第11話

 気づいた時は明るかった、目を動かしカーテンの隙間から入る日差しの色と角度を見て、昼前後と把握する。そのまま見渡すと壁や窓といった意匠になんとなく見覚えがあった、狭い部屋だがここは領主館だ。天井が斜めだから屋根裏部屋か?俺が横たわっているのは簡易的なベッドの上だ、まぁ拠点としている教会にあるベッドより数段上等な寝心地だが。


「いってぇ────」


 軋む首で少し顎を引いて自分の身体に目を向けると、全身隈なく薬液で濡れた白い布と緑色の薬草が交互に貼られているのがわかり、俺の鼻には苦々しい臭いが充満していた。あと申し訳ていどに小さな布が股間に被せられている、キースの仕業だなあの野郎め。

 肩や膝を少し動かし痛みのほどを探る、何箇所かヒビは入っているだろうがその程度の骨折なら3日程度で普通に動けるようにはなる。肉離れはあの短剣を使えば当たり前のことだから考えるまでもない。

 目を横にやると、衝撃吸収機構を仕込んだ俺専用の革鎧が壁に立たせてある。自立する革鎧というものはない、革鎧に見えるだけで内部には特殊鋼の外骨格が入っていて、俺の鎧の本体は胴体を中心に手足側へ伸びる特殊な絡繰り骨組みだ。盗賊殺しの短剣の尋常ならざる速度はこの外骨格を着込み衝撃を吸収させてなお、俺の身体をボロ雑巾のように引き絞り千切る。そして外骨格を付けていなければ壁の赤黒いシミになる自信があるね。

 その恐ろしい短剣は片刃剣とともに背甲に隠してあるから見えないが、俺の服や仕事道具を隠し込んだ手足の布、何より大事な首から肩に巻く燻んだ赤い布が見当たらない。


「キースめ、どこにやった────」


 外の音に耳を立てる。

 馬の足音、馬車の車輪らしき何か、鉄鎧が立てる音、号令は駐屯兵──いや警備隊のようだ、街道馬車の異変に調査が送られたにしては規模が大きい、キースかその依頼者とやらが先に手を打って派兵させたのだろうと推測する。今から領主館の調査か、今動けない俺が見つかるわけにはいかない、キースはどこだ、それにだ。


「おいおい、仕事なら俺が、赤き旗の盗賊団────名乗りをしなきゃいけないだろう────」


 動かない身体を無理に動かそうとしたその時、頭の上、天井いや屋根の上からか、少し甲高いよく通る声がした。


『イーリス領主、レイモンド・イーリス伯爵は魔族と結託し悪魔復活の儀式を行い、多くの領民を生贄にしていた!』


 おいおい誰だこれ、キースでもない。


『よって我らが魔族に鉄槌を下し儀式を阻止した、証拠ならこれを調べるがいい!!」


 カーテンに映った影が、屋根から何枚かの羊皮紙を投げ落とした様子を俺に伝えた。それを拾ったと思われる男の声、いやこれキースだ「白の冒険者が魔族を手引きしていたようですよ」とか「イーリス領の他にも貴族の汚職がありそうですよ」という態とらしい大きな声が聞こえる。キースは下で警備隊を誘導してやがる。ざわつく周囲のタイミングを読んでか、屋根を大きく踏み鳴らす音が響きそちらに注意が向いたように感じる。

 たぶん旗めく赤い布から腕を高く掲げてひと呼吸おいているのだろう。

 ああ、これ言うのは俺の仕事────


「我ら『赤き旗の盗賊団』、義を以て悪を討つ者なり!!!」


 いや誰だよ!?



 先程の名乗り騒ぎのすぐ後、俺の服を身につけ口元から肩口に赤く燻んだ布を巻き付けたセシリアが部屋に入ってきた。その時に扉の向こう側に柱や梁が見えた、俺は領主館の屋根裏にある隠し部屋で隔離されていたようだ、キースの意図がおおよそわかった。

 キースは別領への派遣途中に居合わせた、警備隊と共に調べに入ろうとした、その時に噂の盗賊団が証拠を渡してきた、事件は解決しているようだ、後はキースがうまく話を誘導していくのだろう。俺が動けないから、セシリアに赤い布と服を着せて代役をさせたと。


「娘に父の罪を叫ばせるとか随分残酷なことをさせるな、キースの野郎」


 その彼女は焦燥しきった顔をしていたものの目だけは異様にギラついていたので、流石に俺も声を掛け辛い。代役をするにあたって使った俺の大事な赤布、名乗りの時にいつも旗めかせるそれを壁の革鎧にかけると、部屋にあった木の丸椅子に腰掛けて俺に向き合った。


「神父から話を聞いたわ、あんたは赤き旗の盗賊団、そのリーダーで実行役だってね」

「呼び方が神父『様』じゃなくなってるな、キースに色々聞いたんだな?驚いたかい?」

「そりゃ、まぁ、赤き旗の盗賊団の噂は5年くらい前からあるもの、驚くわよ」

「でも悪いがそれを知った記憶は後でキースに消してもらう、あいつの固有魔法があるんだ」

「それね、嘘だって」


 ん?

 

「だから、嘘だって」

「そう────え!?嘘って、ええええ??いてててっ、あああ?!!」

「静かにしなさい、これから警備隊が館の中を捜索するんだから、あんたは隠れてなきゃでしょ」

「そりゃ、そうだけど」

「だから治癒魔法の残滓が見つからないように薬で治療してるんでしょ、動かないで寝てなさい」


 キースの野郎、そんな大事なことで嘘をついていたのか?俺、何年もそれに騙されていたのか?ちょっと待て、俺は混乱する思考を必死に整えて巡らせた。悪者をのしたり捕縛するのは闇夜の中だから顔も見られないし問題ない。その時に助けた人たちが問題なんだよ、10人や20人じゃないぞ、千人はいっていないと思うけど俺の顔や名前を見聞きした人たち、仕事の後に言葉を交わした人は百人どころじゃなく沢山いたんだ。俺はキースが『後で記憶操作しましたよ』といった相手たちを思い出す。

 宿屋の娘のシオルは?いや仕事の後にキースと飯を食いに行ったけど普通に接客されたぞ?

 野盗の根城にされていたエジンラの村長は?いやいや勇猛果敢な戦士に助けられたって言ってたぞ?

 じゃ屋根瓦職人のホロンは?いやいやいや助けられた時の記憶がないって話してたぞ?

 旅一座の踊り子をしてたミアは?助けてくれた長身の盗賊お姉様に惚れたって噂を聞いたぞ?

 商家の息子のキルドラン、は問題外だ、店に入ろうとした俺を乞食だってつまみ出したもんな、うん!

 あの酒場の女主人は、あいつも違うぞだって美形の義賊と一夜を明かしたとか吹いてたししてないし!

 魔石職人のホリックか、いやいや俺に魔石を売りつけようとか記憶があったら絶対しないし!

 それとも────


「いやいやいやいや、そんな訳ないだろ!」


 他にも沢山いるけど、本当に記憶が操作されているのか後で様子を探った時はみんな俺のことなんて覚えてなかったぞ?記憶を消さずどうやって、盗賊団や俺の存在を秘密にできているんだ?でも確かに記憶を消すという都合のいい魔法は聞いたことがない、キースの固有魔法だという話以外は読んだ本にも載ってなかったし、そもそもそうだよ俺────


「俺、記憶を消してる現場には、立ち会ったこと────ない」


 セシリアが頬杖をついて呆れた顔をしながら、目を白黒させている俺に話しかけた。


「何をどうやったのか詳しいことは聞いてないわ、それよりあたしはあんたに聞きたいの」

「何をだよ?」

「あたしをあんた達の、赤き旗の盗賊団に入れ──」

「断る」


 混乱していても迷う余地はない、白も黒もないわ、俺は食い気味に即答した。



 事件から2日後、両脇を木々で覆われた街道は良い天気に恵まれていた。

 一通りの調査が終わって偶然その場へ居合わせたことにしているキースは役目を終え、セシリアは事件の被害者かつ生き残りそして重要な参考人という扱いで警備隊に勾留されるべきところを、キースが教会預かりにした。

 俺はかろうじて普通に動く程度はできるようになったので、帰路は街道馬車の荷台の上ではなく客座に腰掛けて、痛みを堪えながら黙って外を眺めている。

 キースが外領のマクギリアス領へ監査に行くという話は中止となり、いや元々そこまで行くというのが俺への目眩しで最初からイーリス領が目的地だったのだろうが、俺達はケルドラ王都に戻る馬車の中にいた。

 来た時と違うのは俺が馬車の上ではなく客座にいることと────俺の向かいの席に腕と脚を組んだセシリアが座っていることだ。


 話は事件の翌日、天井裏の隠し部屋に戻る。

 俺は目だけを動かしセシリアを見据える、彼女は負けじと睨み返してくる。記憶を消したり操作できると言っていたキースの固有魔法の件は後回しだ。まず仲間を増やす気はないし、出会ってまもない人間を信じられるほどお人好しでもない。俺はセシリアの申し入れを断って、キースを問いただし今まで俺の顔や名前を聞いた相手への対処を考えるる方向に頭を切り替えて彼女から目を逸らした。


「もう一度言うぞ、断る、以上だ」

「そう?あんたが追っている────悪魔の手がかりにつながるかも知れないんだけど」


 ちょっと待てなんでそこまで話したんだキースの野郎、これはダメだ後でぜってー殴る。

 言葉を失った俺は瞼を閉じた後にゆっくり開き、セシリアを見つめ返して話の続きを促した。彼女は腰に巻いた荷袋から1冊の古びた本、いや日記を取り出した。


「父はあの魔族、ケル・ムントを介して上位の魔族から接触を受けたらしいわ、これにはその魔族の名前自体は書いてないけどね」


 レイモンド・イーリスが言っていた日記か。

 俺が意識を失っている間にセシリアとキースがそれを見つけて読んだのだろう、貴族の仕事には文字の読み書き必須が常識なのでセシリアも習得していたようだ。それと魔族は人族に比べて圧倒的に個体数が少ないから種族間の個別認識が容易で、かつ名前が親子の繋がりを示したり場合によって名前自体が弱点になることがあるので、形として残るものに名前を記すことはあり得ないと聞く。


「神父はこの日記を事件の証拠にしようと考えていたようなんだけど、都合の悪いことも書いてあって使えなかったそうよ」


 だから明確に名前が残っている悪魔や魔族は少なく、人族からの認知もあるような名前はかの邪神クリュードぐらいじゃなかろうか。記録は残って便利がある反面、キースが日記を不都合と判断したように余計な情報にもなり得るのだなと思った。


「この日記はあたしに残された父の形見だけど、あんたの神父はこれを焼き払いたいんだって」

「交換条件か」

「あたしが勾留という名の牢屋送りにされるのを教会預かりにしてもらう条件で、神父の要求を飲んだわ」

「内容を知りたいなら要求を飲め、でなければ最後に残った親の形見であっても燃やす、たちの悪い脅しだ」

「そうね、そして義賊のあんたがあたしから日記を無理に奪うこともないと思っているわ」



 セシリアは日記を俺に向けて、真っ直ぐな瞳で見つめた。

 キースは常々俺に、もっと大きな仕事をしましょうよと、仲間を増やしましょうよと言い続けてきた。今回の仕事がどこからどこまでキースの描いた図面なのかは判断がつかないが、奴が言い続けてきた2つのことを俺に決めさせるつもりでいるのだろう。


「拠点の教会についたらこの日記を神父へ渡すことにしているわ、その前に決めて」

「簡単に言ってくれるなぁ」

「神父が言ってたけどあたしも警備隊に聴取を受けるそうだから行くわね────そうそう、日記はその警備隊に見つからないよう隠さなきゃいけなかったんだわ」


 セシリアは立ち上がると、丸椅子を俺の革鎧の前に移してそこに日記を置いた。日記の上に、革鎧にかけた俺の燻んだ赤い長布の端をふわっと掛けて、彼女は部屋を後にした。試す真似をしてくれるとはやってくれるものだ。キースがセシリアに何を吹き込んだかは知らないが、俺の信念は信用してくれているということか。


「信念、因縁、合縁奇縁、責め苦、責任、俺の罪」


 今は目を閉じて身体を休めよう、俺はこれまで歩んできた道を最初から思い返すことにした。



 そんな経緯があって、今ケルドラに続く街道を進んでいる。

 俺は未だ彼女に結論を伝えていない。だから俺の向かいの席に腕と脚を組んだセシリアは、目を閉じていても不機嫌そうだ。あれからキースは警備隊への状況説明で俺と顔を合わせることはなく、他の乗客がいる街道馬車の中で今までのことを話すこともできず、そろそろケルドラの大きな城壁が見えてくる距離に差し掛かった。

 俺は覚悟を決めて小声で話しかけた。


「まず1ヶ月、その間の仕事で判断する、これが最大限の譲歩だ」


 キースの貼り付けたような柔和な笑顔が少し動き、セシリアは目を開き口角を上げた。

 俺は口元に燻んだ赤い布を引き寄せて客座に深く腰掛け直した。

 こうすれば少しだけ、俺の口元が歪んでいるのを隠せそうだ。

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