第6話

 俺たちに無反応な関所の駐屯兵を横目に、警戒を怠らず歩みを進める。

 既に夜で暗い時間帯、セスを連れて3人でケルドラに戻るという選択肢は無くなっていた。魔神像を奪い去った何らかの魔族が日光を嫌う類いなら、夜は奴らに有利な時間だから俺たちを見逃すはずもない。明日の朝には別の街道馬車が行き来を始めるから、この異常は明日以降いずれケルドラの警備隊にも感知される。異常が始まったのは1週間前だと仮定して、教会側は何らかの察知をしていたがここまでの状況は想定していなかった、ここ1〜2日で急激に状況が悪化した。そう考えれば今日この夜をどう切り抜けるかが最優先だ、防衛拠点としてサード区内の教会や頑丈な作りの建物の確保が必要と判断し、俺たちは関所から少し先にある街中を目指した。

 夜中でも街道の両脇には定間隔で魔石の灯りが灯っている、普段ならそれで十分な光量だがキースはあえて光球魔法ライトを自分の数メートル先に灯し俺たちを先導するように歩きながら話した。先の道へ促す、いや安心感の演出か。


「セス、あなたを呼び戻したお父様なら私たちを匿ってくれますでしょうか、それが難しいなら街中の教会を当たりますよ?」

「その、はい、あたしの父は難しいと思います、すみません」


 セスはやたら歯切れが悪く、街道沿いに点在し始めた民家の窓の灯りが気になるようでキョロキョロしている。警戒しているというよりか怯えている、闇夜に潜む人の姿で疑心暗鬼になっているのだろう、キースもそれを察したから灯りをつけたが闇は怖い、俺たちは足取りを早めた。


「まずは教会に陣取ってバリケードを築きましょう、そうしたらセス、言い淀んでいることを私たちに教えてくださいよ」


 ひとつの街には必ずひとつの教会がある、国教が三神教なのでこれはケルドラの決まり事だ。

 この街にある教会は街の中央広場へ面したところにあり、そこには街道馬車の駅、旅人用の宿、それに伴う食事屋や駐屯兵の詰所など、街の主だった機能がある。領地の中には幾つかの街や村が存在するが、基本的には街道を繋ぐ拠点として同じような作りになっているのだ。


「あらら、どうやらよっぽど教会に恨みがあるんですね、ここまで派手に壊してくれていますよ」


 目の前の教会は上から順に、十字架が折られ地面に落ちている、軒下の三神教のマークが割られている、正面にある重い両扉は剥ぎ取られ入口を塞ぐようになっている。旅の中継地点として人が集まっているはずの宿や食事屋も、どこもかしこも扉を締め雨戸も硬く閉ざして、姿は見えないけど人の気配があるという不気味な雰囲気を醸し出していた。


「神父サマ、埒が明かないからまず瓦礫を片付けよう」

「あたしもやるわ、あんたはどいて」


 俺が教会の入り口を塞ぐ瓦礫を除けようとしたら、セスが片手で重い扉を持ち上げ片足で瓦礫を払い、あっという間に人が出入りできるようにした。扉は壁に立てかけられ、人ひとりが出入りできるようになった。俺たちが教会に足を踏み入れると、こちらも中々に荒らされている。キースが壁の魔石に魔力を注ぎ灯りを確保している間に、セスは信者用の長椅子を軽々と持ち上げ正面玄関や窓の付近に積み上げて侵入を防ぐバリケードを作った。


「うわぁ、ウンガみたいだ」

「なにそれ、何かの例え?」

「あー、うん、亜熱帯地方の昔話に出てくる森の賢者と言われる神聖な動物のことだよ、力強いらしい」

「ふーん?あんた意外と物知りね、ちょっと複雑だけど褒め言葉だと思っておくわ」


 思わず口をついた言葉を知識でフォローした、嘘は言っていないしセスも納得しているし、知識をいかに用いるかが教養なのだから俺は間違っていない。ウンガの正体を知らないセスを横目に、俺は割られたステンドグラスや天窓はどうすることもできないとはいえ割れたガラスを落とす程度はしておこうと、屋根を支える梁に飛び乗って上の片付けをしておいた。


「さて、これで安心できると思います、セスには色々話してもらいますよ」

「はい神父様、突然父に呼び戻されたのも何もかも、話したことは全て本当なのですが────あたしの名前はセス、いえ、セシリア・イーリスと申します」


 ちょっと待て、この筋力おばけ女、今なんて言った?

 梁から降りたあとで良かった、急激に思い返される過去の苦しさに目眩を感じて俺は手近にあった長椅子へ片手をついて身体を支えるのが精一杯だった。吐き出しそうになるのを堪えながら、残った片手で自分の顔面を強く掴む。動揺を気づかれるな、息を整えろ、落ち着け、まず長椅子に腰掛けて休んでいるように振る舞え。平衡感覚を失う前に座ることができた俺は、深く俯きながら耳に入ってきた言葉を反芻する。

 セシリア・イーリス。

 12貴族のひとつ、清貧を旨とするイーリス領主、その娘だった。名領主として有名な父親、10年前事件に巻き込まれて死んだ母親、セシリアという娘がいることも分かっていた。だがその娘が親元を離れて修道院に入れられたこと、僧兵まがいのことをしているなど、全く知らなかった。言われてみれば、この髪の色、ハーフアップの髪型、あと頭の後ろで髪を結っている赤い紐は昔と変わっていない。

 顔を覆う手指の隙間からキースを見る、俺のことをちらりと見て口元を少しだけ上にした。こいつ、領主絡みでその娘まで関係していることをわかった上で、俺に言わなかったのだと確信した。


「仕事は仕事です、内容はきっちり聞くこと、そう教え込みましたし、そうしない時に限って意図していない事態に陥るのですよ」


 こいつは先日こうも言った「もっと大きな仕事をしてみたい欲があってもいい頃合いですよ」と。全て計算づくか、いや調べていなかった俺が悪いのだ、関わり合いになりたくなければ常に接点がないように調べていればよかったのだから、俺の怠慢だ。

 冷静になれ、俺が気付いてもセシリアは何も気付いていない、キースも言う気はないようだ。ならば今の俺は神父の下男としてここにいる15歳の少年、それだけだ。俺はスイッチを切り替えるように、キースのように心に仮面をつけ、自分の顔面から手を話して頭を切り替えることにした。



「父から急病で臥せっていると便りが届いたんです、それで慌てて帰省の手続きを取って、父が領主をしているこの領に来たのですが見ての通り街中がこの通り異様な雰囲気で────父に会っても臥せっているような様子もなく、でも病み上がりのように顔色は青いし、話しても要領を得なくて少し様子を見ていたんです」


 キースは壊し倒された説教台に腰掛け、その向かいの長椅子にセシリアが座り、俺はその長椅子に、セシリアに背中を向けるように座って話を聞いていた。


「まずは一晩ゆっくりしてから父に改めて話を聞こうと思ったら、深夜になって領主館にどんどん人が集まってきて────領主館の地下でサバトが行われていたんです」


 サバト、悪魔崇拝者が行う集会の総称だ。最初、領内の森の奥深くに隠されていた建造物と言っていたのは嘘だったか、流石に領主館と言えば自分の正体も気付かれると思ってのことだったのだろう。

 そのサバトというのは崇拝者を集めるためや、私刑をする、何らかの儀式を行い魔術を行使したり場合によっては悪魔を呼び出そうと生贄の犠牲を出したりと、迷惑な集会の総称だ。俺も小規模なものなら仕事で潰したことはあるが、セシリアの話を聞く限りはそれどころじゃない本格的なサバトのようだった。


「父が悪魔崇拝をしていたような素振りはなかったんです、去年まで神聖区に住んでいましたし」


 貴族は領地運営を10年間、それを2度行ってから神聖区に戻り10年の休暇を過ごす、そのサイクルを繰り返すことになっている。これはケルドラ特有の制度で他国の貴族と一線を画しているらしい、元々が邪神大戦で活躍した冒険者の子孫だからか、他の国の貴族より領地領土に対する執着が少ないので可能な方法だとキースに教えられた。何事もひと所に長く留まると水が澱むかのように癒着や問題が生じてくる、それを回避するための10年区切りだから、領地に移ってすぐサバトができるくらいの状況が作れたかと考えると腑に落ちない点が出てくる。眷族を使役する、1人や2人の支配や傀儡化ではなく近辺一体を支配領域として多くの領民を操ることが出来る何かが、絡んでいる。


「あれは死者蘇生の儀式、だと思います」


 三神教で特殊な洗礼を受けた者が一定条件下で蘇生される事例はキースから聞いたことがある。しかし悪魔崇拝において蘇生というのは、死者の姿形を模した悪魔や死体に取り憑く悪霊を召喚するまやかしという噂だ、少なくとも実際に死者が生き返ったという事例は記録で見たことがない。


「父は────あたしが幼い頃に死んだ母を、生き返らせようとしていると思います」


 俺はキースと目くばせをした、魔物ではない、これは魔族が絡む事案だ。

 人族に対して魔族、人の形をしてなお魔物よりも高い魔力を秘めていて、人族と敵対している。人族は主に只人、森人、鉱人で構成され、特に只人はその数が多い。だが魔族は数そのものが少なく、只人のような外見でありながら角や翼を持っていて、中には人族から大きくかけ離れた外見をしている魔族もいるという。

 その上が、神に対して悪魔。俺たちよりも上位の存在として神話や御伽噺に出てくる神と悪魔、数百年前に封印されたという邪神クリュードは悪魔の最上位に君臨していた魔神だという。


「忍びこんだ時に聞いたんです、生贄に────娘、あたしを捧げると」


 それでセシリアは儀式を阻止するため夜が明けるのを待って昼間に魔神像を奪取して、ケルドラ王都まで逃げようとするも追われて、現在に至る。

 キースは目を伏せた、俺は天井を仰ぎみた。相手がわからない、対応する道具や準備もない、考えうる最悪の事態になっている。なら分かる範囲から考えよう、まずはこの状況を作った相手を「敵」として予想する。俺は頭を振り戻す反動で長椅子から立ち上がって、目を閉じながら言葉を吐き出していく。


「敵は長くてもここ1年以内で領主や領民を支配してサバトを行わせている、短けりゃ1ヶ月だろう、領主と領主館からこの付近一体は軒並みその支配領域下に置かれている、一度保護した領民の記憶の有無を考えるとこの1週間で急速に状況が悪い方に進んだ、日光を避けた眷族から見て吸血鬼かそれに近しい能力を持った魔族が関与していると考えるのが妥当、その場合は過去の事例に基づくと既に数十人から百人程度の人族が犠牲になっている、もしくはそれ以上と見てもいい」

「ではラッセル、セシリアが呼ばれたのを一昨日の話として、今の私たちの状況について説明をお願いしますよ」

「予想外の生贄の抵抗、魔神像の魔力が何割か削られたであろう事故、新たな魔素の回収とできるだけ早い儀式の再開、今度は確実に生贄を確保すること、街道馬車が襲われたことは多少のカモフラージュが出来たとしても、教会の司祭が来た以上は一刻の猶予も許されない、敵は持っている手駒の殆どを投入しようと考える、なおこの女を囮にした策の可能性は状況から見てゼロに近い、かな」

「いいんじゃないでしょうかね、及第点ですよ」

「神父様?どうしてこの子にそんなことを聞いているんですか?」

「訓練の一環です、思考訓練ですよ、いざという時とても役に立つんですよ」


 セシリアが怪訝な顔をしながらキースの顔を覗き込む。俺は首元の黒い布を引き上げ鼻の上までかけてから、片手を背中に隠してある片刃剣の柄にかけ、両目を強く見開いた。


「生贄の娘がさ、魔神像の魔力の足しになりそうな司祭を連れ戻って檻に閉じ籠ったんだ、これを好機と狙わない手はないってことさ!」

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