第36話

 あたしが僧兵の訓練の中で教えられた対魔族の戦い方は大きく分けてふたつ、ひとつは近接戦闘、魔族はその高い魔力から魔法攻撃を好んで使うことが多いので、距離をつめて撹乱しながら物理で戦う速攻方法だ。もうひとつはその逆、僧侶や僧兵を中心として対魔法の補助効果を上げつつ、物量の多さで圧倒する遅延方法、戦闘というよりは集団で個体を討伐する戦法だ。

 アムネリス隊長が選んだのはその前者のようだった。


 「ケルドラ第三警備隊が隊長アムネリスが問う!何故にケルドラを襲った、返答次第によってはここで打ち滅ぼす!」


 そして先陣を切ったのはアムネリス隊長自身だった、室内に誂えた石造りの座から立ち上がった魔女に、問うといいながら槍戦斧ハルバートを構えて駆け出した。隊長に続いて第三警備隊の隊員が防御姿勢をとりながら続く、一気に距離を詰めて短期決戦に持ち込むつもりなのか、しかしその目論見は一瞬にして崩された。


「貴様らのねぐらなどには用はない、さて、魅了魔法チャーム麻痺魔法パラライズ恐慌魔法フィアー


 魔女が微動だにせず口だけを動かし3つの呪文を唱えた瞬間、アムネリス隊長を除く警備隊員の全てが異常な挙動をした。魔女はキースが張った対魔結界アンチイビルフィールドを易々と破り、魔法抵抗力が低い隊員達をその毒牙にかけた。


「いけません、セシリア隊員を無力化してください、同士討ちが始まりますよ!」

「えぇ!?ちょっと何がどうして!」


 突然に仲間へ斬りかかる隊員、全身脱力して崩れ落ちる者、大声で叫び出して闇雲に剣を振り回して取り乱す者、魔女の唱えた魔法で一瞬にして10名以上の隊員が無力化された。いやむしろ逆だ、あたしと神父はその隊員達による同士討ちを防ぐために、眠り魔法スリープ拘束魔法バインドで隊員を動けないようにしたり、あたしは強いボディブローでニックの意識を刈り取った。


「これじゃ!アムネリス隊長がひとりで!」

「そちらは心配せず、今は隊員の無力化を優先してくださいよ!」


 あたしは魅了や恐慌に陥っている隊員をひとりずつ打ち倒しながらアムネリス隊長を見た。そこには戦乙女バルキリーと見紛うばかりの美しい戦いが繰り広げられていた。



火炎魔法バーニング

「水の精霊よ、お願い!」


 私に向けられて放たれた火炎弾を水の精霊に防いでもらって、彼女達を避けるように下から大きく槍戦斧ハルバートを振って魔女を斬り上げる。

 

物理結界シールド、随分と手癖の悪いエルフだ」

「斬撃を後出し魔法で防ぐとか!魔法の腕前はスティア並か!」


 私の一撃はまるで鉄塊に打ち込んだかのように止められ、手に激しい衝撃が伝わってくる。全方位に張った物理結界シールド程度なら打ち破ることは可能だけど、今のように1面に集中して展開されたらそうは行かない。


「風の精霊よ、吹き上げて!」


 止められた槍戦斧ハルバートを軸にして身体を風に乗せ、中空から魔女の脳天目掛けて遠心力と重力の乗った回し蹴りを見舞う。


土壁魔法クレイウォール


 足先にあるミスリルの防具は蹴りにおいて攻撃手段になる、しかし魔女が展開した土壁の魔法でその蹴りは防がれ、私が空中で1回転し体勢を整える間に、魔女は僅かに私との距離を取った。


「足癖も悪いがなかなかに美しい、どれ」

「防いで、火の精霊よ!」

「大人しくしろ、氷結魔法フリーズ


 こちらの機動力を削ぐためか距離を取るためか、魔女は氷魔法を使ってきた。こんなものに閉じ込められたら身動き以前に呼吸すらできなくなる。私は火の精霊を周囲に纏わせて迫りくる冷気を弾きながら後退して、槍戦斧ハルバートを片手に魔女と相対した。


「ケルドラに用事がないなら何で教会を破壊して魔神像を奪って行ったの」

「魔神像はもののついでだ、さしたる興味もない」


 魔女との距離は5、6メートルといったところ、一足飛びで切り込めない距離ではないが、さっきから魔女と視線を合わせると一瞬だけくらっとする、私はそれを問うた。


「それ魔眼の類かしら、赤眼の魔女というふたつ名はここしばらく聞いたこともないけど?」

「世に出るのは数十年ぶりだからな、いかにも我のこの瞳は魅了の魔眼である、してこの砦は魔族の巣窟であったはずだが」


 カーム砦の攻防で三英雄が悪魔と戦った時、ケルドラへの不可侵が取り交わされた、それを知らない魔女がいるというならケルドラを襲ってきたことも頷ける。私は戦いで解決できないなら交渉でと、槍戦斧ハルバートの構えを解いた。


「交渉よ魔女、奪ったものを返すなら見逃すわ、断るならここで滅する」


 悪魔相手の交渉は下手に出たら終わりだ、常に強気で行く。魔神像やケルドラに用がないなら話は早い、物さえ返すなら取り交わしをしらないはぐれ魔女の事件だったと処理すれば良い。キース曰く「ラッセルが目的でもなかった」ということだし、もうひとつの「魔なき者」とやらにも心当たりはない、このまま騎士団が到着する前に解決できるならそれに越したことはないと、私は算段をつけて問いかけた。


「この我を────滅するだと?」


 刹那、魔女を包んでいた雰囲気がガラリと変わった。膨大な魔力はそのままに、色でいうなら無色に近い魔素が渦巻いて赤く変貌しはじめた、明確な殺意がそこには込められていた。何の魔法が使われた訳ではないのに、魔女の周囲を囲む空気は渦巻き始め、ヒリヒリとした威圧感と強い向かい風がこちらに襲いかかってきた。


「我をソニア・レッドアイズと知っての戯言、命を持って償うが良い!」


 赤眼の魔女がその性質を戯れから本気へと変え、怒髪天を衝くが如く美しい赤髪は逆立ち赤いドレスが炎のようにはためいた。暴走した魔力は天井の岩壁を突き破り、天井から光が差し込む。薄暗い室内に魔女が灯した明かりと天井からの光が照らす中、魔女はその右手をこちらに構えて言葉を発しようとしていた。


「いけない、隊員たちが────」


 キースとセシリアが無力化した隊員たちは私の後方にいる。ここで強力な魔法攻撃を放たれれば意識のない隊員たちは巻き込まれ尋常でない被害を被ってしまう。殺気がないと高を括って安易な交渉をしてしまったことを悔いたが、もはやそれを後悔したところで何ともしようがない。


「ミスったか!」


 私はお兄ちゃんやスティアに聞いた悪魔との交渉方法は、自分が圧倒的な力量を持っているからこそできることだと改めて認識させられ、手にした槍戦斧ハルバートを両手に握り直し、魔女に向かって駆け出そうとした。



「これは予想外でしたよ」


 私の予想を大きく上回る殺意を含んだ魔力の渦を見て、教会に仕掛けていた結界を吹き飛ばしたのはこの魔女の全力などではなく、ほんの片手間ていどのことでしかなかったのだと、私は誤算に気づかされました。


「セシリア!隊員達を私の元へ、気休めですが結界を張り耐えますよ!」

「簡単にいうなぁああ!」


 セシリアが2人を担いで気を失った隊員を私の元に放り投げていきますが、全員を守るには残された時間がなさそうです、その前に魔女は何らかの強力な攻撃魔法を放ってくるでしょう。アムネリスなら自分のことだけは何とかするでしょうが、全員を守る方法がないなら最低限のことをするまでです。


「セシリアもういいのであなたも私の結界に入ってくださいよ!」

「冗談!人を見捨ててどうするのよ!人助けの義賊なんでしょ!」


 それはラッセルの目的や主義であって私のそれとは少し異なります。しかし今それを論ずる余裕もないので、諦めて拘束魔法バインドか何かでセシリアを封じて結界内に引き摺り込むしかないと思った時、その声が響き渡りました。


「ちょっと待ったあ!」

 


 時は少し遡る。


「クルーガー、あんた犬の姿になっても喋れるのか?」

「ちょと、むずかしい、すこし、はなせる」

「人の姿、獣人の姿、そして獣の姿か────すごいな」

「まじょ、のろい、とけたとき、へんしん、できる」


 クルーガーは魔女に呪いをかけられていた、制約というべきか、獣化できないよう能力を封じられて弄ばれたようだった。それが、俺が触れた時に一時的に呪いが無効化できるようで、だから頑なに俺に接触しようとしていたのだと分かった。そういう魔法があるなら解き方もあるのだろう、そこはキースと合流して落ち着いたら相談することにしよう。

 俺は獣化、馬より少し小さいだけの大きな犬に変化したクルーガーに、持ってきた背負子を括り付けた。それにまたがる形で犬となったクルーガーに乗せてもらい、カーム砦に向かうことにした。


「はは、何だこの速さ!馬の比じゃないぞ!」


 ケルドラ外周区から飛び出した俺たちは、凄まじいスピードで街道を風のように駆け抜けていく。一般的に馬は最高速度で1時間に80キロメートル相当まで出せるが、そんな全力疾走が何時間も続けられる訳ではない。普通の犬なら早くても1時間に30キロメートル程度の速さだが、そこは獣人が獣化した犬のこと、そんな常識なんて関係なく地を這うように走り抜けていく。

 途中、街道馬車を抜き去り、カーム砦へ続く道に入り、その途中で物騒な装備をした騎士団のような集団を一瞬で抜き去って、俺たちは小一時間でカーム砦の入り口までついた。


「すごいなクルーガー、めちゃくちゃ助かった」

「なんの、ぜえ、ぜえ、これしき、はあ、はあ」


 その時だった、俺たちが堀の手前から見上げて、カーム砦の巨大なその全容の中、ちょうど中腹あたりの外壁が上に向かって轟音を伴って吹き飛んだ。俺とクルーガーはその魔力に覚えがあったので顔を見合わせすぐに叫んだ。


「外壁よじ登ってあそこに行けるか!」

「むろん、ぜえ、ぜえ!」


 そこで交戦が行われていると直感した俺たちは、迷うことなくその爆発が開けた穴から中へと飛び込んだ。

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