第33話

 戦乙女バルキリー、そう思えるような凄まじい旋風が戦場を駆け抜けていく。あたしは徒手空拳だから馬から降り、走り出そうとしたところで既にアムネリス隊長は魔物と交戦に入っていた。

 どこから取り出したのかと思えるほど大きな槍戦斧ハルバート、それを片手で振り回しながら残った片手と両足で馬を操って魔物を屠っていく姿は、勢いで風に靡く長いポニーテールと相まって戦場を駆ける乙女の姿そのものだった。そして一撃が重い、華奢な身体から繰り出された斬撃は魔物を一刀の元に両断し、振り抜いた槍戦斧ハルバートはそのまま次の振りかぶりになっている。


「うわ──」

 

 アムネリス隊長は身につけている鎧が警備隊のそれと違い、軽装の部類に入る。警備隊の城下正装は革鎧をベースに肩や胸に金属プレートをつけた簡易アーマーで、武装もショートソードや小型のラウンドシールドといった軽装だ。今回のような武力調査での出撃ともなるとチェーンメイルやプレートメイルのような金属装備が中心で、ヘルムも全員が装備している。武装も個々で違うが通常のソードやアックス、シールドも中型以上の金属製だ。

 アムネリス隊長のそれは軽装で、ヘルムやシールドもない、肩や胸部と肘膝を中心にミスリルと思われる繊細な装飾がされた白銀色の鎧を身につけ、それ以外はエルフ的な意匠を施した革服で身を包んでいる。二の腕や太腿はあらわになっているあたしよりは重装備だけど、他には隊長である印を兼ねている短めのマントくらいしか防御装備がない。


「綺麗」

 

 だからこそ綺麗なのだ、動きに無駄がなく次々と敵を屠っていく姿は女のあたしでも見惚れそうになる。軽やかに舞ったと思えば次の瞬間には断末魔の悲鳴とともにオークの巨体が真っ二つに避けていく地獄絵図、槍戦斧ハルバートを軽々と操る膂力から繰り出される一撃は、オーク以上に鬼だった。

 警備隊の隊員に二対一で戦闘に当たるように指示したのは間違いではない、彼女自身が残りの魔物を一対多数で請け負うのが正しいから、そういう指示だったのだ。むしろ戦闘中の彼女に近づく方が自殺行為だ、槍戦斧ハルバートの長い射程圏内に踏み込んだが最後、魔物に巻き込まれて斬り伏せられる危険性の方が高そうだと思い、あたしは遠巻きに彼女や他の隊員の援護に徹した。

 戦闘はものの数分で片がついた。


「強い、わ」


 あたしはアムネリス隊長の戦闘力を目の当たりにして、改めて感嘆の言葉を吐き出した。ラッセルや神父がいうことを聞くわけだ、今回は相手が森の魔物、緑色の肌を持ったオーク程度だったから彼女の実力を出すまでもなかったにせよ、オークは只人よりもひとまわり以上大きな体格で凶暴性のある魔物だ、あたしだって一撃で叩き伏せるのは無理だ。それを馬上から、前後左右から襲いくる相手を正確な順番で舞い踊るように斬り伏せていくのだ、圧倒的な強さの差がなければそんな芸当はできない。

 加えて隊員も並の冒険者以上、そして連携の取れた練度が見て取れた。オークはその体格から繰り出す強い攻撃が厄介だから、避けるか受け止める他ない。隊員は1人が攻撃を受け流す役割をになって、残った1人が隙をついて攻撃をするという基本戦術で、被害を受けず攻撃だけを命中させるようにして、あっという間に敵を圧倒した。普段ケルドラ城下で見ている警備隊は、警備しているだけで実践向きではないのだろうと勝手に思い込んでいたことを反省する。少なくとも第三警備隊の彼らは、あたしが少しの間所属というか入り浸っていた僧兵集団と同じように練度の高い戦闘ができる集団だということがよくわかった。


「総員、被害の有無を確認の上、密集形態に移行、ここからが本番だ気を抜くな!」


 アムネリス隊長は気を抜かずに次の指示を出して隊員を鼓舞した、あたしの目に見える範囲では魔物は全て片付けたはずだが、彼女には何かが見えている、もしくは聞こえているのかもしれない。あたしも耳を済ませると、遠くから何か音が聞こえてくることに気づいた。もう直ぐ森を抜けるということは、ここはまだ森の中、オークも森や洞穴に住う魔物で、他に森で遭遇しそうな魔物は何かと考えを巡らせていると、それは予想よりも遥かに大きな存在として現れた。


「トロル!しかも3体も?」

「中央を私と新顔でやる!ニック隊は右を、残りは馬車を警護しつつ左を討て!」


 アムネリス隊長にはオークの後に続いてこのトロルが来るとわかっていたようだった、彼女は素早く指示を出すと身長3メートル以上はあろうトロルを指差して私にこういった。


「試しだ新顔、私に名前を呼ばせる価値があるかどうか、今ここで示してみろ!」

「はっ────上等ッ!」


 この脳筋ハイエルフ、身長だけでもあたしの倍以上あるトロルをあたし1人でやってみろと嗾けてきやがった。あたしは口元に凶暴な笑みを浮かべて息吹をし、全身に力を漲らせた。ここ最近ずっとわからないことばかりで消化不良だったんだ、この怒りをぶつけてみろというなら、お望み通り示してやろうじゃないのさ!

 あたしは単身、目の前のトロルに向かって駆け出した。



 トロルとは森の妖精の一種で、しかし怪物かつ魔物扱いされている。理由は単純明快、森の中にいるときは大人しいものだが、ひとたび外敵と相対したなら凶暴かつ粗雑な攻撃をしてくることから、冒険者の間では厄介な魔物として扱われている。個体差はあるものの体躯は3から4メートルで、身体の殆どが木材や草でできており、見た目にはそれほど攻撃力が高いようには見えないのが厄介な敵だ。厄介なのは草木の中に潜んでいる古木、骨格にあたるそれが異様に固かったり尖っていたりして、気を抜くと思わぬところから強烈な一撃を受けてしまうところだというのを、僧兵の集団講義で聞いたことがある。


「相対するのは初めてだけど────」


 あたしは馬上のアムネリス隊長を追い越してトロルに近接し、様子見とばかりにその左足に力一杯の右ローキックを叩き込んだ。打撃点が見えない蹴りはヒッティングポイントを決めかねる、なら全力でだとばかりに足を振り抜いたら、トロルの左足がそのまま吹き飛んで膝をついた形になった。

 ここで一気に決める、そう即断したあたしは手早く腰のポケットから魔石を2つ取り出して左右の拳でひとつずつ握り直し、魔力を込めながら再び息吹を響かせた。


物理結界シールド、パンチ!」


 魔力を込めると魔石はそこに封じられた魔法を発動する、あたしの両拳に物理結界シールドが展開され、拳がふたまわり大きな光球で包まれると手首から先が強固堅牢な防御壁になった。小さい魔石では小規模な障壁しか張れないし、安い魔石だと1回使えばあとは崩れてしまうことも少なくない、だがあたしにはそれでいいのだ、ちょうどいい。

 本来この物理結界シールドは相手の攻撃を防ぐものだが、防げるということは相手の攻撃以上の硬さがあるということだ。魔法として発動させた場合はその場所から動かないという利点がある代わりに、動けないというのが欠点だ。では魔石で発動させてその魔石を動かしたらどうなるだろうか、小規模なものであれば動かした分だけその場所から動かせることに、あたしは気づいた。先日偶然にできた方法を自分の技として取り入れてみたけど、あたしの戦闘スタイルと相性がいいようだ、まだ拳でかつ短時間しかできないけど攻撃と防御に応用できそうな十分な手応えを感じている。


「鉄塊で殴られたと、思え!」


 左足を崩して膝をついたトロルの身長は2メートル近くまで低くなる。ちょうどあたしの目の前にはトロルの身体がよい標的としてあるから、あたしは蹴った右足を後ろに引いて右拳を叩き込んだ、次は左、そして右左右。

 息吹を止めた状態で左右連続したパンチを叩き込み、息が途切れるところで手と動きを止めた。あたしは残心をとりながら相手の出方を見た、果たして体の中央部を全て撃ち抜かれ大きな空洞にされたトロルが動けるか否か、あたしの両拳の魔石が甲高い音を立てて崩れるのと同時に、胴体と共に中央部にあった魔石を打ち砕かれたトロルがただの草木になって崩れ落ちていく。襲ってきた3体のトロルをあたしが一番早く、単身で討ち取った。あたしはアムネリス隊長に背を向けたまま右拳を高く掲げてアピールし、振り向かずに自分の左手で戦闘をしている警備隊の加勢に入った。


「これはいつまでも、新顔とは呼べないわね」


 あたしは後ろから僅かに聞こえた声を耳にして、さっきよりも凶暴な笑みをたたえてトロルに襲い掛かった。



 少し炭の量が足りなかったから時間がかかったが、概ねで俺の外骨格に火入れが終わった。ほぼ一定の高温で熱せられた外骨格を構成する金属は、鍛え上げられた元の形になり、ともすれば新品と見紛うばかりの光沢と滑らかさを取り戻した。

 俺が心の中で不死鳥鎧フェニックスと呼んでいるアリオベック公爵による外骨格は、金属でありながら表面に出る部分は革鎧のような見た目であり、俺が盗賊殺しの短剣バンディット・スレイヤーを使った時の激しい衝撃を吸収してくれる高いクッション性能を兼ね備えている。しかも500度前後で火入れをすることで折れたり曲がったりした部分が元の状態に復元するという謎の技術が注ぎ込まれた金属鎧だ、俺はそれが元に戻ったことを確認しながら、まだ痛む身体に装備していった。

 ここはタキのセーフハウスの中、俺とタキのふたりきりで、クルーガーには外で見張り番をしてもらっている。タキは未だ施術と魔素欠乏の症状から動くことができずベッドに横たわって、外骨格を身につけている俺を見つめていた。


「やっぱり行くの、ラッセル?」

「ああ、やられっぱなしは性に合わないしな」

「ボクが動けたなら────」

「一緒に行きたかったか?」

「ううん、本当は力尽くでも止めてたかな、だから動けなくてよかったかも」

「ごめんな、タキ────」


 タキにしてみれば当然のことだろう、俺が敵わなかった相手に、普通どう考えても勝ち目はない。しかも紅蓮禍陣グレンマガジンとかいうオリジナルスペル持ち、キースと同じかそれ以上の魔法が使える魔女、そして半死半生にされた現場を見ているタキからすれば、俺がカーム砦に行くというのは自殺行為にしか見えないと思う。俺自身もいくつか画策はしてみたけど、盗賊殺しの短剣バンディット・スレイヤーを使っても確実に魔女をどうにかできるような確証は皆無だからよくわかる。


「でもあの赤い布を、約束の証を取り戻さないといけないんだ」


 そこから先はタキも言葉を発さず、苦々しい笑顔だけをして伏せっていた。

 俺は装備を身につけると、タキがセーフハウスに備えていたいろいろな道具を見やり、考え、そのいくつかを自分の仕事道具と一緒に服の間に仕込んで隠した。主な仕込み先は、肘から先にと膝から下に括り付けている荒布の中だ、普通に見れば消音用だったり防御用の布にしか見えないから、そこに仕事道具を仕込んでいる。鉄杭、ワイヤー、鉤爪、ナイフ、煙幕、変わり種だとマキビシという道具も入れてある。今回はそれらの中に普段は俺が使わないような道具をいくつか選んで仕込ませておいた、手数は多い方がいい。

 頃合いは魔女の指定した「明後日」その日の朝、ケルドラ城下からカーム砦までは馬車の行程なら1日半、早駆けの馬で1日ほどかかるような距離だ。だが今回だけの協力者がいればものの半日で着けるだろうと、俺は荷物と背負子を抱えてセーフハウスを後にしようと、タキに声を掛けた。


「行ってくる、心配するな、必ず戻ってくるから」

「ラッセル────」

「心配するな、死なない、生き抜くよ、間抜けはもう懲り懲りだ」

 

 俺はうっすら涙を浮かべている彼女を置き去りに、セーフハウスの扉を閉めて朝日の中に歩みを進めた。

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