第45話

 団長室といっても貴族騎士団のそれです、暗闇の中でも豪奢な調度品は光り輝いているように見えます。金色は好きな色ではありますが、調度品にかけるくらいなら金貨のまま持っていたというのは私の個人的な趣味の話です、私はあたりをざっと見回します。

 中央に隊長の机、その前にソファと小机、左には甲冑や本棚、右には壺やトロフィーのようなもの、私はまず本棚の方から調べることにしました。定番の隠し部屋ならこういう本棚がスライドして奥に小部屋が出てくるものですからね、家具が擦った跡やギミックがないかを調べます。本来こういう技能は盗賊シーフ狩人レンジャーが持っているものですが、私もそれなりに経験があるので見当さえつけば何とかできます。程なくして予感は的中、甲冑にスイッチがありそれを動かすことで本棚が少しずれる仕掛けを見破りました。


「この中にあるといいのですが、さて調べますか」


 隊舎の外では先ほどからずっと喧騒が続いています。ラッセルとセシリアが絶妙なチームワークで騎士団を翻弄しているようです。しかしどんな猛者でも1時間を連続して全力で戦い抜けるわけもないので、私はできるだけはやく重要な証拠を見つけ出そうと探索を開始します。これが終わるまで、捕まらないでくださいよ。



 俺は後ろに宙返りしながらマキビシを撒いた、運悪く装備不十分で駆り出された騎士団員はそれを踏んでしまい転んでさらにマキビシの餌食になる。そうするとその周囲が穴になるし、それを助けに入る仲間がいれば人手がさらに減ることになるので目論み通りだ。

 続けて左手に仕込んだワイヤーを引き出して、襲いかかってくる騎士団員の頭から輪を潜して右側に大きくステップを刻んで攻撃を躱す。躱した先にも騎士がいて、俺はそいつに正面から向かうようにして走り込むと、大きく開いた両足の間を猫のように潜り抜けていく。ついでにその騎士にさっきのワイヤーをフックで絡めつけて、2人の騎士団員を混乱状態に陥れる、そりゃあそうだこの暗い中でワイヤーが見えるわけもなく、かたや首がしまってもう片方は足が引っ張られるんだから。

 すぐさま次の騎士が襲いかかってくるが、今度は後ろにステップを刻んで背にした壁伝いに駆け上って高台に位置を取ってセシリアの様子を見る。


「あんた助けなさいよ!」


 見ればセシリアは4人の騎士団員に取り囲まれ、盾を前面に出され押しつぶされそうになっている形だった。俺は素早く右腰に仕込んでいる煙幕弾をふたつそこに投げ込んで騎士団員の目を塞ぐ。瞬時に立ち上る白煙、多少のむせこむ声が聞こえるがセシリアは口元を黒い布で覆っているから大丈夫だろう。


拘束魔法バインドパンチ!」


 煙幕の中で少しぼやっとした光が見えた瞬間その声は聞こえた、魔石の発動には自分の魔力を送り込めばいいだけのはずだがセシリアは技名として叫ばなければいけないんだろうか、不思議だ。その声とともに4人の騎士団員の一角が拘束され、陣形が崩れるや否や、セシリアは包囲網を抜けて残り3人を同じように拘束しつつ無力化していった。意外とこれえげつないぞ、ぶん殴られて苦悶しているのに動けなくさせられるってのは、考えただけで恐ろしい。使う魔石によっては面白い戦い方ができそうだ。


「あんた!後ろ!」


 わかってますよ、高台に位置をとったところで多勢に無勢、次から次へと騎士団員が湧いて出てくるのを躱しつつ、時折斬り結びつつ、俺は騎士団員たちを隊舎の広場に引き付けていった。しかし5人、10人と相手をするまでは良かったが、それが15人、20人と増えてきたところで流石に俺たちも逃げの一手しか取れなくなってきた時、そいつは現れた。



 マクギリアスの騎士団が第六であるには理由がある、騎士団はその戦力から順番に第一以降の順番が振られていて、つまり戦力だけで考えればマクギリアス騎士団とも呼べる第六は実戦での貢献が最も少ない騎士団だ。裏を返せばマクギリアスの騎士団は戦力で劣る部分を他の力で補っている、政治力だ。貴族としての地位やコネクションを使うことで、戦地に赴かずとも功績を得る特殊な騎士団だ。

 だから今こうやって戦力としての撹乱を受けて右往左往させられているのは俺が優れているわけではなく、騎士団としての戦力が劣っているからに他ならないし、俺もそれを込みで約1時間の撹乱を請け負った。

 だがしかし、騎士団長までもがそれに倣っているかというとそうではない。


「何をしているか!総員一度退き円形で取り囲め!魔法騎士は2階窓から狙撃待機!」


 騎士団長ファーレン・マクギリアス、いろいろと黒い噂がある貴族騎士だ、実家であるマクギリアス家は12貴族、今は11貴族だが、その中でも最も影響力が高い貴族のひとつである。失脚したイーリス領主の後釜に入りいま2つの領地運営を任されているのもこのマクギリアス家だ。その男の一喝で騎士団員は統制を取り戻し乱戦から抜け出した、こうなると弱いのはこちら側の方だ。隊舎と外をつなぐ大きな門が閉じられ、外からの増援がこないかわりに俺たちが逃げる道は閉ざされた。


「貴様らが赤き旗の盗賊団か、まだ子供ではないか」


 そいつは隊舎の大扉から現れた、長い金髪、長身で190cm以上はありそうだ、それだけで既に嫌だ。騎士団の鎧を純白に塗り上げた目立つ姿で、抜身の剣を地面に突き立てその柄尻に両手を乗せ、仁王立ちをしていた。いかにも貴族、汚れひとつないその純白の鎧は腹黒さを覆い隠すためのものだろうか、そういえばキースも白い司祭服で腹黒さを隠しているからきっとそうなのだろうなどと考えながら、俺は次の一手を探った。


「騎士団長ファーレン・マクギリアスとお見受けする、無関係の民を解放しにきた」

「白々しいぞ子供、女と獣人はお前の関係者であろうよ」

「獣人は仕事で助けたことがあるだけの関係だ」

「カーム砦で目撃されていてもなお言うか」

「ありゃ恩を返してもらっただけだ、堅いこというなよ」

「これを見ても無関係と言えるのか?」


 ファーレン・マクギリアスが顎で控えの騎士に合図をすると、2人の騎士に引きずられるようにして1人の女が連れてこられた、タキだ。そして騎士の1人が、光球魔法ライトでタキを照らし出した。


「鞭打ちをしたのか────」


 激昂しそうになった俺を、セシリアが片手を上げて制止した。タキの普段着は袖のないトップスとショートパンツが多い、だから皮膚が出ている面積が広く、その手足のあちこちに鞭で打たれたあとが明確に見て取れた。制止されてなお怒りで目の前が震えて見える、俺は首元から鼻先まで伸ばした黒い布に隠された唇を噛みながら、耐えた。

 落ち着け俺、考えろ、考えろ、考えろ、今すべきは何だ。


「貴族が無関係の民を拷問とは、マクギリアスの名が泣くぞ」

「盗賊風情に心配されるまでもない、表沙汰にならないのだからな」

「俺たちが攻め込んできた事実、なかったことにはできないだろうが」

「仲間を助けにきた火付け盗賊を一網打尽にした、それが事実になるな」

「前々から腐っているとは思っていたが、本物だなあんた」

「何のことだ、盗賊?」


 俺は時間稼ぎとばかりにカマをかけてみた。アムネリスが前に言っていたことを思い出してみた、第三警備隊に対する第六騎士団からの嫌がらせ、それはなぜだ?

 

「俺たちが捕まえた犯人たちの事情聴取、どうも怪しいんだよ」

「ほう?」

「聴取、第一警備隊に回させた分があるんじゃないかと思ってな」

「そうか」

「お前につながる事件、その尋問は弟フォーン・マクギリアスのいる警備隊に回させたとかしてないか?」

「色々と知恵が回るようだな、子供」

「ありがとう、と言っておくぜ」


 証拠はないがこれは核心をついたなと思った瞬間だった、ファーレン・マクギリアスが剣を握り直し吊し上げられたタキに突きつけた。剣の切っ先はタキのこめかみに突きつけられ、続けてこう言った。


「この女の顔に、さらに傷をつけてやろうか?」


 俺の全身に泡立つ感覚が来た、マクギリアス、貴族、行列、タキの頭部の刀疵────


「お前、あの時の行列の!」


 20年前の因縁がここに現れ、俺は思わずタキとの関係を認めてしまった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る