第44話

 俺が取った侵入方法は過去の仕事をベースにしたものだった。このケルドラ王都が城下町まで含めて栄えているのは、いくつもの理由があるにしても、その衛生環境の良さが大きな要因として存在する。その立役者が上下水道設備だ、王城から神聖区、貴族区を通って城下町まで張り巡らされた上下水道設備が、狭い中にたくさんの人を住まわせられる理由になっている。

 セシリアのテストを兼ねて行った多くの仕事のひとつに、この上下水道を使った神出鬼没な盗賊集団による盗難事件を解決したものがあった。その時にマッピングしたところ、硬い鉄柵を破れば貴族区までいけるルートを俺たちは発見していた。

 無論、盗賊集団が使用していた出入り口は塞いでおいたのだが、さらに別の仕事で土地管理局絡みの事件を解決した時、その地上げ対象地から地下道に侵入できそうだというのも押さえてあった。今回はそのルートを使い、マッピングしてある下水道を通って貴族区にまで到達しようという計画を練った。馬鹿正直に正面からの突破を試みたりすれば、あっという間に第一から第六まである騎士団に取り囲まれて物量で取り押さえられるのは明白だから、あくまでも俺たちがやるのは侵入であり潜入だ。


「お前とここにくるのはしばらくぶりだな」

「そうね、あんたとまたこんな場所に来るとは思わなかったわ」

「で、前回は目的じゃなかったからスルーしていたこの鉄柵だ、いけるか?」

「素手じゃ無理だけどね、この魔石があれば────」


 セシリアは腰のポーチから魔石を選んでだして、それを自分にかけた、剛力魔法バファローの魔石だった。タキのセーフハウスに備蓄してあった魔石にはこういうものもあり、俺には無用の長物だがセシリアには相性が良いものがいくつかあった。

 魔法がかかるとくらい下水道通路の中でセシリアの上半身がぼんやりと光り、セシリアは両腕の握力を確かめるようにしてから、この下水道の先──貴族区へ続くルートを塞ぐ鉄柵に手をかけた。金属がひしゃげていく音がして、セシリアの剛力に負けた鉄柵はぐにゃりと道をあけ、かろうじて俺たちが通れるだけの大きさの抜け穴になった。魔石が効かない俺にはできない芸当に俺は称賛を送った。


「さすがウンガ、すごい」

「ウンガって、いうな!」


 セシリアは両肩で息をしながら俺を射殺しそうな眼差しで睨みつけたが、それ以上に疲労が激しかったのだろう、それ以上の会話がなく俺たちは先を急ぐことにした。



 ケルドラの下水道は側道があって歩く分には問題ない、多少の汚れは貧民区の孤児院で暮らしていた俺には何ということはないが、そろそろセシリアの状態が気になってきたので俺たちは手近な点検口から地上へ出ることにした。どんな設備も定期的な点検や問題発生時の調査が必要なので、地上部のマンホールに続く鉄梯子があって、俺はそれをのぼって地上の状況を確かめてからセシリアを引き上げて貴族区へ侵入した。

 王城から見て左手から時計回りに番号が振られている警備隊と同様、6つある騎士団も左手から順番に番号があって、そうすると第六騎士団は最も右側、ケルドラ王都の西側にそれが位置している。俺たちはそれぞれの騎士団の警備網の目を掻い潜り、無事第六騎士団の隊舎まで辿り着いた。


「なんかうまく行きすぎているな」

「いいじゃない、このままタキちゃんたちを救出しましょう」

『そう簡単にいかないと思いますよ』


 その時、俺は左手首に、セシリアはハーフアップの留め具につけている通信用の魔道具から、半ば呆れたような声がしてきた、キースだ。俺たちは物陰に身を潜め小声で通話を開始した。外周区では通話ができなかったし、下水道でも遮蔽物が多すぎて通話に応答がなかったが、今こうして通話できるということは距離があっても直線で遮蔽物がないか、近くの建物にキースがいるということだ。


「いまどこだ」

『こちらはそちらを目視しています、さてどこでしょうか当ててみてくださいよ』

「おふざけはいいわ、どうするの」

『お前とあんたには囮になってもらいます、1時間ほど時間を稼いでくださいよ』

「じゃあ貴様は何をするんだ」

「貴様ね了解」

『私たちへの嫌疑を第六騎士団に拭いつけます、責任転嫁ですよ』

「貴様のやり口に乗れってことか」

「あんた今ので貴様の意図がわかったの?」

『どうせ碌なことじゃないだろうという意味でしょうよ』

「1時間だな、わかった」

「はいはい2対1で囮に決定ね」


 セシリアもだいぶ俺たちのやり方に染まってきたようだ、今までは遠ざけるための準備をどうするか考えていたが、いざ仲間として認めようとなったら心強いと感じる。いずれもう1つの秘密も白状しなければいけないが、今はまだその時ではないと考えよう、先にやるべきことがある。


「俺とお前で捕まらないように隊舎を引っ掻き回す」

「戦闘ありでオーケー?」

「むしろお前にそれを頼みたい、俺は万全でないから最後まで温存の方向で」

「対騎士だから白の冒険者相手のつもりで、全力で行くわ」

「殺すんじゃないぞ?」

「冗談でしょ、赤き旗の盗賊団は殺しはなしなんでしょ」

『そうです私たちはあくまでも義賊です、悪しきを糾す義賊ですよ』

「貴様がいちばん腹黒いだろ」

「あんた、初手どうするの?」

「そりゃもちろん」


 それから俺とセシリアは屋根の上と隊舎の馬小屋の二手に分かれて、火を放った。そして俺は屋根の上からこう叫んだ。


「赤き旗の盗賊団がラッセル!お前らの悪事を暴きにきたぞ!」


 この時点で悪事を働いているのは俺の方なんだけどな。

 


 第六騎士団の隊舎の4箇所からほぼ同時に火の手が上がりました、ラッセルとセシリアが油壺をまいて付けた火の手は、見た目だけは大きな火となり、まさかの敵襲に騎士団の警備体制が手薄になりました。

 私は既に黒衣の姿で闇に潜んでいたので、慌ただしく出入りする騎士団員の隙をついて隊舎の中に忍び込みます。隠形はお手の物です、屋根瓦職人のホロンから提供を受けた隊舎の図面は既に頭に叩き込んでありますので、私は隊舎の窓から見える火の手と喧騒を他所に、迷わず隊長室へと向かいます。ホロン曰く隊長室の屋根瓦が図面で見たより多く必要になったから、図面と違う部屋か何かがあるはずだということでした。こういう協力者は大事にしなければいけませんね、裏で手助けしてくれるというのは本当にありがたいものです。


「あとはラッセルがもっと表に出てくれればいいのに」


 私は走り去る騎士団員をやり過ごしてから小声で不満を口にしながら、さらに隊長室を目指します。

 赤き旗の盗賊団は単なる義賊で終わらせるつもりはありません、義賊は足掛かりでもっと大きなことをするのに、世間にひとつの変革をもたらすのに必要な組織です。今はまだ私たち数名と、それに助けられたことを恩義と感じている数百名の協力者という小さな集団でしかありませんが、いずれはしっかりとした組織にするつもりです。そのためには絶対的なシンボル、偶像が必要なのです、それがラッセルであると私は期待しています。少年なのに何年たっても変わらないその姿、私欲ではなく人助けをしようとするその姿勢、何の因果か三英雄や大司教ひいては悪魔ともつながりがある奇特な運命、いつ魔族化するかわからない危うさ、そういった偶像に必要な要素を彼は兼ね備えています。


「それを今回の件で、しっかり形にできればいいのですよ」


 どんな手を使ってもいいから今回の件を丸く収める、それができたら大司教のお墨付きをもらえるとなった以上、私も何でもしなければいけません。既に自分を売って単眼姫から買った情報は、あとは証拠を揃えれば有罪として問題化することが可能です。それを求めて私は隊長室の前まで来ました、中の様子を確認するに誰もいません、ラッセルたちが表で騒ぎを起こしている今この時がチャンスと、私は隊長室の中に踏み込みました。

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