第32話

 タキをベッドに休ませて、クルーガーにはセーフハウスの外で番をしてもらうことにした。初対面ではないにせよたった二度目の顔合わせ程度で信用するかしないかという点については、アムネリスが彼を俺に託したことで十二分な信用に足りる、それにタキが動けない今は俺が動いて情報を集めなければいけない。

 夜の闇に紛れて俺は軽装のまま、ろくな装備も持たない平服で外周区の裏道を走り抜け、貧民区に向かっていた。タキの施術と魔力で俺の身体は普通に走る程度までに回復していた、ここで盗賊殺しの短剣バンディット・スレイヤーまでを使ったら手酷いダメージを受けることになるだろうから、その剣は携えていても使うことはできない。普段あの超速の衝撃を吸収してくれている外骨格は、安定した炭火の上で形状を元に戻している途中で身につけていないのだから。


「こりゃ酷い、建物の原形がないじゃないか」


 俺が教会────というか教会があった場所についたのは真夜中で、既にあたりに人気はなかった。散らばった瓦礫はそのまま、周囲にロープ状のものが張られていて立ち入り禁止になっているようだ、警備隊がそうしていったのかは不明だが。

 暗闇に目を凝らして瓦礫を踏まないよう気を付け、音を立てずに状況をみて回る。教会はもちろん裏庭の訓練場に至るまで爆風で見る影もなくなっている、また訓練道具を作り直すのは骨が折れるが仕方ない、俺は建物の柱などの位置関係から「キースがいつも金を数える説教台」の場所に目星をつけて、そこにそっと近づいた。

 いったい何のつもりなのか、俺が近づかないようにしている地下への魔法扉の上で、この辺りの顔役をしているゴンドリアがその大きな巨体を縮こまらせて横になり寝息を立てていた。小さく声をかけても起きないから、俺はその脇腹に軽く蹴りを入れて目を覚まさせてやることにした。


「何してるんだ、ゴンドリア」

「どこ行っていたんすかラッセルさん、ご無事で!」


 その巨体、暗い中でも分かる陰影のついた厳つい顔、それを半泣きにさせてゴンドリアが俺に抱きついてきた。普段ならうざったいので軽く避けて躱すところだが状況が聞きたいので、そのまま好きにさせて話を聞き出すことにした。


「何があったか説明してくれ、手短に」

「あっしらがどれだけ心配したかわかって、いてっ」


 軽く小突いたら諦めたのか、ゴンドリアは俺の言った通り手短に状況を説明してくれた。


「魔女が去った後にあっしらがここに来た時はもう誰もいなくて、第一と一悶着したんす、そこはアムネリスさんとキースの旦那が来て金で収めてくれたんで、あっしらは付近一帯に誰も近づかないようを人払いしときやした」

「また第一共か、それで他の奴らは?」

「その後すぐキースの旦那が地下を確認して、あっしはそこの番をさせられてやす、まぁこんな強固な魔法陣をどうこうできる奴がいるとは思えねえっすが、キースの旦那がちょっと街を離れるってことで」

「あいつが、どこに?」

「わからねえっす、神殿から戻った後、対魔女装備の騎士団のあてが外れたっていって、あの陰険女を連れて飛んでいっちまいやしたんで」

「何だそりゃ、あとセシリア────アムネリスはどうした?」

「セシリアさんは第三の調査隊に加わってカーム砦に向かいました、昼間のことでさぁ」


 完全にすれ違った、俺が気を失っていた間に状況は大きく先に動いていた。タキは俺を匿い治療するために動いた、キースは何らかの判断をして動いた、アムネリスはじゃじゃ馬に縄をつけてカーム砦の調査に動いた、そういうことだ。俺だけが動けずに周囲が先行した、各々がそれぞれの情報を元に判断した結果が今なのだから、決してベストではなくてもベターだ。何より今俺は、それぞれの後ろから全ての状況を把握できたのだから、上出来と考えて動くのが精神的にもいい。

 俺はゴンドリアに礼を言い他に伝えるべきことが漏れていないかを幾つか確認し、この場はそのままゴンドリアとその部下に任せる旨を伝えた。


「もしキースか誰かが戻ってきたら、俺は俺で、明日の夜までにカーム砦に行く、と伝えてくれ」

「わかりやした、ラッセルさん達が戻るまでここは任せてくだせえ」


 これ以上ここで話し込んでも得られるものはないと判断した俺は、セーフハウスに戻って魔女への対策を始めることにした。



 夜も更けるころ、先発した警備隊の面々、アムネリス隊長、ニック、16名の警備隊員にあたしも加えてもらって18人の3個分隊相当は道から離れた平地で野営をしながら休息を取っていた。南西にあるカーム砦はセカンド区とサード区の中間地点に位置するので、最短距離で向かうために私たちは2番街道を早駆けの馬車で進み、その日のうちに街道を外れて森の中に入った。幸い、今は使われていない砦とはいえその昔は往来があったので馬車が通るによい道が整備されていて、明朝早くに再出発すれば昼前にはカーム砦に着ける位置で野営を張った。

 火の番が2人、周辺警戒が3人、5人1チームで3交代するそうだ。あたしはアムネリス隊長とともにその番から外れる代わりに、他の雑事をしていた。もちろん隊長はそういう雑務をするわけはない、火から少し離れた背の低い木から生えた太めの枝に寝そべるよう休んでいた。


「設営と給仕の手伝い終わりましたよ、アムネリス隊長」

「おう、お疲れ新顔〜お前も少し休んでおけ」

「あの、その新顔ってのそろそろ勘弁してくれませんか、セシリアですセシリア」

「ああん?」


 ハイエルフとは思えない恐ろしい形相で睨まれた。

 あたしは警備隊の手伝い要員みたいな立ち位置でアムネリス隊長に使われていた。そこは別に問題ないのだ、修道院で腫れ物にさわるように扱われているよりかは、僧兵と一緒に訓練をしていた方が肌に合っていたくらいだから、警備隊と一緒に天幕の設営や穴掘りその他といったことは気楽ですらある。ただこのハイエルフ、出会ってからほとんど、あたしのことを新顔か新入りとしか呼ばない。

 気落ちはしないが理不尽だなぁと思っていたら、意外にも彼女の方からあたしに声をかけてきた。アムネリス隊長は左右を見て、その長い耳を上下に動かして確かめてから、こう言った。


「新顔お前、赤き旗の盗賊団についてどれだけ聞いている?」

「え、ちょっと、ここでそんな話して────」

「大丈夫だ、今回連れてきた隊員は皆知ってるし、今周囲の索敵でも変な様子はない」


 驚いた、周囲に隊員の気配がないかを確かめたのではなくて、耳で音を聞き分けて隊員以外の誰かが潜んでいないかを確かめたのか。あたしは一瞬だけ戸惑って、ここがチャンスとばかりアムネリス隊長に聞き返した。


「そうなんです、あたしが入ってからいろいろあったけど、そもそも何が何なのか」

「単に義賊をやってるようじゃない、と?」

「それ!警備隊とつながっていて神殿ともパイプがあって、片方はとんでもない金額を貯め込んでいる情報通のエセ神父で、もう片方の子供も魔剣を持ってるわ知識の塊だわ、何なんですか2人だけで!?」

「そこまでしか教えられていない相手ってことだ、だから新顔」

「ちょ────」


 頭では薄々気付き始めていた。あたしが赤き旗の盗賊団のことを知らなすぎるんじゃなくて、赤き旗の盗賊団があたしに教えようとしていない、だから何も見えてこない。今のあたしの立場はお客さんで本当の意味での仲間ではない、考えたくない事柄こそが事実なんだということに、一瞬目の前が暗くなった。

 いや物理的に暗くなったのだ、気づくとアムネリス隊長が木の枝から降りてあたしの頭に優しく手を置いていた。


「若いんだから悩みなさい、子供でいるうちは私たち大人がケツを持つから好きにやんなさい」

「でも────」

「何事も変わらないものはないの、自分が本当は何をしたいのか、常々考えておやんなさい、新顔」


 落とされたのかそれとも励まされたのやら、煙に巻かれたような困惑したあたしを他所に、アムネリス隊長は辺りを一望できそうな大きな木に登っていった、野営の時は木の上で休むのが彼女のやり方だそうだ。あたしはそれを見送って、自分の頭を整理しようと割り当てられた天幕で休むことにした。



 あたしが同行させてもらっている警備隊は翌朝早くに野営を撤去し、昼前にはカーム砦に到着できるよう出発した。集めた情報で「明後日」という旨の期限が何を示すのかまではわからないが、今日がその日にあたる、ラッセルが関係するなら今日きっと何かがあるだろう。予定通りならキースが神殿を通じて対魔女装備の騎士団を連れてくるだろうし、それで何もないということは無いだろう。こういう状況を考えても、赤き旗の盗賊団は単なる義賊かぶれの小悪党ではない、何か大きなことに関係している謎の組織だ。

 あたしは行軍中、今まで経験したことを反芻しながらどこかに何か謎に近くヒントがないかを探した。もちろん、無事にこの件が片付いたらあいつや神父を問い詰め問いただすつもりだから、答えはその時には出させよう。



 ケルドラ第三警備隊はアムネリス隊長のもと訓練された精強な隊員で構成されていると聞いている。ニックがそうなのかという疑問は普段の様子からみて少しだけあるのだが、少なくとも遺跡調査に行った時はあたしよりも役に立っていたから認めないといけない。行軍は三個分隊に分けて一個分隊を先行させて残り二個分隊を本隊、アムネリスやあたしがいるメンバーで進んでいる。ニックはその先行隊を率いているのだが、カーム砦につくまで半刻を切り、もう間も無く森の切れ目から大きな水堀や崩れて廃墟になった砦跡地が見えてこようという頃、予想はしていたが異変が始まった。


「魔物の待ち伏せ、数は10ちょっと!隊長ご指示お願いするっス!」

「第二分隊は円形防御姿勢で馬車中心に展開!第一分隊と新顔は私に続け、総員抜剣し2対1で敵を殲滅せよ!!」

 

 先行していたニックの率いる分隊が、魔物と交戦しながら後退しつつ報告してきた内容を聞いて、アムネリス隊長が即座に指揮を開始した。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る