第13話

 俺たちはケルドラ王都で禁じられている奴隷売買がされているという噂を追い、調べ上げた結果は黒だった。こういう奴隷売買は昔からいつの世でも大なり小なり横行している。食い扶持減らしに売られる子供、それを斡旋売買することを生業とした者は確実にいる。三神教は自由や平等を掲げているから、その威光が届くところまでは奴隷やその売買を認めることはしない。だが城壁を出ればその限りではないことを知っているし、12貴族────今は11貴族が領地運営しているケルドラの各領でも昔から奴隷に近い働かせ方をしているのも知っている。王都から離れれば離れるほど教会の影響力は低くなるし、他国に至っては言うまでもない。中には人でも何でも売り買いが成立する場所なんてのもある。


「そんなのが儲かるの?」

『それはもう、加虐趣味や特殊な性癖の方々に高く売れますよ』

「でもケルドラ城下町でそれをやろうとしたのは、悪手だねえ」

『セシリア、何が悪手なのか思いつく限りで項目を列挙してください、わかる範囲で結構ですよ』

「まず三神教の教義に反する、あと奴隷にすると国民の許可証と不一致になって管理局の人頭税も取り漏れとかが起こる、かしら?」

「あと闇営業だから管理局の利益税が取れない、東西南の各門で出入国の偽造や収賄が起こりうる、若い労働力が国外に持ち出される、まぁケルドラには何もメリットがないからな」

『ええそうですね、あとは城壁内の高い人頭税を払っているのに治安が悪化するようでは、ケルドラの税制に対する不満が出てくるので、奴隷売買で商売をするには敵が多すぎるんですよ』


 俺たちはキースから預かっている特殊な道具を介して会話をしている、魔石を使っていないから魔力検索にも引っかからないし、魔力傍受されることもないそうだ。俺は手首の内側にその四角い金属板を仕込んでいる、セシリアは手脚が武器かつ防具になるのでそこには付けず、ハーフアップの横髪の留め具にそれを仕込んで身につけていた。髪をかきあげるようにして操作するのは、ちょっといいなと思う。

 今回の仕事は既に裏取りができた奴隷売買の現場を押さえて実行犯を一網打尽にし、奴隷を保護することを目的にしている。俺とセシリアで急襲し主要戦力を無力化、次段階はキースが外から監視して逃亡を試みる敵を俺に報告して個別に捕縛、セシリアには奴隷の保護と必要ならば治療を任せている。頃合いを見てキースが屋上の焼き瓦に仕込んだ油壺へ火炎魔法ファイアを放って人目を集める、瓦は焼け割れたりするだろうが他の建物に延焼させないし下階への影響も最低限に留めるつもりだ。たまにはケルドラの瓦職人の仕事も増やしておいてやろう。そうして警備隊が駆けつけたらいつものをやって完了という算段だ。


「さあて、そろそろ仕事に入りますかね、っと」


 時間は夜の9時を回ってケルドラ城下町の東西南にある大通りは段々と人が引けてきた。この時間には酒場や飲食店も店じまいをし始めるから、後は夜のお仕事の宿とかの時間帯になろうかという頃合い。今回のターゲットたちが動き始めた。

 ケルドラの貴族制度は至ってシンプルだ、上から公爵、侯爵、伯爵で、その下が子爵、男爵というあわせて五侯だ。公爵の上に大公なんてのもあるが殆ど王族みたいな位置だからそれは考えないとして、セシリアの父だったレイモンド・イーリスが就いていた伯爵あたりまでが世襲制になっている。子爵と男爵は騎士上がりとか大きな功績を上げて爵位を賜ったという奴らがいる。今回の敵はその男爵だ、せっせと国に貢献して爵位をもらったのに国益を害するようなことをするとか、考えなしの馬鹿だなと俺は思う。


 城下町の中で最も貴族区に近いエリアが、子爵や男爵の「成り上がり」に好まれる場所だ。城下町と貴族区は大きく深い水堀で区切られている、貴族区に渡るには門番が警備している水堀の橋を通る必要があって、世襲貴族か成り上がりかの境目にもなっている。この橋の先にはケルドラ正規軍いわゆる騎士団が門を守っていて、そこから先は王族と貴族、および神聖区の神官たちしか進むことができない。

 だから城下町の中で最も警備の厚い場所がこの水堀付近で、その安心感が盲点となって男爵が雇っている冒険者たちの荷馬車が奴隷売買の重要な経路になっていた。


『予定通り男爵の子飼い冒険者の馬車が2台、屋敷に近づいてきましたよ』

「ねえラッセル、あの荷馬車はどうやって城壁の検問で奴隷を隠したまま通れるの?」

「王都以外のダンジョンで得た魔物素材やその魔石とか、道すがら倒した獣の肉とかに紛れ込ませるのがよくある方法だ、もちろん眠りの魔法スリープ麻痺の魔石パラライズを使って動けないようにしておく、あとは閉門近い時間を狙うのと、門番とお友達になるとかだな」


 人族と魔族の違いは、頭部に生える角や胸部に埋め込まれている魔石の有無だ。これは動物にも同じことが言えて、魔物と言われる動物は身体のどこかに魔石が露出または埋没していて、魔物は倒される魔素が霧散して消え去るがその時の状態によって魔石や魔物素材となる角や爪といった特殊部位が残る。魔物ではない動物も数多くいて家畜として養殖されたり、獲物として人族や魔物に狩られることがあり、その肉や羽あるいは毛皮とか骨が食料や加工品の色々に使われる。中には魔物ではないが大型だったり凶暴だったりする動物もいるので、冒険者クラスの戦闘力がないと駆逐できない相手も存在する。伝説の獣のウンガもそれだ。


「その後は貴族階級の交友ルートを使って奴隷売買さ、貴族区に住める爵位なら橋の検問もパスだからな」

「あたしの父もそういうルートで魔族から接触を受けたのかしら────」

『おしゃべりはそこまで、予定通り荷馬車が屋敷に入って荷下ろしが始まったら作成開始ですよ』


 キースからの通信で俺とセシリアは気を引き締め直し、首元の黒い布を引き上げて鼻先までを隠す。俺たちは男爵の屋敷からみて右隣にある商家の屋根に潜んでいる。キースはもっと見渡しの良いところに陣取って全体を監視しているので、もしかしたらケルドラ警備隊の監視塔にでも潜んでいるのかも知れない。なんにせよ俺が感知できない方法で俺が気づけない場所から状況を俯瞰しているので、それに気付けるよう隠形の知識と技術をあげるのも俺に求められていることだ。


「ラッセル、そろそろ?」


 荷馬車が屋敷に入ると門が閉じられ、荷馬車からお抱えの冒険者たちが降りると、屋敷で控えていた使用人たちが積み荷を下ろしにかかっていた。一通りの荷物が降ろされると荷台の座席と床が取り外され、意識がないと思われる人族が担ぎ出されてきた。只人の女、男、獣人の女、獣人の少女、担ぎ手の人数を見て奴隷は7人と判断した俺はセシリアに指示をした。


「7人目が担ぎ出された瞬間に開始だ、いいな────お前」

「了解────あんた」


 お互いのコードネームを再確認して俺たちは仕事を開始した。

 男爵の屋敷の隣にある商家から俺たちは飛び降りた、四階の高さから地面目掛けて勢いを付けたセシリアは大きな音を立てて冒険者たちと使用人たちの間に着地した。まず主要戦力の無力化、計画通りにセシリアが冒険者たちに襲いかかった。

 相手は5人組、冒険者の一番後ろを歩いていたローブ姿の魔法使いらしき女の背中にセシリアの肘打ちが刺さり吹き飛ばされる。ああこれ肋骨折れただろ、内臓に刺さってないことを祈ってやるか。その女に巻き込まれるように長物、槍を携えた長身の男が玉突きをくらい絡れて倒れ込んだ。

 冒険者のリーダーと思われる甲冑の剣士はすぐ号令を出し、大剣を持った男の戦士がセシリアの眼前を塞ぐように襲いかかり、僧侶服の男がその影で魔法の準備を始めた。俺はセシリアの動きを確かめつつ自分の仕事を進める。既に門が開かないようにワイヤーで門柱の上側を縛り、先端におもり分銅をつけたワイヤーを振り飛ばして門や壁面にある魔石灯を潰しつつある。セシリアが陽動をしている間に俺が闇に潜んで次の手を打つ。


「この賊が!何者だ、名を名乗れ!」


 冒険者のリーダーは大剣の戦士を盾にして肉薄しながらセシリアの意識を逸らそうとする。いや無駄だからこの女は調子に乗ると止まらないから危ないぞ、と俺は心の中で警告しておく。

 セシリアは向いくる大剣の戦士を真正面に見据えて。右足を音を立てて強く踏み込み右拳を前に構えた。剣術でいうところの正眼の構え、徒手空拳の右手中段構えのようなものだ。半身に構えたセシリアへその大剣を振り下ろそうと、戦士が気合いの声とともに襲いかかる。大剣は重さがある分その初速は遅いが、振り下ろされることで重さによる速度の加算がかかる。セシリアはそれを真正面から、右拳の裏拳で横に弾き飛ばした。


「はい?」


 間の抜けた声は、振り下ろした自分の大剣を見失った戦士の口から発せられていた。お抱え冒険者たちや使用人たちは目を疑っただろう、身長体躯はどう見てもただの小娘が、振り下ろされた大剣をその右拳ひとつで振り払った。大剣は戦士の手を振り払い暴れ狂うように真横に飛び、男爵屋敷の石塀に突き刺さった。その様子に冒険者のリーダーも、奴隷を担ぎ逃げようとしている使用人たちもその動きを止めてしまった。

 当のセシリアは動きを止めず、左足を大きく踏み込むと同時に左拳を真っ直ぐに突き出し、男戦士の腹に強烈な正拳を食らわせた。セシリアの3〜4倍はあろう肉の塊が、軽々と吹き飛ばされて男爵屋敷の正面玄関に激突し扉が砕け散っていく。衝撃の強さは重さと速度、打撃点の硬さで決まる。セシリアの打撃は足を地につけ何らかの技術で自身の体重以上の重さを拳に乗せているようだから、その衝撃は俺より数段高い。俺に言わせればまだ直せるポイントは幾つかある、そうすれば正真正銘のウンガになれることだろう。

 まぁ、戦い方は攻撃力だけじゃないけどね?


「はい、そこまで」


 俺は魔石灯を潰して作り出した闇に乗じ僧侶服の男の背後から肩目掛けて馬乗りに飛び降り、両脚で首から上を絡め取って自分の身体を捻りながら相手の頭を石畳に打ち下ろさせた。自分の身に何が起こったのか分からないうちに意識が刈り取られたはずだ。大男に崩された正面玄関がたてる大きな音で、俺のたてた音はかき消され冒険者のリーダーには察知されていない、このまま一気に決める。

 俺は両手をついて足を解きながら太めのワイヤーを取り出し、正面玄関を塞ぎながら意識を失った大男を横目に、冒険者のリーダーを背後から襲った。地面スレスレを駆け敵の足元をすれ違う瞬間に足首へワイヤーを引っかけ、自分の体重をおもりにして半円を描くように回転する。足元を崩されて俺の存在に気付いた敵が手に持った剣を振りかぶってワイヤーを切ろうとするのを見計らって、防御の空いた脇を目掛けて鉄杭3本を投擲した。1本が鎧に弾かれたが2本は腕と脇に突き刺さり、敵の利き腕を殺す。地面スレスレからの攻撃を受け流すのは簡単じゃない、俺の低身長や身軽さは武器でもある。


「この賊がだって?」


 俺はそう言いながら左手で鉄杭を1本だけ冒険者のリーダーの顔目掛けて投擲した、魔石灯を潰されても多少の明るさは残るから、その飛来に気付いた相手は傷んでいない左腕でそれをガードした。これで一瞬だけ視界を塞いでしまったのが手詰まりの境目だ、それを見越して俺の右手はワイヤーを鞭のようにしならせて手首の回転で大きな2つの輪を作り上げ、敵の頭上から囲むように落とした。意識を下に向けさせておいて上から罠を仕掛ける、虚をつくのが俺の戦い方だ。


「なん──だ!?」


 気付いたら足から伸びたワイヤーが傷を負った利き手と胴体を縛り上げていた、踏ん張るにも両足が閉じた状態では力が入らない。残った左腕で自分の身体に巻きつくワイヤーを掴んだのを見て、俺は素早くワイヤーを回転させて小さな輪を作り冒険者のリーダーの手首を絡め取った。転んで逃げればまだ選択肢はあったのだろうが、ここまで絡ませてしまえばあとは俺の自由だ。俺は正面玄関の手前にある2本の大きく太い石柱に支えられた屋根へ飛び乗って、出っ張った角にワイヤーを引っ掛けてすぐ飛び降りた。俺の落下速度は冒険者のリーダーを釣り上げる力に変換され、彼は左手を上にして全身を吊るされた。


「太いワイヤーを選んだからね、ちょっとやそっとじゃ切れないよ?」


 俺は手元から伸びる太めのワイヤーを鉄線鋏の湾曲した刃で切りながら、吊るされた彼の背中にその端を結びつけた。狙っていたのだろう、俺が結び目を締めようとした瞬間に冒険者のリーダーは縛られた両足に込められるだけの力を入れて俺を蹴り飛ばした。


「今だやれ!」


 最初にセシリアが吹き飛ばした魔法使い風の女の影から、槍を携えた長身の男が低い姿勢で駆け込んできた。長い槍の切先は一直線に伸びてきて、蹴られて少しよろめいた俺目掛けて突き出された。

 俺は小刻みに足のステップを入れ胸元に迫る切先を交わしたあと、右足を軸にして左手を槍の柄に添え前へ遮るように突き出した。長身の男が槍を握る右手が俺の左手掌と衝突する、くぐもった嫌な音に遅れて長身の男の悲鳴が上がった。

 俺の革鎧に仕込まれた外骨格は衝撃吸収のためのものだ、俺が最高速度で壁に衝突したら全身が潰れて即死するから、何かにぶつかる衝撃を外骨格全体で跳ね返す仕組みになっている。普通なら体格差で押し負ける俺だが、外骨格の使い方によっては一瞬だけ、敵が想像もできない堅牢な城壁にすることも出来る。

 相手は俺の掌という城壁にぶつかり、自身が突進する衝撃はその右手に跳ね返ってきた。手首から肘まで骨が折れ、二の腕のあたりから血に塗れた骨が突き出している男には戦う力が残っていない。高い金を払えば腕は元通りに治療できるだろうが、自身に何が起こったか分かっていないだろう恐怖はトラウマとなって残るだろうね、御愁傷様。

 今ここで意識がある冒険者はリーダーだけだ、俺は顔が影になるように位置どりをして吊し上げられた彼にこう告げた。


「俺たちは賊だが、義賊だ────赤き旗の盗賊団だ」

 

 俺が冒険者たちを無力化した時、セシリアは既に奴隷を運ぼうとしていた使用人たちを制圧し終わっていた。絡め手や意外性もない純粋な暴力は、恐ろしくもあるがこういう仕事の時は便利だ。


「お前、俺を助けに入ろうとか思わないわけ?」

「はん、あんたがキャって可愛い悲鳴をあげたら助けてあげるわ」


 可愛くない女だ、俺は手首の道具を操作してキースに連絡を入れる。セシリアは手筈通り奴隷として運び込まれた人たちを保護しつつ意識を取り戻させる準備に入った。

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