに捕まったんだと俺は訝しげに思った。


「あ、そういうのいいんで、名前は黙秘します、ね?」

「この御恩、助けて下さった其方にお返しせねば死んでも死に切れぬ、報いるため拙者を仲間に加えて下さらぬか」

「落ち着いて?俺たちほら日陰者だから、ね?」

「しかし!」


 俺が両手を相手に向けて拒否のポーズを取ったその時、クルーガーが両膝に固く乗せていた手を突き出して俺の両手を掴んだ。全身に粟立つ悪寒が走り、俺は全力で猫のように飛びのいて、2階3階の壁を蹴って男爵屋敷の屋根まで逃げるように駆け上がった。何事かと驚くセシリアの横でその異変は起こった。


「G,GRAAAAAAAWAOOOOOOONNN!?」

「じ、人狼!?」


 セシリアの脳裏にひと月前の黒い記憶が蘇る、後退りする彼女のもとに鉤のついたワイヤーを投げて掴まるように指示する。俺が引き上げる力とセシリアの蹴り登る力で彼女もすぐ屋根に登り着いたが、屋敷の前の庭園では人狼の咆哮により人々は恐怖フィアーに陥り身動きが取れなくなった。


「GRUUUU、ぐ、ぐるうー、うーお、うおおっ!?」


 クルーガーは顔を狼のように、肩や背中、腕や足に黒い毛を生やして人狼かという姿に変化した。しかし人としての知性がちゃんと残っているのか、喉の調子を確かめて言葉を話し始めた。


「なんと!拙者がこの姿を取り戻す日が来るとは!なんという奇跡、なんという僥倖!!」

「なんなのあいつ!?あんた何したの!」

「知らん!」


 思い当たる節が無いわけでは無い、だが言う必要はない。屋根で起こっている火の手に加え狼の叫び声を聞いて、警備隊が予想以上に集まってきた。キースから俺に連絡が入り、俺とセシリアは急いでポーズをとって罪状を読み上げ、名乗りをあげる。


「我ら『赤き旗の盗賊団』、義を以て悪を討つ者なり!!!」

「待ってくだされ!拙者も連れて行ってくだされ!!」

「だめ!待て!!」


 飼い犬を叱るような声で俺は叫んだ、人狼は大人しく座って長い両手を前について待ちの姿勢になった。待たせるけど待ちません、俺は名乗りをあげたらすぐ闇夜に消えたいんだ。今にも俺たちを追ってきそうにうずうずしている人狼を再び制止して、こう付け加えた。


「クルーガーさん、事件の被害者は事情聴取とかあるんだからそれをちゃんと受けて!警備隊を困らせないでくれ!!」

「なるほど確かにその通り、ではそれが終わり次第拙者────あっ!」


 逃げるに限る、こういう手合いの相手をしていると自分の調子が狂う。俺は一足飛びにケルドラの夜の街へと姿を溶け込ませた。



「警備隊を困らせないでくれる?」


 成り上がり男爵と冒険者による奴隷売買を押さえた翌日の昼過ぎ、俺たちのアジトである教会に不機嫌な来訪者があった。不機嫌というか不健康な顔というべきか、目の下の隈を揶揄う素振りを見せたら、射殺すような三白眼で睨まれたから止めた。

 アムネリスはケルドラ第3警備隊の隊長だ、齢115歳で9つある警備隊唯一の女性隊長として有名だ。俺から見ても人ならざる美しさがあったはずなのだが、やつれて疲れ切った顔に勢いの悪い耳と毛並みの悪いポニーテールには美しさの欠片もない。ひと月前に会った時の面影がない、どうしてそうなっているのか思い当たる節があるので、俺はアムネリスの出方を待った。

 アムネリスは自分の後ろに控えさせていた部下にアゴで指図をする、歩み出た男はその半笑い顔でアムネリスの蹴りをくらい短い悲鳴をあげた、アムネリスは足癖が悪いのだ。半泣きの顔で俺の前に来た男はニック、アムネリスの部下で平隊員ではあるが、俺やキースと面識がある数少ない人材なので連れてこられたのだろう。俺よりも30センチ背が高いニックは、手に持ったメモを見ながら俺たちに報告をした。


「お久しぶりっス、ラッセルの兄貴ってえ!」

 

 アムネリスから二発目の蹴りが炸裂した、俺は早く話せと促した。俺たちはいつも通り、キースは説教台、セシリアは長椅子に腰掛けて一緒にニックの話に耳を傾けた。


「城壁補修にかかる贈収賄、主に役人6名と業者が23名の捕縛っス、続いて下水道をアジトにしていた盗賊たちは16名っス、黒札による麻薬密売は結構多くて、黒札冒険者が4名で売人が8名の常用者が28名っした」


 ふむ3つの事件で77名とか大規模だな。


「白札と土地管理局の件は冒険者が7名で管理局5名の雇われチンピラたちが14名、闇賭博の件では胴元一味が17名で賭博参加者が43名と沢山っス、娼館の件は元締めたちだけなんで16名っした」


 ふむふむ102名とかすごいな。娼婦たちは単眼姫の店で匿うことにしたから人数には入ってないな、よし。


「そして昨夜の捕物っスが、男爵絡みが19名で黒札が5名、保護対象は7名っした、これから売買ルートを探ると芋づる式に増えていくと思われるっス」


 あそこで31名か、思ったより少ないな。まぁ男爵からのルートを辿られるのに戦々恐々な奴らは結構な数がいるだろう。俺は両腕を組んで目を閉じながら何度も頷いた。

 ふと鋭い殺気を感じて俺はアムネリスの方を見た、睨まれたので微笑み返してみた。彼女のこめかみにはっきりと血管が浮き出たように見えた、あ失敗したこれやばいやつだ。


「ふ…ざっけんな!おかげでこっちは寝てないんだわ、この1ヶ月休みがないんだわ!!面倒なやつばっか捕まえやがって私に恨みでもあんのか!!?」


 もしかしてこの1ヶ月で計210名を警備隊送りにしたのはやり過ぎだった?


「私たち警備隊が悪事を暴けなかったのが不甲斐ないのは認めるわ、うん認めざるを得ないわ、城下町も赤き旗の盗賊団すごいって噂で持ちきりだわさ!汚職や悪事を暴いて人助けして偉いうん偉い!!」

「あ、ありがとう?」

「それを捕らえて調べて処罰決めて後処理しようって所に次の事件が入ってくるんだわ!ケルドラ警備隊は9つあるんだけど何故か不思議と私たち第三警備隊に通報が来るのは何かいそれだけ信用しているよっていうアピールなのかしらね!?」

「え、俺は別にアムネリスんとこだけに────あ、キースお前!?」

「そうすると他の警備隊に協力要請出すんだわ引き継ぎする訳よそうしてる間に次の事件が飛び込んでくるのさ本当に何が起こってるかこっちにもわからないくらいで後処理がどんどん溜まってくんだわ!貴族絡みになると正規軍とかそっちにまで報告あげなきゃいけなかったり人手が足りなさ過ぎて第三警備隊は休みも取らせられないっていうか私は休みたいんだわゆっくりしたいのよのんびりさせろこの馬鹿!!もう仕事したくないおうち帰りたいもふもふの幻獣に包まれて美味しいお酒のんでだらだらしたい!!!」


 本当に申し訳なくなってきた。思い返せばセシリアを試すという名目でひと月に1〜2件あるかどうかの大きめの仕事ばかりをしてきた。それがひと月に7件も重なったらどういうことになるか、考えていたら分かっていたはずだ。俺自身が思っていた以上にセシリアという片腕が入って仕事のし易さで調子に乗っていたのだろう、考えていたら分かっていたことに気付かないのは何も考えていなかったという証拠だ。アムネリスはさらに続けて叫んだ。


「それにイーリス領の件で第六騎士団のマクギリアスが領主代行をすることになって本当に騎士団からの自慢と嫌がらせがねちっこいんだわ!城下町の警備員風情がとか煩いんだわ!!そもそも領主絡みの事件なんか貴族の────」

「アムネリス、頃合いですよ」


 キースの促す声にアムネリスが我に返って言葉を止めた、俯いているセシリアに聞こえるかどうかの小さい声でごめんと呟いている。セシリアの事情はキースが書いた手紙を俺が届けてしばらく前に知らせてあったから、理解はしてくれている。だが理解と感情は別物だ。昔から正規軍である騎士団や駐屯兵と、王都専属で民兵寄りの警備隊には確執があって、特に警備隊の中でも有名人かつ人気があるアムネリスは騎士団や貴族絡みの連中から恰好の的になっていると聞いた。その理由になっているなら思わず口から出てしまうこともあるだろう。


「すまなかったアムネリス、警備隊に迷惑をかけた」


 俺は立ち上りアムネリスにまっすぐ向き合って深く頭を下げた、そのまま下げ続ける。目には見えないがアムネリスから発せられていた殺気が少しずつ薄まるのを感じながら、謝罪の気持ちのままで俺は頭を下げ続けた。


「いいわよ、そもそも私たちの仕事だから迷惑とかじゃないし、文句いったからもういい」

「ラッセルの兄貴、こう言ってるけどアムネリスの姉貴も俺たちに『あの義賊かぶれ共に負けてるんじゃないわよ』って笑顔で発破かけ、いってえええ!?」


 ニックに本日3発目の尻蹴りを喰らう、今のはお前が悪いぞ場の雰囲気を読め。アムネリスの脚が見えないほどの速度で繰り出された蹴りだったから、あれは痛いだろう、ニックは尻を押さえて前のめりに倒れ込んでしまった。俺の代わりにアムネリスの怒りを受け止めてくれてありがとうお前の犠牲は忘れない、明日には忘れるけどな。


「本題に入るわ、ラッセル、キース、あと新顔の女、ニックの指揮下で調査隊の救助に行きなさい」


 ケルドラ警備隊の第三隊長から、意外な依頼が舞い込んできた。

 

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