第34話
「魔導機兵──だと?」
あたしたちがオークやトロルを倒して森を出るまでは良かった、その程度の魔物であるならアムネリス隊長以下の第三警備隊でなんとでもなったはずだ、ところがその程度ではない何かが、あたしたちの行先を阻むようにして現れた。
奇妙な形だった、最も似ているのはフルプレートアーマーを着込んだ痩身の兵士、しかし背丈や手足の長さのチグハグさから人族でないことは分かる。細く大きな身体に対してバランスが悪い大きな頭部には、ひとつの目玉のようなものが付いていた。全体的に赤茶けた色合いの中で、その目玉のようなものだけが妙に輝きを放っていた。
カーム砦は自然の要塞だ。周囲にできた水堀を超えるには、唯一の陸続きとなっている広く大きい土橋を渡るか、水堀を泳ぐか、空を飛んで超えるしかない。その唯一の土橋にあたしが見たことのない奇妙な物体が5体、土橋を守るようにして塞いでいた。
その姿を見てつぶやいたのがアムネリス隊長で、その言葉が「魔導機兵」という聞き慣れないものだった。
「総員反転!森の中に退避!」
今からカーム砦に向かおうと密集形態で進んでいたあたしたちは、それまでと真逆の指示に一瞬の躊躇をしてしまった、そこに相手からの予想だにできない攻撃が放たれた。多分それが攻撃だと思うのだけども、何が起きたのか見えなかった、5体いるうちの2体の頭部が光ったと思った瞬間に、あたしたちのいる場所で大きな爆発が起こった。
爆音、爆煙と高熱、直撃すれば防御する間も無く焼け焦げてしまいそうな熱線が魔導機兵から発射され、あたしたちの足元の地面を深く抉った。多分それは攻撃ではなく、威嚇。たった2体からの一瞬の威嚇であたしたちは退却せざるを得ない状況だと気付かされた、次は本気の攻撃が来る、そんな悪寒が背筋を走った。
「なんなんスかあれ、隊長!?」
「前大戦で魔族が投入した機械兵よ、騎士レベルの装備じゃないと相手にならない!」
アムネリス隊長は退却指示を出しながら両手を広げて精霊に語りかけ、水堀から大量の水が大きな蛇のようにうねりながら立ち上り、あたしたちと魔導機兵の間に水の壁を作った。その水めがけて魔導機兵の熱線が発せられると、水と熱が大爆発を起こして熱い蒸気と爆風があたしたちを後押ししてくる、そして白い湯気が一体に立ち込める。
「水蒸気があるうちに森まで撤退!霧の幕がビームを遮断してくれている、振り返らずに走れ!」
「ビームって何それ!」
「あんなのいるなんて聞いてないッスよお!?」
あたしたちは混乱したまま森まで退却した、これが魔女と呼ばれる相手が配置した兵隊だというなら、その魔女はもっと強力だということになる、ラッセルの奴はいったい何と戦っているのかあたしはますます混乱することになった。
◇
私は中空に漂いながら、右脇に巨大な黒い筒状の魔道具を抱えています。抱えるといっても手が回るようなサイズではないので、ウィズリに
「あと数分この状態を維持してください、ウィズリ」
「は、はいぃっ」
「もう少し我慢しなさい、もう少ししたらあなたの全てを私のために使ってもらいますからね、そう──その光っている板から両手を離さないように、ですよ」
「は、はぁぃ──っ」
彼女は魔道具に跨るよう両足を大きく開いて、同じように両手も魔道具の左右にある光っている板にべったりとつけています。そこから魔力をどんどん吸われている上に
ですがいけませんね、燃料として持ってきたのに先に枯れ上がっては元も子もありません、私は筒状の魔道具を操作し、森の遥か上空から遠い先の様子を覗きます。
ちょうど交戦が始まったのか、光や爆発が見て取れました、おやあれは──魔導機兵ではありませんか、騎士団の対魔装備ならシールドで弾くこともできたかも知れませんが、警備隊の装備ではどうにもならないでしょう。私は少し考えて、この魔道具の使い所を今だと繰り上げて判断し、ウィズリに声をかけました。
「カウント3で発射します、魔力を込めてください、ウィズリ」
「は、はぃ──キース様ぁ」
私は筒状の魔道具から生える小さな筒状の覗き窓を片目につけながら、左手で砲身を動かす棒を操作し、右手で引き金をゆっくりと押し込み始めます。
「3」
「2」
「1」
この全長4メートルある筒状の魔道具は神殿から拝借してきました、龍祭当時に使われた長距離魔力攻撃砲台で、今は対悪魔装備に使われることが多い魔道具です。大司教が私への嫌がらせなのかラッセルの邪魔をしたかったのかわかりませんが、私が騎士団を率いてカーム砦に向かうことを認めなかったので、私としては止む無く仕方なく拝借してきたものです。通常は数人から10人程度で魔力供給して長距離砲撃をする精密武装ですが、この短距離なら1人分の魔力を根こそぎ使えば1発くらいは撃てるだろうと、ウィズリを燃料として伴ってきました。ええ、私の魔力をこんなところで浪費するわけにはいきませんからね。
「発射」
「ひぅっ────」
筒状の魔道具から音もなく十字の光が発せられ、光よりは遅いスピードですがそれでも鳥より弓矢よりも剣先の速度など比べるまでもない速さで、カーム砦で警備隊の行手を塞いでいる魔導機兵に吸い込まれるように伸びていきます。
刹那、カーム砦へ繋がる広く大きい土橋で大爆発が起きました、先ほど遠見して確認した土煙どころではない爆煙が高く立ち上ります。いやあこれは付近で退避行動をしていた警備隊の面々は度肝を抜かれたことでしょう、何が起こったのか分からず戸惑っていることを想像して私はほくそ笑みます。なんにせよ魔導機兵の厄介なところは倒すと自爆することなので、この長距離砲撃で一掃できたことで後が楽になりました。1体を動かすだけでも大量の魔力を注ぎ込む必要がある魔導機兵を5体、それを浪費させただけでもウィズリ1人を消費した価値が勝ります。
「おや?」
気づくと魔道具に全ての魔素を吸い取られ意識を失ったウィズリが、行使していた魔法を霧散させ筒状の魔道具と共に地上に向かって落ちていくところでした。これはいけません、勝手に持ち出した上、傷物にしてしまっては大司教に合わせる顔がないというものです。私はやむなく
私は自身と魔道具を浮遊させたまま、森の端へ退避した警備隊に合流すべく、徐々に高度を下げながらカーム砦へ距離を詰めていきました。
◇
神父が空から降りてきた、あたしは僧侶なのに飛べるんだという疑問はもう持たないようにしている、考えてみればこの神父は最初から白魔法──僧侶や神官が使う魔法と異なる形態の魔法、黒魔法も使っていた。だから赤魔法使いなのかも知れないし、それ以上なのかも知れない。もう
「何なのよ!さっきの爆発!」
「私が長距離砲撃で魔導機兵を一掃したんですよ」
「そうじゃなく!そんなことができるなら最初っからやってよ!」
「本来は行軍兵器じゃないんですから、それに1発で魔力消費してこう、なりますよ」
「ひどい、鬼、悪魔!」
「悪魔はもっとひどいですよ?」
ウィズリが意識を失ってぐったりしている、察するにさっきの攻撃に魔力の全てを注ぎ込んだのだろう、多分これは魔力欠乏だと思う。限界まで魔力を失うことで体力がゼロになったのと等しい状態になることを魔力欠乏といって、あたしも小さな子供の頃にそうなったことがあるから、見て分かる。人によるけど数日から1週間ていど動けなくなる、とにかくひどい状態だということ。別にウィズリに縁はあっても友達というわけではないにせよ、ここまでの仕打ちをして平然としている神父を見て、悪気を感じないというか人間味がないというべきか、あたしは少し薄気味悪く思ってしまう。
そのウィズリはアムネリス隊長の指示で、やたら長い魔道具と一緒に警備隊の馬車に運び込まれ介抱されるようなので、まずはよしとしよう。彼女には申し訳ないが、今は先にやるべきことがあるわ。
「魔導機兵が片付いたのはいいけどキース、騎士団を連れてくるはずだったんじゃないの」
「半日から1日は遅くなるかと思います、大司教から邪魔が入ったんですよ」
「ほんとあんた達ってサリュウに嫌われてるわね、だからあれもって先行したの?」
「ご明察、お察しの通りですよ」
「騎士団を盾にごり押しできないのは痛いわ、それにあの子を欠いているし、今回の件は予想外が重なるわね」
確かに、ここに到達するまでに残してきたラッセルが追いかけてくる訳もなく、さっきまで門番のように立ち塞がっていた魔導機兵がこの先にいないとも限らない。神父の様子を見ても他に隠している手段がある訳でもなさそうだ。
「何にせよ、あの子が来ていなくても私たちは私たちの仕事があるわ、キースあんた私たちの警備隊に合流して魔法戦の全てを請負いなさい」
「精霊魔法では相性が良くないですし、わかりました従いますよ、ただし────」
神父があたしにウインクしながらこう付け加えた。
「私たち赤き旗の盗賊団のリーダーは、あくまでもラッセルですよ」
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