第31話

 奇妙な光景だった、夕方の太陽は西に沈んでケルドラの城壁に吸い込まれ、俺たちがいるセーフハウスの横では大きめの焚き火のように、炭火の上に外骨格を置いている。空は月がなく暗く、地面は炭火で赤く明るく。それを囲むように周囲に座る人影がふたつ、大きな獣めいた無骨な骨格の背中、そしてその影に較べてあまりにも小さな子供の背中、俺だ。

 炭火は火の熾し方で300度から600度になる、その中間が450度だから外骨格に均等に火入れするのにちょうどいい、これが薪を燃やすと温度の管理が大変だから、やはり炭がいい。俺たちは微妙な空気感の中で、炭火の放射熱に包まれながらお互いを見やった。


「で、どうしてあんたがいるんだクルーガー」

「この近辺、あまりにも御身、ラッセル殿のにおいが強かったので」

「臭いみたいにいうな!?」


 俺が異論を唱えたので、この大男、先日の仕事で助けてみたら狼男に変身したクルーガーは気圧されて押し黙った。

 どうしてこうなった。

 夕暮れ時に突然この大男が現れた、逃げようにもタキが寝込んでしまったからここを離れる訳には行かない、そこから押し問答が始まった。最終的にクルーガーが思い出したように「アムネリス隊長殿から言伝でござる」と言われ、魔女の騒動があれば警備隊が動く、なら言伝があるのも納得がいくと、仕方なくこいつを信用したという訳だ。


「で、その言伝ってのは何だ、魔女絡みか」

「いやいや、無罪放免で外周区に放逐するから自分で御身を見つけてその世話になれ、と」

「あの耳長ババア面倒事を放棄しやがった!?」


 クルーガーはちょうど魔女の襲撃がある前にアムネリスから城壁の外、外周区に放逐されたそうだ。他の奴隷たちは早々に見受け人が見つかったのだがクルーガーだけは本人がそれらを拒んで、どうしても赤き旗の盗賊団に恩を返したいとアムネリスに食い下がったらしい。想像に難くない、警備隊の収容所から動かなかったとかそういうころだろう。その暑苦しい圧力で俺も逃げたのだからよくわかる、あまりにも面倒だから俺たち盗賊団に預けようとしたのだろう。それはつまり「クルーガーには疑うような裏がないということを確認した」という意味を含んでいる。俺たちと警備隊は長年そういう関係で協力しあっているから聞くまでもない。

 俺が期待したような魔女絡みの話をもってきたわけではないが、今の俺にはプラスに考えられる要素が増えただけの話だ。


「ところでラッセル殿、何で鎧を焼いているのでござるか?」

「火入れして元通りの形に戻しているんだよ、そういう魔道具なんだ」

 

 火入れした外骨格は徐々にだが元の形に戻ろうと伸縮をしていく、概ね500度で戻る形状記憶合金が外骨格の主要な素材だ。ちょうどその温度で熱管理できればもっと早く形状を復元できるのだが、そんな管理方法を俺は知らない。キースですら知らないので、俺たちがアリオベック公爵の下知を実行するにはこの炭火方法が最も近いのだと考えている。ちなみに形状記憶合金と言われてもよくわかっていない、自己修復できる魔道具だと言われて納得しているし、だからクルーガーにもそう説明した。この鎧の操作感に慣れるまでは何度も火入れをして破損を直したものだ、だから手直しするのも手慣れたもの。ちなみに内緒だが、火の中で再生するというから俺は心の中でこの外骨格に不死鳥鎧フェニックスという名前をつけている。


「してラッセル殿、拙者が受けた御恩をお返しするのが先、お世話になるのはその後ということでよろしいか」

「お世話なんかしたくねえよ、でも恩を返してくれるというなら頼みたいことは、ある」

「何でも言って下され」

「鎧が直ったらカーム砦に行く協力をして欲しい、人狼のあんたなら馬車よりも早い」

「拙者────」


 そりゃ行きたくはないだろう、三英雄による『カーム砦の攻防』が起きたことは誰しもが知っているし、そこは悪魔の巣窟になっていたような場所だ、無理もない。だが距離と残り時間を考えた場合、俺よりも馬車、馬車よりも早馬、早馬よりも人狼の方が圧倒的に早い。

 このところ魔女だ吸血鬼だ人狼だと、どんどん悪魔絡みに近づいてきている。それも目的のひとつとはいえ、魔族に呪われた人狼へ助力を求めるという異常事態に俺の感覚も麻痺してしまう。しかも今までは仕事で助けた相手に協力を求めるということをしたことはない、キースの記憶消去の話自体が嘘だったから本当は協力を求めればもっと楽に対処できた仕事もあったろうに、などと考えながらクルーガーの反応を待った。


「人狼ではござらぬ」

「はい?」


 今なにか妙な返答が聞こえたぞ?


「いやあんた!あの時、俺が触れた時、人狼に変身しただろうが!」

「拙者、犬の獣人でござる、狼男のような呪われた魔物ではござらぬ」


 人族に対して魔族がいるように、動物に対して魔物がいる。獣人は極端に数が少ないが人族で、魔物と勘違いされることが多いから只人との接点を殆ど持たない。魔力で相手を認識できるエルフやドワーフとなら接点はあるが、只人からは魔物と同じに捉えられてしまう種族だ。かくいう俺も見た目だけでそう思い込んでいた。ただ狼と犬をどう見分けろというのか、そこだけは疑問だ。


「え────すまない、失礼な間違いをした」

「大丈夫でござる拙者も慣れている、奴隷商にもそう思われていた故」


 獣人と人狼や狼男がどれだけ失礼な間違いかといえば、人相手にお前は魔物だといったようなもので、または只人を相手にウンガかというレベルだ。おや、脳裏を何かがよぎったが今は考えない。

 人族が魔石の呪いを受けて獣落ちしたのが人狼つまり狼男、人から離れて隠れ住む人族の希少種族のひとつが獣人だ。見た目が似ていようとも魔族に隷属する知能の低い魔物が狼男で、獣人は獣化しようとも高い知能や特殊な技能は持ったままいるというように、両者には大きな違いがある。獣人を見るのは初めてだが、確かに獣化した後に吠えるしかできない人狼と違って、クルーガーは流暢に言葉を話していた。ただ狼と犬をどう見分けろというのか、そこだけはどう考えても疑問だ。

 しかし腑に落ちない、獣人は少数民族で存続できるくらいの強力な力を持った種族だと聞いている、獣化すれば白の冒険者を相手にしても引けを取らない戦闘力があると聞く、それが何故奴隷として捉えられたのだろう。俺の興味がそちらに傾いた。


「クルーガー、あんた獣人なら奴隷として捕まるような下手は打たないだろう、何があった?」

「さすが御身は話が早い、数人いた仲間は討ち取られ、拙者は不可思議な魔法を受け獣化が出来ずにいたでござる、それ故の失態」

「獣人をそこまで圧倒できる奴が相手か?」

「たまたま出会った拙者たちで遊ぶかのように、手も足も出ない相手でござった、赤い眼の魔女で────」

「それって!」


 意外な来訪者は、俺たちと意外な関係がある希少種族の男だった。



 ボクが目を覚まして壁伝いで外に出ると、あたりはすでに真っ暗でその中に奇妙な光景があった。人型の鎧を炭で焼いている2人の影、大男と少年のそれは、何やら言葉を交わしている。ボクは全身から力という力が抜け切ったような感覚で、手脚は全く踏ん張りが利かない。それどころか頭も霧がかかったかのように朦朧としていて、大男と少年が話しているい言葉が耳に入ってきても理解ができない。

「獣人をそこまで────」

「────赤い眼の魔女で」


 そこまで聞いてボクはハッと我に返った、見知らぬ人影がラッセルと魔女の話をしていることに警戒心が働き、咄嗟に獲物を手にしようとしたけどほぼ下着で無手なことに気付き、慌ててそのまま地面に転げてしまった。


「目が覚めたかタキ、まだ無理しちゃだめだ」


 ラッセルがボクと大男を交互に見遣ってから、ボクを抱き上げに走り寄ってきた。その前に起き上がろうとしたけど身体に力が入らない、以前から何度かラッセルに魔力欠乏の症状を警告はされていたけども、まさかここまで脱力してしまうことになるとは思っていなかった。


「だいぶ負担をかけた────タキ、あとはゆっくり休んでいてくれ」


 ラッセルならボクの身体を気遣って後の行動からボクを外そうとするだろう、それに気付いてボクは彼の腕を振り解き、一緒に話を聞くと強く意思表示をした。少しの問答の後、僕の意思の強さに折れたラッセルは炭火を囲んでの同席に同意してくれた。

 ただボクは身体に力が入らない状態だから、ラッセルへ寄りかかるようにして一緒に話を聞いている。右の頬にラッセルの感触、目の前には炭火に焼かれ勝手に蠢き復元していく彼の外骨格、その火の向こうに広い肩幅の大男、奇妙な光景の中でボクは聞いた。


「ところで、どちら様?」

「ま、そこからだよなぁ」


 ボクが目を覚まし話に入ったことで、ラッセルは逸る気持ちをいちど沈めてゆっくりとクルーガーという獣人族の話を聞くことにしたみたいだ。



 俺は改めて落ち着いて、クルーガーの話を聞くことにした。ちょっと癖のある珍妙な語尾を省いて要約するとこうだ。

 獣人族の戦士であるクルーガーは特命を受けて3人でケルドラ国内にある遺跡の異常を調べにきた。それが俺らの言うカーム砦だったのだが、そこで魔女と遭遇し2人は討ち取られて自分は何らかの魔法をかけられ獣化ができず、只人のように不自由な状態で放逐された。里に戻りことの顛末を報告しようとしたが運悪く奴隷商につかまりケルドラ城下へ連れてこられたところで俺たちに助けられた。しかも何故か俺に触れたことで魔法が解けたので、まずは恩を返さなければと警備隊でごねていたところ諦めたアムネリスに放り出されたという次第だ。

 同じ魔女に俺が襲われたと聞き、魔女に封じられていた力を取り戻したクルーガーはラッセルと共に再戦を挑みたいとばかりに────


「なればラッセル殿、拙者が御身の鉾となり盾となり、共に憎き魔女を討ちましょうぞ!」

「別にいいよ、アレには勝てないだろ」

「なんと!?」


 悪魔を討ち取れるのは英雄である勇者だけだ、冒険者風情程度では敵うわけはない。俺自身は黒の冒険者以上だが、それでも白の冒険者以上かと言われればそうとは言いきれない。そして海千山千の冒険者の頂点に立ち他を寄せ付けないほどの猛者が勇者と呼ばれる。それだけの存在でなければ悪魔と真っ向対峙することができないのを、俺は身をもって知っている。俺たちが悪魔に対して出来ることは何とかして追い払うこと、再び寄ってこないように対策すること、あとは虚をついて出し抜くことくらいしかない。それだけ力の差があるのだ。

 俺が魔女に対峙するつもりがないことを聞いて、クルーガーは少しだけ苦々しい顔をしたが、そこは獣人の戦士だからすぐに合点が行ったようだ、深く頷いて分かり申したと言ってくれた。


「すまないがクルーガー、あんたのお仲間の仇は討てないぞ?」

「それは構わぬでござる、拙者らの弱さ故の負け、強者は勝者でござる故」


 獣人に限ったことではないが、覚悟の決まった戦士には恨み辛みという概念を持たない者が居る、生死感というのだろうか、普通の感覚とは違うケースがある。クルーガーは多分それなのだろう、相手の気まぐれだろうとも自分は生き残ったので再挑戦したい、仲間が死んだことは悼むべきことであるが生き死には相手にも同じこと、相手を殺す気で向かったのだから自分たちが殺されて恨むのは門違いと考えているようだ。いやはや戦闘種族だなぁ、俺の理解には遠いぞ。

 ただ勝てないというのと戦わないというのは違う、俺もあの魔女には用があるし、盗賊が大事なものを奪われて黙っているわけには行かない。


「戦いの勝ち負けはいいんだ、ただ借りは返すし返すもん返してもらわないと」

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