第7話

 バリケードで塞いだ正面入り口が、窓が、外と内を隔てる壁が唸り声と共に、前後左右全てから何かで強く叩かれる音で揺れ響きセシリアが悲鳴を上げる。意識が音や声に持っていかれた隙をついて天窓や割れたステンドグラスの隙間から無数の蝙蝠が飛び込もうとして────その半数が燃え上がった。


「十字に結んだワイヤーは聖水付きだ、飛ばれるのは厄介だから窓に罠を張らせてもらったよ!」

「ほらねセシリア、常に状況を考えていれば相手に気取られず罠を仕掛けたり先手を取れるのですよ」

「なんですかそれ!教会をバリケードにして夜を凌ぐんじゃなかったんですか!?」

「そんなエセ神父の言うこと信じてたらいくつ身体があっても足りねえよ!」


 俺はセシリアを無視して屋根の梁に飛び上がる、天窓のワイヤーを避けて侵入してきた蝙蝠が群れを組み直している内にベルトから小さな火打ち油筒を取り出し、梁に垂らしておいた油に着火した。梁に溜まった埃も合間って勢いよく火の手が走る。

 俺が飛び降りた時には屋根を支えるための梁は一気に炎の格子になり、行き場を失った蝙蝠の殆どが火に巻かれて散り散りに逃げるか焼け落ちることしかできなかった。


「さあラッセル、次の行動をどうするかですよ」

「教会を発破し状況を崩せ!領主館には森を通って俺が先導、着き次第その先はセシリアの案内で地下に突入、敵の体勢が整う前にサバトを急襲する、時間勝負だ!!」

「ちょっとあんた、何する気!?」


 仕事の時はできるだけ顔と名前や手の内を明かさないようにしているが今回は避けようがない、事が片付いた後にキースの魔法でセシリアの記憶を操作させると決断した俺は、第一に魔神像の破壊、第二に領主の後ろにいるであろう魔族の殺害もしくは撃退、第三を領主の捕縛に定めた。

 何らかの方法で操られている領民たちは単純な解呪魔法ディスペルで解放できなかった、既に死んでいる可能性の方が高い、最悪は教会から有害認定され処分対象となる。今は従者の真似を続けている場合でも、多少の人的被害を心配するタイミングではないし、最悪の想定を第三者であるセシリアの前で話すのはもってのほかだ。

 しかし今は時間が惜しい、俺は事態の急変に呆けているセシリアのバンテージを巻いた、あんな馬鹿力を出せるのが不識なほどの細い手を掴み、キースの側に走り寄った。


「やれ、キース!」

「わかりました、いきますよ!」

「セシリア、耳を塞いで目と鼻と口をふさいで息を止めとけ!」

「何する気、手が足りないわよっ?!」


 キースは右手に持った司祭杖を水平に大きく円を描くように振って回した、その軌跡を追いかけるように緑色の魔力が光の輪をつくり渦巻き始める。渦風魔法ボルテックスだ、並の魔法使いならひとつ渦を作るだけでやっとだがキースは並ではない。ひとつ目の渦よりも徐々に小さく、最初の渦巻く輪の上にさらに3段作り上げると、司祭杖を真っ直ぐ天に向けて魔力の輪の中心を突き上げた。


「弾けよ」

 

 輪が光ると周囲の空気を一気に吸い込み天井や梁を燃やしていた火の勢いがふっと消えそうになる。瞬きする程度の短い間を置いて圧縮された空気が外側に破裂する衝撃でセシリアが小さく悲鳴を上げる。

 頭上の小さい円が渦巻き教会の屋根を貫き吹き飛ばす、次の円が残っていた蝙蝠と屋根の全てを砕き、三つ目の円が荒れ狂う風で壁の高い部分を崩した。最初に作った水平に渦巻く円がこれら全ての瓦礫を絡め取って、俺たちを中心に大きな爆発を起こしたかのように教会に詰め寄っていた領民もろとも大きく吹き飛ばした。


「く、くる、しいっ!」

「え、あ、ごめん!?」


 この女、驚いた拍子に俺を抱え込みやがった。身長差があるから首を抱き絞めやがったんだ、こんな怪力でやられたら首の骨が折れるぞ。


「このウンガ女!死ぬわ!!」

「謝ったでしょ!何そのウンガって、褒め言葉じゃなかったの!?」

「ラッセルの説明は本当です、ただ身の丈3メートルの真っ黒な体毛の筋骨隆々な獣で、ウンガはおおよそ女性の褒め言葉に使われることはない、凶暴で大きなお猿さんですよ」


 このエセ神父、普段は俺に「人には知らない方がいいこともあるんですよ」とか言う奴がしれっとバラしやがった。俺に噛みつきそうな勢いで文句をつけるセシリアを他所目にキースは続けて呟いた。


「そうそう、先日ラッセルが捕まえた黒の冒険者、あの「岩砕きのランドルフ」がウンガみたいな不細工な顔と姿でしたよ」


 その一言を聞いてセシリアが驚いた顔で動きを止め、俺の顔を見下ろした。身長差があるとこうなるから背の高い女は嫌いだ、そしてこの嘘つき神父は何のつもりなんだ。


「その事件ってまさか、赤き旗の────盗賊団?」


 このエセ神父、俺に「人には知らない方がいいこともあるんですよ」とか言うくせに、何を思ったかしれっとバラしやがった。



 俺たちは教会を吹き飛ばし襲撃者を一掃した勢いのまま、少し山よりの高台にある領主館へ向かうべく、整備された道ではなくその横を流れる川辺を走っていた。セシリアも冒険者並の体力がありそうだし俺については言わずもがなだが、普段教会と娼館を行き来するくらいしかしていないキースが白い豪奢な法衣のまま涼しい顔で早駆けしている姿は、何度か見たことはあるがいつも不思議で仕方ない。


「神父様、これからどうするんですか!?」

「セシリアに正体を教えたのはこの状況打破に協力してもらうためです、ラッセルもあなたを戦力として数えられれば選択肢が増えるのですよ」


 川沿いを走りながらセシリアがキースに問いかけた。キースは途中まで説明すると俺を指差し、聞くならそちらへどうぞと促す。下準備を仕込めない仕事になってしまった以上ここにあるもの全てを有効活用しなければいけない、セシリアの僧兵としての戦力を使わない手はない。赤き旗の盗賊団の仕事はキースが選んで持ってくる、作戦と実働は俺がやる、キースは実働サポートが役割分担なので奴は基本的に俺に作戦を考えさせるのだ。


「敵を吸血鬼の類いと想定したから念のため流水を盾に接近するんだよ、眷族の蝙蝠は殆ど始末できたけど人狼まで飼っていたら面倒だから水で足跡を消したいし、余計な戦闘は避けたい、お前には地下への案内をしてもらうぞ!」

「それなら、秘密の脱出路があるからそこから逆に中へ入れるわ!」


 殆どの領主館には籠城用のシェルターや脱出用経路が設置されているし、この領主館の脱出路は昔のものを知っているが、却下だ。


「セシリアお前、魔神像もって逃げる時そこ使ったろ、だから街道のあんな所に出たんだ、敵に通路の存在がバレている以上は封鎖や待ち伏せがあり得る、裏門から突入する!」

「そんなことまで想像がつくなんて、あんた本当にあの赤き旗の盗賊団の一員なのね────」


 驚くセシリアを横目に俺はこう思う、一員って二人しか居ないよ。あと想像じゃなくて経験だ、俺は前に一度その脱出路を使ったことがある。


「あんたがいる盗賊団って噂じゃここ数年は義賊やってて、東洋の刀使い、隻眼で美形の盗賊、長身の魔剣士、妖艶な女忍者、ホビットの3兄弟とか、色んなメンバーがたくさん居るんでしょ?今まで助けられた人たちが数百人以上いるって聞いたわ!」

「へ?」


 今そんな内容の噂になってるのか?

 俺も新聞屋が盛った赤き旗の盗賊団の話で、やれ獣人の戦士だ、ダークエルフの女だ、身軽なドワーフだ、果ては滅んだ国の皇子だとかいう噂を耳にしたことはある、いやいや鉱人は封印島に籠って出てこないだろうよ。そういうのを聞くのが嫌で新聞屋を避けるようになったんだ。俺の姿を見られてしまう救出などの仕事の時はキースが魔法で対象者の記憶を操作することにしている、しかし変な噂を流すとは聞いていない。どうやったらそこまで尾鰭がついた噂になるんだよ、俺は走りながらキースを睨みつけた。

 そしてこの女、悪気を含んでいない純粋な目を俺に向けて余計なことを言いやがる。


「驚いたわ、あんたみたいな小さい子供までいるって噂は、聞いたことなかったもの」

「好きで小さいんじゃねえよ!そろそろ館の鉄柵があるから少し黙ってろ!」

 

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