第27話

 私の黒翼白翼グレイウイング浮遊魔法フロートと瞬間的な短距離移動の魔法スプリントを独自に組み合わせたものなので、連続して真っ直ぐ飛ぶことはできません。ある程度緩やかなジグザグに上下左右への移動を組み合わせているので、城下町の屋根を縫って飛び抜けたり、神殿の廊下や城門といった狭い場所で人を縫うように高速で飛び抜けるのには向いていますが、いざ外周区に出て障害物がない場所を飛ぶのには向いていません。そもそもに黒い法衣とは言え人前に姿を晒して飛ぶことを想定していないので、東城門を強行突破してからは移動速度が出せずにいます。


「あれは、第三警備隊ですか?」


 建物が少なく隠れる場所も少ないということは、こちらから通りを走る騎馬を見やすいということでもあります。私は彼女の耳の良さに期待をして短い言葉を発して様子を見て、彼女が馬の速度を緩めて部下を先行させたのを確認して通り側へ鋭角に飛ぶ方向を変えました。私は人目に晒されるのも顧みず、浮遊高度を下げて併走する馬に近づくように飛びます。


「ニックはこいつを頼みますよ」


 全力で疾走する騎馬の速さは思っている以上に早いもので、立ち止まっている人間からは馬上で何が行われているかそうそう簡単にはわかりません。私は黒衣にしがみ付くウィズリを左手で引き剥がし、アムネリスの馬に並走するニックへと投げつけました、ああすっきりした。私は空中で黒衣を外しくるりと1回転して白衣へと纏い直し、同時にアムネリスの馬に飛び乗ります。警備隊の騎馬は鞍がひとり用なので裸の背に跨るしかなく、両足で強く馬の胴体を挟み込みました。


「あんたが人前で黒衣になるってことは非常事態ね!」

「ええ、黒槍に引き止められ時間稼ぎを受けました、何かが起こったのは確実ですよ!」


 騎馬の走る速度、その馬上で交わされる会話は通行人にはひと言ふた言しか聞き取ることはできませんから、ある程度を伏せた程度の会話で十分な秘匿性が維持できます。念の為にニックの駆る騎馬を見やると、いわゆるお姫様抱っこでウィズリを抱えながら手綱を取り、ぽこぽこと殴ってくる彼女に手こずっている様子が見て取れました、よし。


「もう第二は追い抜いたけど第一には先行された、部下を先行させている、どうする!」

「最悪彼が捕らえられていたら殲滅、その手前なら神父顔で保護、不明なら捜索ですよ!」

「殲滅て、あんた」


 仕方ありません、ラッセルが捕らえられるような事態なら余程大きなダメージを受けたか瀕死の状態に陥っている、その状態であれば取り調べられただけで簡単に有害認定されてしまう、それだけは私のために避けなければいけない事態ですから。


「邪魔になるなら貴族警備隊如きは排除しますよ」


 私はそう呟いて溜息をつきました、いけません大司教との会話からどうにも調子が狂っています。私は空いている左手で自分の顔を真正面から拳で突き、痛みで本来の澄まし顔を作り直しました。振り向かずともアムネリスの耳はその様子をとって感じたのでしょう、うわぁという呆れ声が聞こえました。


「あんたたちの通話っていうあれ、通信手段はどうなのよ!」

「試していますが反応がありません、遠いか壊れた、または通話を絶っているかですよ」

「状況は悪いってことね、わかったわ、急ぐわよ!」


 突然馬に乗ってきた私たちに驚く様子もないアムネリス、さすがサンバーグの家名を余計だと言うだけの胆力があります。私も体制を整えて彼女を警備隊の大隊長に推さなければいけませんし、この数年はラッセルの希望通りゆっくりと進めてきましたが、そろそろ急ぎ始めてもいいのかも知れません。

 何しろ、敵がいつまでも私たちに気づかないという保証はどこにも何もないのですから。



 あたしが走ってアジトの教会、いや教会跡地についた時には、既に状況が落ち着き始めていた。もともと教会の周囲は人払いがしてあるから直接的な被害は少ないにしても、かなり強力な魔法を使われた争いがあったのか、消えつつある火の手の中で救護を受けている怪我人が目についた。


「何があったの、これ────」


 ふたつの警備隊が、この貧困区の顔役をしているゴンドリアと数人の部下を捕縛、それをどうするかと言い争っている。片方がアムネリス隊長とキース、捕縛を解くように言っている。偉そうにしている隊長風の男が第一のようだ、私もどこかで見たことのある顔だし、その部下と思われる20人近くがゴンドリア達を大人数で捕らえている。

 アムネリス隊長の部下、第三の隊員達は付近の怪我人を救護して情報収集しているようだ。本来ならそういう風にするのが警備隊の仕事なのだろうに、何があったのか第一の方は悪人面の顔役を捕まえて連行しようとしているし、訳がわからない。そしてアジトが無くなったからあたしの部屋と一緒に私物もなくなってしまった。父の日記だけは携行できる程度の大きさだから肌身離さずもっていたのが幸いだったが、なんか理不尽だ、そして何よあいつはどこにいったのよ、あいつは。


「何なのよ神父、何があったの!」


 あたしは言い合いをしている警備隊の横で神父面をしているキースに叫んで、強く足音を立てながら歩み寄った。こういう時は場の空気を壊すのがひとつの方法だと思って、立て続けに捲し立てる。


「あんたらもよ第一のマクギリアス!城下町の警備隊なら人民の救助が優先でしょうが!」

「何だこの女はあッ!ん────どこかで見た顔だと思えば、元イーリスの娘ではないかあッ?」


 カチンと来る、だがこれでいい。


「そうよ元貴族の娘よこの第一ども!その大男がここを爆破したなら捕縛するんでしょうけど、あの訳のわからない大声は女のものだったでしょう、それくらいも判別がつかないの!」

「女だったのなら、なんだ貴様の仕業か!」

「バカなのあたしは今ここにきたばかりよ!それに自分の住処を吹き飛ばすバカがどこにいるのよ!」

 

 大きな爆発音の後に『赤き旗の盗賊団』という大音量をあげたのは確かに女の声だった、対して捕縛されているゴンドリア達はみな男、接点がなさすぎるので突いてみた。ここぞとばかりにキースが神父面で優しく声をかける。


「第一隊長様、こちらを、寄贈でございますよ」

「ん?なんだ邪魔だどけい────ほおッ、わかっているではないかッ」

「この貧民区は貴族警備隊様が気に掛けるような場所ではないかと、あと私も上からの指示で聞いておりましたが、どうやらこの件、大司教様の絡みなんですよ」


 第一警備隊の隊長、確かフォーンと言ったか彼はキースから金貨か何かが多く詰まった袋を受け取るとニヤリと笑い隊員に対して片手を上げ撤収の意思を示し、私にも嫌らしい顔をしながら声をかけてきた。


「確かセシリアとか言ったな、落ちぶれて貧民区の教会にいたか、何とも情けないッ!」

「何とでもいいなさい!」

「いく先がないなら第一に来るがいい、下女としてなら身請けしてやろうッ!」

「お断りだこの────そりゃあどうも!」


 言い合いで勝つのが目的じゃない、この場を納める切っ掛けを作ることが目的で、あたしが言葉で辱められるのも神父が金品を渡すのもそのための手段だ。煮え繰り返る腹の底を必死に落ち着けながら、あたしは第一警備隊がこの場を去るのをまって神父達に話しかけた。


 

「何なのよあのバカ共!ああああ腹の立つ、それと一体何がどうしたのよ!?」

「落ち着け新顔〜」


 アムネリス隊長のひと睨みであたしの威勢は小さくなった、でも負けない。捕縛されていたゴンドリア達を縄から解放しつつあたしは答えた。


「セシリアよ、いい加減覚えてちょうだいアムネリス隊長、状況はわからないということね」

「当たりですよセシリア、私たちが駆けつけた時はもう第一がゴンドリアを捕らえていたのですよ」

「だから、まずは現場にいたゴンドリアを第三で預かろうって話にしようとタイミングみてたの」

「で、ゴンドリアさん、どうなの?」


 余程フォーン隊長率いる第一警備隊とやり合ったのか、刀傷こそないもののゴンドリアやその部下達は殴打されたような痕があちこちに見受けられた。もっとも荒くれ者集団、そんな生傷は絶えることがないのが勲章だからどうってことないんだろうけど、あたしは神父と彼らに治癒魔法ヒールをかけながら事情を聞いてみた。


 教会で大爆発が起こった、降り注いだ残骸で少し離れていた場所の住人が怪我をした。

 大音量で魔神像がとか魔女がと叫ばれ、よりによって『出てこい赤き旗の盗賊団』と呼ばれた。

 再び教会で、今度は大きな火の手が上がった。

 周囲に延焼しそうなのを止めつつ駆けつけてみたら、第一警備隊と諍いになって捕縛された。

 ラッセルの姿を探したが、どこにも見えなかった。

 ゴンドリアの部下がいうには、何かが空を飛び去っていったのをみたような気がする、とのこと。


「あっしらが把握できてるのはこれくらいですわ、ラッセルさ────ラッセルの姿が見えねえんだ」

「何よ、何にもわかんないってこと?」

「落ち着け新顔〜、お前はだまって怪我人の治療でもしておきなさい」

「セシリアよ別にゴンドリアさんを責めてるんじゃないわ、ここであいつが何かに襲われた、魔神像もなきゃあいつの姿も無い、撃退したのならあいつが残っているはずだし追撃したか連れ去られた、っていう可能性が高いってこと」

「あとはタキですかね、不在の間に教会へ来てくれるよう頼んでいたのですが、姿が見当たりません」


 神父はラッセルがタキと一緒に行動している、むしろ通信が繋がらないことや現場に何のヒントも残されていないことから、2人が連れ去られた可能性を一番に、二番に追撃しているものと仮定して行動しましょうと提案してきた。あたしは第三の可能性でタキちゃんの家と彼女のセーフハウスを当たることに、神父は聞き慣れない『単眼姫の店』に当たってみるということにした。貧乏くじはアムネリスの第三警備隊で、何の襲撃か何もわからないけど追って状況を確認に来るはずの騎士団への対応を引き受けてくれるそうだ。さっきまでいた第一のマクギリアスは警備隊だけど、幾つかある騎士団にもマクギリアスの名前を持つ貴族騎士団があって、いつも何度も難癖をつけられるそうだ。あたしはせめて他の騎士団があたるように祈りながら、再確認を受けた。


「じゃ現場は第三警備隊で引き受けるわ、ニックとゴンドリアに他の目撃者がいないか確認させる、キースは単眼姫をあたってその後に大司教、新顔はタキの家と隠れ家それと近場で行きそうな所をあたって、そうね期限は明日の昼にもう一度ここで集合して情報交換して、次の手を決めましょう、いいわね?」

「わかったわ、あとセシリアよ、わざとね?」


 アムネリスの仕切りでそう決まった、普段なら神父が仕切りそうなものだけど何かを延々と考え悩んでいるようで歯切れが悪いからなのか、聞くところによると神父よりだいぶ年上のハイエルフだからなのか、この場の仕切りを任せきっていた。

 いや違うわね、普段ならあいつに場の仕切りを任せていたはず。神父はいつも通りの緩やかな笑顔を表情に貼り付けているけど、内心はそうじゃないのね、自分の把握が及ばない状況で焦っているんだわ。普段なら半分の法則で物事を決めそうなもの、神父でもそういう風に迷うことがあるくらい、あいつの存在が大事なんだと思う。


「ああ、地下への隠し壁は大丈夫のようですね安心しました、商売道具の多くは破損を免れませんでしたが、私の大事な金貨銀貨は奪われてはいないようです、まずはセシリア、これを掘り上げますよ」


 あたしの視線に気づいて心配させまいと気遣ったのか、本当に金が大事で焦っていたのか、もうどっちでもいいわ。


「そうと決まったら!まずはあいつの手がかりを掴んで何があったか吐かせよう!」

「はぁ、あんたのとこもこんな新顔で、大変ね」

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