第5話

 話を要約するとこうだった。

 俺たちと彼らでは日付に1週間ほどの認識差がある、その頃に傀儡化されたのだろう。怪我や空腹の様子はない、通常の生活を送って安全な状況下にいたことが推測される。自分たちが追いかけていた彼女のことを覚えておらず、目の前の司祭の付き人かと思っているようで、有益な情報は覚えていなさそうだ。

 俺はこのまま街道を街に向かって進みながら、その道中で魔神像を抱えていた彼女からキースに話を聞き出させる方針にして、領民の男たちと共に定間隔で仄かな灯りを点けている街道を歩き始めた。幸い男同士は顔見知りらしく、道を先導させることで俺たちと少しの距離をとらせることができた。

 先程の騒動が起きた場を離れてからずっと視界の端を数匹の蝙蝠が飛んでいるが、俺たちを監視しているだけのようなので敢えて手は出さない。魔神像を奪い去って行った何者かに使役された蝙蝠なのだろうと仮定している。


「では改めて、三神教の司祭キースです、こちらはラッセル、私の下男ですよ」

「あたしは、いえ私はセ────セスです、修道院の者です」

「おや、僧兵服を身につけているので私てっきりそちらの所属かと思っておりましたよ」

「ええ、修道の勤めより修行で体を動かす方があたしの性分にあってて、いえ私のです私」


 セスと名乗った女は歳の頃は15~16歳か、修道院にいるわりには言葉遣いが荒い。普段から神聖区にいないとはいえキースは司祭だ、司祭相手にそういう言葉遣いしかできないなら修道院で基本からやり直した方がいいぞ。まさかだが修道院で手に負えず追い出されて僧兵と一緒に修練をしているとかいうなら、見た目が可愛かろうが何らかの問題児であることは間違いない。そして身長165cmといったところか、俺にかかれば目測ですぐ分かるんだ、俺より背の高い女は可愛かろうが嫌いだ。

 彼女は魔神像を包んでいた布を折り畳み、最初に羽織っていた長衣で何度も巻いて紐で固く縛って手にいた。そのおかげで今は彼女の姿形がよく分かる、袖なしのインナーに膝上までのぴったりとしたパンツ、それに僧兵であることを意味する黒い三角のだんだら模様がついた長方形の布を頭をくぐして前後に垂らし、腹の位置を黒い帯で縛っている。拳も白いバンテージで縛り上げているから、白と黒を基調とした服装に彼女の髪の色が映える。

 この髪型は確かハーフアップといったか、こういう知識もキースから教えられている。女性を褒める時に髪型や服装、身につけるアクセサリー類の小さな特徴の把握はとても大事なのだそうだ。彼女の明るい栗色の髪の毛は頭の後ろで赤い紐がワンポイントになって結ばれている。

 手脚の太さから見ると大人の男性を軽々と持ち上げる筋力には見えないが、僧兵の本部があるケルドラ神聖区に満ちている魔素を考えれば、彼女が見た目にそぐわない筋力を秘めていたとしても不思議ではない。国営ダンジョンから漏れ出る魔素を防ぎ止めるのも、神聖区がそこにある理由なのだから。

 キースが何気ない話を振って彼女の気を落ち着けたからなのか、話の区切りで彼女の目が俺に向けられた。


「あなた、何さっきからジロジロ見てるの?」


 気付くとセスが俺を少し上から見下ろしていた。距離150cm、身長差16cm、となると仰角は約6度、いやそんな計算をしている場合ではない。


「あー、いや、僧兵にも女の人がいるんだなと思って」

「そう、でもいくら綺麗なお姉さんを前にしても、レディをジロジロみるものじゃないわ」

「あ、はい(あ?何言ってんだこの女)」

「あなたキース司祭様の下男なのよね、何歳?」

「15歳(キースの野郎、にやついてやがる)」

「私17歳だから2つ違いか、小さいのに教会でお仕事していて偉いわね」

「ち、小さい!?」

「私もあなたより小さい頃に人助けしたことがあるのよ、ところであなた────その格好、何してる人なの?」


 ふとした興味の問いかけに一瞬言葉が詰まった、それに気づいてキースが助け舟を出す。


「彼は私の下男ですが、こう見えて警戒や護衛に秀でた狩人レンジャーなんですよ」

「そうなんですね神父様、あなた小さいのにすごいのね」

「それ、小さいの関係ある?」


 盗賊じゃ神父との組み合わせがおかしいし、今はとりあえず狩人レンジャーで通しておこう。馬車に乗っていた時は上に長衣を羽織っていたが、今は革鎧を身につけ首元に燻んだ赤い布を巻きつけているいつもの姿だ。セスが神聖区にいるなら普段は目にしないような職業の格好だから気になるのも仕方ないか。


 

 歩き始めて暫くたってやっと気持ちが落ち着いてきたのか、セスは節目がちに静かになった。何かを話したいけど話出せない、そんな空気を漂わせている。俺とキースはそれに気付いて、頃合いかと思い歩きながら声をかけさせる。


「セス、あなたが抱えていたあの像のこと、何があったのか、そろそろ教えてくださいよ?」

「神父様────あたし父に呼ばれて領に戻ったんです、そしたら真夜中に魔神像を使った儀式が行われてるのを見つけて、ちょうど持たされていた加護布で包んで、像を取り上げて逃げたんです」


 話を聞くとこうだった。

 7歳の頃から修道院に入れられて親と離れて暮らしていたが、急に父親から呼び出されてイーリス領に向かった。最初は違和感を感じる程度だったが、夜な夜な人が集まる姿を見かけ調べたところ、領内の森の奥深くに隠されていた建造物の中で魔族崇拝のような儀式が行われていた。幾つもの手が重なったように見えるもの、動物か悪魔の角のように結晶化した深い紫色の魔石が、天に向かって幾重にも重なるように絡み合っている呪物が魔神像と呼ばれるものだ。一説には邪神クリュードの姿を模しているとも聞くが真偽は確かでなく、しかし膨大な魔素を秘めており、魔族の様々な儀式に用いられるそうだ。気味が悪いが人族の命を元に作られるという噂もある。

 真夜中は集まっている人間が多いので、セスは太陽が高い真昼に建造物へ侵入し、安置されていた像を持ち出したまではいいが、人間離れした脚力の追っ手を撒くことができず逃げ回ることになった。森の中を逃げ、ちょうど街道に出たところ俺たちと遭遇したということだ。


「人間なら通す私の対魔結界がセスの抱えていた魔神像と魔力反発した、これで爆発の理由がわかりましたよ」

「予想外すぎて対応しきれずスミマセンでしたね、神父サマ」

「いえいえ十分ですラッセル、偶然とはいえあの魔力反発で魔神像が蓄積した魔素の何割かは削れたと思いますし、突然の状況への対応としては結果オーライというやつですよ」

「すみませんでした神父様、加護布で包んでたといっても像から漏れ出た魔素で、使い魔か何かにも追跡されていたんだと思います、ひとりで何とかしようというのが勇足でした」

「てことは何?真昼から今まで半日ずっと森の中を全力で走ってたのか、体力おかしいでしょ?」

「あたしは朝から夜まで走り通しでもいけるわよ?」


 そうじゃない、この筋力馬鹿。

 僧兵の鍛えた体力ではなく、農民なのか商人なのか、いずれにしても普通の領民が森の中を逃げる体力おばけの僧兵を追い回すことができるのかって話だ。仮に他にも追手のグループがいて途中で交代していたのだとしても、呪われた状態で僧兵を追い回し、そしていま普通に俺たちの前を先導して歩いているとか、既に常軌を逸しているのが問題なのだ。

 ケルドラの王都と各領地は整備された街道で結ばれているが、その境目には必ず人工植樹され数百年経過し育った深い森が存在する。これも外敵の侵入を防ぐための自然の防壁で、大軍で侵攻するなら街道を利用するしかないし、森の中には数百年かけて魔素溜まりも出来ているので少なからず魔物も発生しているのだ。そこを半日も走り続けて平然としているセスは大概だが、キースの解呪ディスペルを受けても回復魔法ヒールは受けていないのに平然としている一般領民など、ありえない。

 俺とキースが抱いていた得体の知れない違和感は、歩いてくる間に明らかな警戒感に変わっていた。


「おかしいのはあの領民さん、だよ」

「そうですね、まもなく領内に入るのに彼らは私たちに何も声をかけてくれませんし────」


 キースが言い淀んで、闇夜の中に魔石の灯りでぼんやり浮かび上がっている領の関所を指差し、それをゆっくり街道の端に向けて動かした。


「────あれ、私たちが乗っていた馬車ですよ」


 関所の手前に街道馬車だったものが破壊され放り投げられていた。先導していたはずの男たちはセスの呼びかけも無視してそのまま関所を抜け領内に入っていく。俺は街道馬車の残骸を横目で見つつ状況を整理する。

 馬は首が無い、御者台や荷台には馬か人の血が飛び散っている、いや違うこれは────血で書かれた文字だ。


「ようこそ、だとよ、どうやら俺たちは歓迎されているようだな、神父サマ」

「では行きましょう、せっかくのご招待をお断りする理由もありませんよ」


 血文字に関所の灯りが反射しているからまだ乾いていない、街道馬車に預けた結界の魔石の効果は既に切れている時間、荷物と死体は見当たらない、セスを追っていた男たちも解呪ディスペルされていたはずなのに再び虚な人形のように街道を歩き去っていく。そして関所につめているであろう駐屯兵は目の前の惨劇になんの興味も示さず普通に佇んでいる。

 なるほど、既に死んでいたようなものならその異常な体力や解呪ディスペルが効かないことにも説明がつく。この一帯が既に死者か何かを操る領域を展開されているのだろう、魔神像の存在といい何らかの魔族が絡んでいるであろうことは確定だ、教会の仕事とはなるほど納得だ。

 異常を感じて血の気が引いているセスを横に、キースはいつも通りの細い目の笑みを顔に貼り付けている。この状況下で、夜の眷族や死者を操るような魔族絡みの案件で、落ち着いているキース。俺はキースが王都の外に派遣された理由がエイス区の教会監査などではないことを確信し、半目で睨みながらキースに小声で問いかけた。


「この事態を知っていた、俺に選択肢を与えないよう隠していたな?」

「ご明察、いつも何事も疑って常に考えなさいと教えているでしょう、でも流石にここまで悪化していたとは聞いていた以上でしたよ」

「どう悪化なんだ?」

「さっきの領民や衛兵、死んでこそいませんが殆ど死人のようなものなんですよ」


 こいつ、しれっと嘘をついてやがった。

 とんでもない危険な状況を俺に隠していたとは、こんな場所でよりによって魔族絡みの仕事とか。

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