第35話

 カーム砦に続く土橋は幅50メートル程度ある、さっきの神父とウィズリの砲撃で道の半分くらいがえぐれて、土の中から何十年か何百年前の橋梁と思われる石が剥き出しになっているが、あたしたち20人くらいが通るには何の問題もない幅が残っていた。

 魔女の配置した敵からの攻撃があるかと思って警戒して進んでいたけど、今のところは何も仕掛けてくる気配はない。自然にできた水堀は大きな川のようなもので、岸と砦の間を500メートルくらい離している、まずは何事もなくこの距離を渡り切ってしまえば、相手の懐に乗り込んだようなものだ。ほどなくしてあたしたちは、緊張の甲斐もなくその土橋を渡り切ることに成功した。

 水堀の内側は見渡す限りの廃墟になっている。

 ここに砦があった頃は立派な石造の防壁があったのだろう、まずその朽ちかけた正門の残骸が目に入ってくる。その先に見えるのは、もともとは岩をくり抜いて作ったであろう砦の本体、防壁の左右の間が見る限りで1000メートルくらいはありそうだから、砦もその幅は300から400メートルくらいはあった、とても巨大な砦だったのだと思う。


「うわ、高い────」

 

 ここから北の方角を向いて天を見やると、直上ではなくはるか斜め遠くに逆さ山脈が見える。言い伝えが本当ならあの山々の先端がほんの少し崩れてここに落ち、砦の基礎となったというから驚きだ。その落下でも崩れずに残ったのがカーム砦の原型で、その砦を舞台に繰り広げられた戦いの末に、砦は崩れ防壁も吹き飛ばされ正門さえ見る影を失ったというのだから、悪魔とそんな攻防をした三英雄とはいったい何者なんだろうと不思議に思う。

 そして今、魔女を名乗る何者かがラッセルを襲いあいつは重体、魔女はそのあいつを砦で待つという。何があるのか調査するという名目でアムネリス隊長たちと砦まで来たはいいが今のところ、何かが明らかになった訳ではない、あたしは神父に軽口を叩いた。


「随分と静かね、もしかして魔女とかいうやつ、手駒が尽きたのかしら?」

「どうでしょうね、私はそう思いませんよ」


 三個分隊で進むあたしたちを、ちょうど土橋を渡り切るのを待つかのように迎え撃つ敵が出現した。どうやら魔女とやらは、箇所ごとに手駒を配置してあたしたちがどう対処するか様子を楽しんでいるようだ。


「よーし、ならやってやろうじゃないの!」

「総員戦闘準備!敵はボーンナイト、キースとセシリアは白魔法で援護と対抗を!」


 第三警備隊とあたしたちの前に、剣と盾で装備を固めたスケルトン兵が多数、立ちはだかった。ざっと20体弱、こちらの人数と拮抗するような数の敵が投入されてきた。

 神父は高レベルな広域治癒魔法エリアヒールを展開しながら、警備隊員にひとりずつ退魔属性を纏わせる聖付加魔法ホーリーエンチャントをかけている、これだけの魔法の使い手が神殿付きではなく貧民区で廃墟同然の教会にいて義賊紛いのことをしている不自然さ。あたしは神父のような高レベル魔法は使えないから、トロルに相対した時のようにポケットから小さな浄化魔法ピュリフィケーションの魔石を取り出して拳の中に握りしめ、自らの拳を聖なる武器として振るいながら、遅いくるボーンナイトを1体ずつ打ち砕いていく。


「せいっ──やっ!」

「やるっスね、セシリアちゃん!」

 

 ボーンナイトはその痩身に纏う鎧による防御力と、手にした古びた剣を迷いなく振るってくる高い殺意が恐ろしいだけで、中身はスケルトン兵だ。少し前のあたしなら泣いて叫んで取り乱していたけど、タキちゃんとの修行を経たあたしにはもう通用しない、ボーンナイトなんて中身はスケルトン兵なのだからスピードが無い。敵が遅いということはあたしが先手を取れるということだから、浄化魔法ピュリフィケーションを纏った拳を数発叩き込むことが出来ればこっちの勝ち。ニックにちゃん呼びされるのは腑に落ちないけど、まずは目の前の敵が先だ。


「さあ────次っ!」


 乱戦になっているけど問題はない、第三警備隊の練度は高いし、神父の広域治癒魔法エリアヒールで隊員は多少の怪我を心配せずに戦える上、その魔法はボーンナイト相手であれば毒霧のように呪われた魔力を蝕んでいくから好都合だ。あたしが3体目を倒し切るころには、警備隊の面々が10体以上湧いて出てきたボーンナイトの全てを砕けた骨と武器鎧に戻し終えていた。さっきみたいな大戦当時の魔導機兵みたいなのが連続して出てきたら手のうちようもなかったけど、これなら突入を続けられる。


「総員被害状況を確認しろ、キースは後衛で魔法に専念、新顔────セシリアはニック隊に入り前衛で斬り込め」

「────!」


 あたしは口を一文字にして嬉しさを顔に出さないように堪えた、やっとアムネリス隊長があたしの名前を呼んでくれたことに感動しつつ、任された以上はきっちり仕事をしてやりますかという気持ちになる。


「どうした、返事がないならまた新顔って呼ぶぞ!」

「わかりました隊長、セシリアです!」


 やだ、あたしちょっと嬉しいかも。



 やだ、私ちょっと苛々しているかも。

 あの小さくて口の悪い小鼠が来ると思っていたら、違う大鼠が大人数で私の根城に来たの。

 追い払おうと奥の手を出したら、とんでもない魔力の砲撃で一掃されちゃったの、いらっと来たかも。

 後は要所に配置しておいたあの小鼠用の仕掛け、どんどんその大鼠たちに壊されてるの。

 最初の草木のおばけでしょ、念のため橋に置いてた機兵たち、ガイコツちゃんたち、牙の長い虎さん、他にも魔法に強い石像おばけまで殴って壊されちゃった、いらいらっと来たかも。


「小鼠が来るまでの退屈しのぎの余興とすれば良い────か」


 私は廃墟になっている砦の中でもあまり崩れかけていない部屋で、お気に入りの毛皮で飾り付けている石の椅子で片方の肘掛けにしなだれ掛かりながら、遠見魔法テレスコープを終えたの。大鼠たちの中に魔力を感知できるのがいるのかしら、迷わず私がいる場所に向かってきているわ。ここまできたら覚悟するの、せっかく小鼠のために用意した仕掛けを壊してくれたお礼をしっかりしなくちゃ、滅茶苦茶にぐちゃぐちゃにしてあげるの。

 頭の中で考えていることと口から出る言葉はちぐはぐなの、私は苛々しているけど、身体は落ち着いているわ。狐の獣人の毛皮に指を滑らせながら、もう片方の肘掛けには何を掛けようか視線を動かすの。


「新たな精神が幼いせいか────ままならぬものだ」


 精神は肉体のおもちゃなの、でも肉体も精神のおもちゃなの、私たち魔族は長い生命を持つ代わりに崩れていく精神を新しいものに引き継いでいく必要があるの、その間は大人しくしているんだけど子供の精神は何にでも興味津々になっちゃう時期があるのね、今がそれなの。この廃墟で大人しくしていようと思っていたんだけど、ついつい狩りに出てみたり、ふと見つけた吸血鬼の成れの果てとかに興味を持っちゃうのは仕方ないと思うの。そして今はこれ、この赤い布を持っていた小鼠。


「聖骸布に加えてキプロニウスの魔力残滓────興味が勝るのは如何ともし難い」


 あれは間違いなくあの陰険で性格の悪いあいつの魔力なの、それがこんな物騒なもので封じられているとか面白そうなの、何がどうしてああなったのかじっくり聞き出したいし試してみたいから、早く小鼠にはここにきて欲しいの。ちょっと強く撫でたから少しだけ時間の猶予をあげたのね、それで大鼠が来るとは思ってなかったから、そろそろぷちんと潰しておこうかなって思うのね。

 私はゆっくり石の椅子から立ち上がるの、ちょうど部屋に大鼠たちが飛び込んできたの、そうね、小鼠が来るまでの退屈しのぎの余興とすれば良い────の。


「鼠ども────我を赤眼の魔女ソニア・レッドアイズと知っての狼藉か」



 ボーンナイトに続いて現れたサーベルタイガーの群れはアムネリス隊長が精霊魔法で鎮静化させて切り抜けたわ、しばらく進んだらガーゴイルの襲撃、神父の魔法が通じないから焦ったけどあたしが殴って無力化して事なきを得て、ここまで来たわ。神父が対魔結界アンチイビルフィールドの転用で魔力の濃いところを探し当てて進んできたけど、この先に何がいるかはその魔法が使えないあたしにでも肌で分かる、恐ろしい魔力を感じるから。


「しかし困りました、魔女と聞いていたもののここまで強い魔力とは思いませんでしたよ」

「キース、あんたが読み違えるなんて珍しいじゃない、殿からの報告だと退路は絶たれているようだから笑い事じゃないけど」


 あたしは室内の様子を伺いながら、神父とアムネリス隊長の話を聞いていた。魔女の調査をするために来た以上は確かめもせず撤退するわけにも行かない、もっとも進む方向からは恐ろしいほどの魔力をひりひりと肌に感じるし、通ってきた道にも不穏な雰囲気が濃く漂っているから、ただで帰してもらえることは不可能なようだ。


「神父、さっきの魔力砲撃をした魔道具で遠くから撃ちぬけばよかったんじゃない?」

「簡単に言ってくれますが、燃料ウィズリを使い果たしたので無理ですよ」

「だから隊長は馬車と一緒に何人か残してきたのね」

「あと万が一、本体が全滅した場合はケルドラに戻る伝令役で残してきた」


 アムネリス隊長はボーンナイトを撃退した後、馬車にウィズリと魔道具、それを警備する1分隊を残して2分隊で進んできた。彼女の精霊魔法で残してきた分隊と会話をしてみたところ、あたしたちが侵入してきたルートは土壁が迫り上がって塞がれ、簡単には超えられないようになってしまったとのことだ。その後は会話もうまく通じないようで、正に退路が断たれるというやつだ。魔女に誘い込まれたのかもしれない、こうなっては進むしか選択肢が残されていない。

 あたしはアムネリス隊長の言葉を聞いて、ごくりと唾を飲み込んでから気を引き締め直した。どうも先日のタキちゃんとの迷宮攻略で自信をつけたのが仇になったか、どこか軽い気持ちでいたのを払拭しようと、両手で両方の頬をバチンと叩いて気合を入れた。


「ここまで来た以上は状況を確かめるのみだ、キースあんたには対魔結界アンチイビルフィールドを張りつつ可能なら魔法で警備隊を援護、攻撃は私とニック以下の警備隊で行う、セシリアは後詰をしなさい」

「わかりました、あとはどこで切り上げるかの引きどころですよ?」

「あんた露骨にやる気を失ったわね、撤退はできそうだと判断したら私が指示を出す、いいな」


 そういう会話を耳にしつつ部屋の様子を伺っていたら、部屋の奥深くにある椅子のような場所で人影が動いたのが見えた。広い室内の壁伝いに、等間隔で明かりが灯され、薄黄色で室内が照らし出される。もし同時に魔法を行使して明かりをつけたのなら、同時に100以上を使ったことになる、それだけで常人には、並の魔法使いには不可能なことだとあたしですら容易に理解出来た。

 そして中からよく通る澄んだ声色が聞こえてきた。


「鼠ども────我を赤眼の魔女ソニア・レッドアイズと知っての狼藉か」

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