第48話

 この日の夜遅く、第六騎士団の団長が第三警備隊に捕縛されるという歴史上類を見ない大事件が起こった。その立役者は、事件の直前までその第六騎士団から手配されていた『赤き旗の盗賊団』であり、その騒動の中で第三警備隊が事件の証拠を確保したということにされた。


「神殿公認の義賊ってなんなんだ、キース」

「今までの功績が認められた、特に今回の第六騎士団の汚職検挙が大きかったんですよ」


 廃教会はまだゴンドリアたちに仮設の住居を建てさせているところだから、現場監督は引き続きウィズリに任せて俺たちはタキのセーフハウスに陣取っていた。キースとセシリアの治癒魔法ヒールで拷問を受けていたクルーガーとタキの傷は癒してもらったが、俺だけが再びベッドの上で全身の筋肉痛や関節の軋みに耐えて、薬液を染み込ませた湿布まみれになって横たわらされている。


「ラッセル大丈夫?必要なものがあったらボクすぐに用意するからね」

「甘やかさないでタキちゃん、こいつすぐつけ上がるから」

「それにしてもこの小屋に5人は多い、拙者少々狭いでござる」


 俺とキースの会話をよそに、タキとセシリア、クルーガーはそれぞれ好き勝手なことを話している。こいつらいつの間にこんなに打ち解けたんだ?


「神殿公認の義賊というのは、多少のことであれば三神教がその正当性を保障してくれるという、いわゆる後ろ盾です、今まで何度も交渉してやっともらうことができたんですよ?」

「宗教が盗賊団を公認って、いいのかなぁ」

「これでいろいろできるようになるんです、いいんですよ」


 第六騎士団の事件はケルドラ城下町に無数にいる新聞屋たちによってすぐさま広められた。俺たちには都合よく、カーム砦で手配されてしまった件も第六騎士団の陰謀ということにされ、それを覆し逆に第六騎士団の汚職を明るみにした俺たちは正体不明ながら教会からの信を置かれることになったという内容だった。聞けば原稿はキースが既に用意しておいたものがあって、それが元になって新聞屋が広めているというからたちが悪い、自作自演じゃないか。


「それにしても拙者、腹が減ったでござる」

「あー、治癒魔法ヒールで回復するとそうなるっていうわね」

「ボクの備蓄分だと足りないから、みんなで買い出しにいく?」

「では皆で食料の買い出しをお願いしますよ、お代は私が出しますよ」

「キースが自腹を切った?なんだ雨でも降るのか?」


 腹が減っては軍は出来ぬ、今後のことを話す前に俺たちは食事を取ろうということにして、セシリア以下3人には食材の買い出しを頼んで、俺たちはセーフハウスに2人きりになった。


「で、話は何なんだキース」

「さすがラッセル、話が早い、今後の私たちの活動のことですよ」

「セシリアは仲間に引き入れる、ここまで奇縁が重なれば面倒をみなくちゃと思う」

「それは良かった、ここまで足を突っ込ませてさよならとはできませんよ」

「あとはタキとクルーガーのことか?」

「ええ、そうです、赤き旗の盗賊団のリーダーとしてどうするのか聞きたいんですよ」


 俺は一息ついて考える。タキに関しては今まで赤き旗の盗賊団の活動とは切り離してきた、だがセシリア同様ここまで巻き込んでしまったからには、今後のことも考えなければいけない。クルーガーについてはシンプルだ、本人は最初から既にそのつもりで来ているから断る理由を探す方が難しいし、ここ数日一緒に行動してみて信用できると判断しているから、俺はこいつを仲間に引き入れようと思っていた。


「2人とも赤き旗の盗賊団の正式メンバーにしたい」

「それはよかった、半分の原則で判断して正式メンバーに決まりましたよ」


 これはキースも同じ考えだったようだ、もっとも俺と違ってキースの場合はどうやって俺に責任ある立場をさせるかとか、逃げられないように関係の深い人間をそばにおこうかという前提で企んでいると思うから、結果が同じなだけで考えの方向性は大きく異なっているはずだ。それでも、赤き旗の盗賊団を2人から正式に5人に増やすのは同意見ということならなんら問題はない。あとニックは第三警備隊の仕事があるしアムネリスの直属だから、ウィズリはキースの直属ではあるけど三神教の助祭という立場があるからあれだ、正式メンバーではなく今まで通り協力者という前提で考えていきたい、ウィズリあたりからはまた毒を吐かれると思うけど。


「なぁキース、お前は俺に何をさせたいんだ?」


 俺はいい頃合いだと思ってキースに問いかける。

 ケルドラに戻ってきた俺を預かった廃教会の神父、宗教を省いていろいろな知識を俺に教え込んだ神父、人助けをしたいという俺に盗賊団の仕事を勧めてきた神父、考えれば考えるほど、なぜ俺にここまで入れ込んでくれるのか不思議になってくる。

 キースは「それは」と言い掛け、無言かつ無音でセーフハウスの入り口に歩いていくと、突然ガバッとドアを開いた、何かがぶつかる音が3つほど響いて彼らは照れ臭そうに中に入ってきた。


「それはこんど、こういう聴衆がいない時にお話ししますよ」

「あんた!今まであたしのこと正式メンバーだと思ってなかったっていうの!」

「ラッセル!ボクうれしいよ、やっと仲間にしてくれるんだね!」

「拙者はもとよりそのつもりでござったが、まずは腹が減ったでござる」


 やれやれ、赤き旗の盗賊団は今まで以上に賑やかなチームになりそうだと、俺はベッドの上で苦笑いすることしかできなかった。



 ケルドラの夜は明るい。

 王城から神聖区、貴族区までは放射状に建物の光が増えていき、大きな水堀を境に城下町が広がっている。城下町は東西南に伸びる3本の大きな通りで区切られ、それがさらに縦横に伸びる道で区切られている、もし天高くから見ることができれば蜘蛛の巣のように道が張り巡らされ、道端に灯される明かりは蜘蛛の巣を輝かせる朝露のように見えることだろう。

 空は暗く、しかし大きな通りはたくさんの店が軒を並べ、それぞれの営む内容を看板に記して明るく輝き、冒険者たちや城下町の住人たちがその前を行き来する。こと酒場では多くの冒険者たちが地上への生還を祝って酒盛りをしており、命があることに感謝をし、失われた命を弔うかのようにその杯を傾けて喧騒にその身を任せている。

 月のない夜は屋根の上も暗い、俺は喧騒に賑わう城下町の家々の屋根の上を音もなく走り抜けていく。他の3人は既に所定の位置について逃走経路を塞ぐ予定だ、あとは俺が現着して仕事を始めるだけだ。俺は目的の宿屋の向かいの建物に到着し、物陰の中に身を潜めた。


「こちら俺、それぞれどうだ」

『あたし、問題ないわ』

『ボク、大丈夫だよ』

『拙者、いつでもいけるでござる』

『もうちょっとましな呼び名を考えませんか?私、恥ずかしいですよ』

「やかましい、そんな言うならウンガ、ボクっ子、ござる、エセって呼ぶぞ」

『拙者さるではござらん、犬の──』

『ウンガっていうな!』

『ボクっ子なんだ──』

『はいはい、そこまでですよ、配置について待機してくださいよ』

「俺より各位、5分後に決行する、いいな」

『ラジャー』


 そこで通信を切った俺は、すぐさま左腕にまいた通話用の魔道具にキースからの単独連絡が入っていることに気づいて、左手を顔のそばに寄せて応答した。


「どうしたエセ」

『先日言えなかったことをお伝えしようと思いまして、言いますよ?』

「今かよ、いいぜ」

『まずケルドラの裏社会を牛耳ってくださいよ』

「いきなりそれか」

『その間に私が金融というのを構築しますよ』

「聞き慣れない言葉だな、今度それ教えろよな」

『その次は赤き旗の盗賊団の連絡網を敷きます、ケルドラ全域にですよ』

「壮大な計画だな、まだその先もあるのか?」

『ええ、あなたという偶像を頂点に、いろいろですよ』

「しかたねぇなぁ、いいぞ、託されてやる」

『言質、いただきましたよ』

「言ってろ、さあそろそろお仕事の時間だ」


 俺は通信を切ってニヤつく頬をつねった、仕事を前に気合を入れ直さなきゃいけない。俺は首元の黒い布を鼻先まで引き上げ顔を半分隠す、赤き旗の盗賊団とラッセル・クレバーという名は公にしたが、その姿はまだまだ謎のままにしておいてくれとキースからの提案だ。そして俺たちは皆一様に黒い布で顔を半分隠し、首元には赤い布を巻きつけたスタイルで揃えることにした、それが俺たちの赤き旗だ。

 あとひとつ変えることにした、せっかく公認をもらったんだから宣伝はしないとね。


「俺は『赤き旗の盗賊団』ラッセル・クレバー、義を以て悪を討つ者なり!!!」


 さあ、お仕事の時間だ!

 俺は少し照れながら口上を叫んで、闇の中を高く跳躍した。

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クリュードⅢ 〜赤き旗の盗賊団〜 真崎 迅 @jinmazaki

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