第二章

第12話

 大事な話は明るい時に、できれば食事をしながらというのが赤き旗の盗賊団にあるルールのひとつだ、俺が決めた。俺にクレバーとつけてくれた人との、今の生き方を決めた時の大事な会話の記憶だ。

 目の前には干からびた肉と、焼け焦げた根菜と、なんか毒々しい色合いの和物がある、多分フルーツを色々混ぜたんだと思う。今日の食事当番を考えると仕方ない内容で、唯一買ってきたパンだけが光を放って見えてくるから不思議だ、パンって光るっけ?

 セシリアを仲間に迎えてからの仕事は刺激的だった、特に俺にとって。キースが見つけてきた仕事は本来なら月に1〜2件あれば十分な内容だった、これだけのネタをどこから仕入れてきたのか貯めていたのか問い詰めたが「企業秘密ですよ」と躱されてしまった。

 なんにせよ問題はその内容だ、順番に概要と結果を思い返す。


 ひとつ目の仕事、ケルドラ城壁の補修に絡む役人の汚職、贈収賄を調べ上げて警備隊に突き出した。セシリアが役人を半殺しにして俺が止めた、あとセシリアには潜入が向いていない。肉が硬いというか苦いから焼きすぎよくない。

 ふたつ目の仕事、城下町の地下に整備されている下水道が盗賊集団の住処となっていて、下水道を使った神出鬼没な盗難事件が多発、それを全員捕まえて警備隊に突き出した。捕まえたはいいが地下に住まう大鼠と戦う羽目になり、セシリアが鼠嫌いだということがわかった。野菜が嫌いなのか恨みでもあるのかこの女。

 みっつ目の仕事、黒札による麻薬密売事件を捕まえた。麻薬常習者の中に警備隊の兵隊がいてセシリアが甘えるなと半殺しにした。なおその後に治癒魔法で治してなかったことにしようと思っていたらしく、キースは感心していたが俺はお前ら正気かと突っ込みたい。フルーツで独特の発酵臭が出せるとは正気の沙汰ではない。

 よっつ目の仕事、白札とケルドラ土地管理局が癒着して貧民区の地上げを進めていたのを暴いて警備隊に突き出した。この事件ばかりは俺が暴走しかけた、仕事に私情を持ち込んではいけないね。パンうめえ。

 いつつ目の仕事、闇賭博による被害者が増えたのでそれを調査し、その胴元の不正を白日の元に晒して警備隊に突き出した。賭博の胴元が悪いのは勿論として、結婚を約束した恋人の有り金を博打に注ぎ込んだカモ男をセシリアが徹底的に締め上げた、これは俺もやってよしと認めた。肉に和物を乗せて食べてみたら意外とあった、混ぜるな危険は時による。

 むっつ目の仕事、ケルドラ城下で新参の娼館グループが台頭してきたのを調べて欲しいとキースに頼まれて、俺とセシリアが潜入捜査をして貧困女性の売買を突き止めて警備隊に突き出した。女装した俺の方が可愛いだろうとセシリアと口論になった、いや俺の方が可愛いかったから。パンに肉と和物を挟んだら意外と行けた、そこに焦げた根菜を追加して最終的に大失敗したのは内緒だ。


 こうしてイーリス領の件から怒涛の1ヶ月が過ぎ、俺たちはアジトの教会でセシリアを赤き旗の盗賊団に入れるかどうかの判断をすることになった。食事当番だけは順番だから仕方ない、本当は失格にしたいけど食客じゃないから当番させるしかないのが辛かった、味覚が壊れてるんじゃねえかなこのウンガ女。

 人の寄り付かない廃れた教会の中、屋根に空いた穴から斜めに差し込む光が神々しい。帽子をかぶっていないこと以外は司祭の正装のキースが、説教台に両手をついて話を始めようとしている。いつも通り質素な革鎧に見える外骨格を装備し、手足に布を巻き付け紐で縛った盗賊スタイルの俺、もちろん首元には燻んだ赤い布を肩口まで巻いている。俺が説教台の左手にある長椅子へもたれ掛かるように座り、セシリアは反対にある右手の長椅子に姿勢を正して腰掛けていた。

 彼女は少し服装が変わっていた、インナーの袖のない上着と短くぴったりとしたパンツはそのままに、僧兵が身につける上着として身体の前後に垂らす布が違うものになっていた。僧兵は黒いだんだら模様が入った布を身につけるが、彼女は同じデザインで赤いだんだら模様にしたようだ。腰を縛る帯も黒いものから赤いものに変えていた、彼女なりに盗賊団の名前をイメージしたのだろう。


「さてセシリアの入団を許可するか否か、3人で相談する日が来ましたよ」

「俺は反対」

「なによあんた!ちゃんと仕事できたでしょ、あたしに恨みでもあるわけ!?」

「ここはひとつ、6つの仕事の成果があったなら1、なかったなら0で、採点しましょうよ」


 キースの提案で俺たち3人が仕事の成果を判断してその平均点で入団の可否を決めようということになった。キースから小さな紙が手渡され、それに点数を書いてからお互いの話を聞くことにした。セシリア、俺、キースの順になり、まずセシリアが高々と紙を掲げて立ち上がった。


「あたしは6点満点よ!全部の事件で解決に貢献したわ!いうことなし!」


 6と書かれた紙を自慢げに掲げるセシリアを見て、俺は呆れて座ったまま1と書いた紙を掲げた。

 

「俺はお前に1点だけやろう」

「なによあんた、あたしに恨みでもあるわけ?」

「城壁補修の贈収賄、潜入作戦だったのがお前の暴走で乱戦になった、義賊はもっと平和的だ」

「うっ」

「下水道の盗賊集団、人間相手に無双したのに大鼠を前に怯むどころか俺に抱きついて邪魔しただろ」

「あー」

「麻薬密売、手足折っても治せば無問題とかその発想がやばい、やばすぎる」

「だってあれは」

「闇賭博、相手を逃がさないために建物全部崩そうとか発想がやばい、それが出来るのがもっとやばい」

「あははー」

「娼館潜入、俺の方が可愛いかった、以上で5つの事件に点数はやれねーよ」

「なにそれ!?特に最後のが納得いかない、異議あり!!」


 言い合いを始めた俺とセシリアを見てキースが片手を上げて聞いてきた。


「ラッセル、1点をつけた理由を教えてください、セシリアも知りたいと思いますよ?」


 そろそろ毎回やってる掴み合いのケンカになりそうな雰囲気だったので、俺は長椅子に戻って顔を背けながら説明をした。


「白札相手に引けを取らない戦力、あと怒り任せになりかけた俺を止めた、それが1点だ」


 白札とケルドラ土地管理局による地上げには心底頭に血が昇った、セシリアが止めなければ白札相手に盗賊殺しの短剣を使ってその後の捕縛や証拠集めができなかったことだろう。この案件と闇賭博、娼館の3件は俺とセシリア2人で当たるのがキースからの追加条件だったから、判断を誤りそうになった俺をフォローした事を評価しないのは正しくない。

 それを聞いてニヤニヤしているセシリアの顔を見ていると無性に腹が立つが、その様子を見て笑顔を変えないキースを見て俺は諦めた。


「私は4点です、半殺しにした2件は評価できません、私たちは義賊なんですよ」


 キースが4と書かれた紙を掲げた。この時点で6点、1点、4点の計11点、3人で18点中11点だから半分を超えている。俺はキースを睨んだ、こいつ最初から4点と書いてからマイナス理由をつけたのだと思う。チラリとこちらを見て少し口元を上げたから、確信犯だな。

 キースが4点なら、俺が0点でもセシリア6点で計10点の半分以上。

 もしセシリアがどれかの仕事に自信がなく5点以下なら、計9点でちょうど半分。

 これはキースから俺への、彼女に自信があるなら許可しましょうよ、という意思表示だ。

 3人で18点満点中の11点数が入団の判断にどう影響するのか、当のセシリアは落ち着かない様子で口を閉じて待っていた。


「お前に説明しとく」


 俺は長椅子に座り直して腕を組み、口を開いた。


「俺とキースの判断基準を教える、半分を超えたらやる、半分以下ならやらない、これが基準だ」

「それって────どういうこと?」

「物事の判断はやるかやらない、白か黒、はいかいいえ、マルかバツだ、中間とか及第点とかをしないんだ、仕事の中で迷ったら何が最適なのかすぐ判断を決めるために、いつも常々でこの「半分」を基準にしている」


 セシリアは大事なことを言われているのを理解して、神妙な顔つきで聞き続ける。


「物事の判断は主観によって異なる、今回の6つの仕事もそうだ、俺とキースそしてお前では成果の判断が異なる、少なくとも6つの仕事で俺たちに捕らえられた奴らから見たら俺たちは敵で悪だ」


 前から見て丸い形でも、横から見たら四角だった、なんてことが世の中にはたくさんある。俺とキースも自分たちがやっていることが全て正しいとは考えていないし、いつも正しい判断が下せると驕ってもいない。自分が決めてその方法を取った、常にその覚悟を持っていることが大事だと俺は考えている。割り切れと言っているのではない、割り切れないならやるなという違いだ、自分でそこの線を引くことができなければいつか必ず後悔する日が来る。


「常に自分の心と刃に責任を持て、常に考えろ、常に疑え、常に判断しろ、常にそれらを忘れるな」


 キースが俺に目配せをして、そろそろ頃合いでしょうと促してくる。俺は立ち上がってセシリアに歩み寄って右手の握り拳を彼女の前に突き出した。


「赤き旗の盗賊団、ここをお前の居場所にすることを認めてやる」

「────ありがとう!」


 セシリアも右拳を差し出し、俺の拳に添えた。俺たちに入団を認めさせたことが余程嬉しかったと見える、彼女は大きくジャンプして身体で喜びを表現して、今一度俺に向き合って言った。


「あとあたしの名前はセシリア!もうお前じゃなくて、これからはセシリアって呼んで!」


 自分が認められたことは相当嬉しいはずだ。父に生贄として呼ばれ、長く住まった教会には除名され、名前の半分のイーリスはその存在自体が潰された。自分を認めてくれる居場所がどれだけ嬉しいか、俺にも経験があるから容易に想像できる。ここでも認められずに放り出されるようなことがあれば彼女がどうなってしまうのか、キースはそこも考えていたのだろうと思うことにした。


「わかったセシリア、だがヘマをこいたらウンガって呼ぶから覚悟しとけ」

「安心しなさい、二度と言わせないわ!」


 この1ヶ月の大きな仕事続きで漏れ出た情報は、城下町の新聞屋の間でまことしやかに噂されている話は教えないでおこう。自分の活躍がどういう風に吹聴されるのかは身をもって知っておいた方がいい。赤き旗の盗賊団に伝説の獣ウンガが加わったようだという噂話は。

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