第21話
ラッセルの兄貴はすげえ、途中意識を失っていた俺には何が起こったのか、その全部はわからないけど兄貴がすげえってことは、わかっているっス。ゾンビを倒したと思ってたら自分が投げ飛ばされて、兄貴が何度も『吸血鬼』って連呼してたっス。意味がわかるまで時間はかかったっスが、それでも俺は自分を褒めたいっス、兄貴の役に立てるなんでそうそうないんスから。
「キースの旦那、俺は何しとくっス?」
正直、何でか身体中の力が抜けて手足に力が入らないっス。せめて兄貴の役に立ちたいと思って気力だけで立ってる俺に、キースの旦那は白札を拾い集めてといったっス、それくらいならお安い御用っス。ゾンビ化した死体はセシリア嬢ちゃんのよくわかんないあれで浄化されっちまいましたし、塵になっちまえば気持ち悪くもないっスからね。
「ん?ネズミに、イモリっスか?」
死体を漁るとは不届なネズミっス、俺は吸血鬼が床に叩きつけて折れ曲がった長剣で、ハエ叩きのようにネズミを退治しときやした。スモールシールドは燃えたし長剣は使い物にならなくなったから、装備は壊すなって隊長に怒られるっスかねえ。あ、イモリが逃げてった、まぁ塵になった死体を食べるようなことはしないでしょうし、見逃してやるとするっスか。
「あ、ちょうど白札が落ちてるっスね、司祭さん除けば9人分の白札があるはずっスからどんどん探すっス」
ネズミを潰した俺はすぐ目先を移して遺品となる札を探し続けたっス、こういうとこなんスかね。
俺が剣で叩き潰したネズミが塵になって消えるのを、俺は気づくことができなかったみたいっス。
◇
俺が気付いた時には、既に日が落ち始めた夕方になっていた。俺は燻んだ赤い古びた布を剥がされ、外骨格を仕込んだ革鎧も外されて、馬車と別の屋根の下────これは天幕の中だな、そこで横に寝かせられていた。キースの作る薬液は目や鼻を強く刺激する臭さだが、効き目だけは天下一品だ。その臭さがどこからするかと思い目を動かすと、ああ成る程、鎧の下の布服に直接薬液をかけて、全身湿布まみれにしてくれやがったのか。まぁ脱がせるより早いわな、俺もこんなところで裸に剥かれたら困るし、キースの判断は正しい。
「5秒で、これか」
幸い鼻骨は折れたりしていないようだ、頬や首に軽い痛みはあるが、首元の黒い布が振り回される頭部を守ってくれたのを実感する。あの黒い布は優れもので、柔らかく伸縮し通気性が良いのだが、ある一定の長さを超えると途端に伸びなくなって固くなる。黒い布は首の後ろにある外骨格とつながっているので、着地の衝撃で俺の首が折れたり千切れて飛んでいかないのはこの黒い布が反動を吸収してくれているお陰だ。つくづく沢山の人の色々な技術に助けられているのだなと、俺は実感し感謝を改める。
「誰か、いるか?」
見える限りで天幕の中には俺ひとりだ、近くに誰かいないか声をかけた。
「気付いたんだねラッセル、ボク心配しちゃったよ〜」
天幕の入り口を開けてタキが顔を出した。続いて気まずそうな顔をしたセシリアも首から先だけ出して俺をのぞいてきた。セシリアには色々いってやりたいことがあるが、怖いものが苦手というのを気付いてやれなかった俺にも非はある。今度タキに頼んで2人でゾンビやゴーストばかりが出現するダンジョンへ修行にいってもらう旅行計画でも立ててやることにしよう、よーし決めた。だから小言は後にして、現状の把握から始めよう。
「タキ、俺はどのくらい倒れていた、状況がどうなったかの説明はできるか?」
「キミは2時間ちょっと意識を失ってたよ、神父が手当してくれて、今はニックと遺跡内部の確認や浄化作業をしているよ」
俺は思いのほか早く目覚めたのか、そういえばタキもこの遺跡は力を集めるタイプのとか言っていたし、この付近一体が強い力場だというなら俺の回復が早いことも頷ける。本来ならレンジャーのタキが調査に向いているんだろうが、吸血鬼が根城にしていたんなら話は別だ、タキは話を続けた。
「吸血鬼が遺跡の濃い魔素を利用して、吸血樹を媒介にして魔神像に力を溜めていたって感じだね、定期的な調査に来た白札たちを狙ったのか偶然かち合ったのかは分からないけど、魔神像の大きさや雰囲気から見て、白札たちの命を吸ってかなり沢山の力を集めたって感じ」
セシリアがひょいと、天幕の入り口からそれを見せてきた。俺の大事な燻んだ赤い布でぐるぐる巻きにしているから中身は見えないが、その大きさと形からどう見てもそれ魔神像だろ。お前は何かと魔神像に縁があるな、何だお前そんなに好きか、その恐ろしい魔道具が。あと俺の大事なその布はやく返せ。
「神父が、加護布代わりにあんたのこの布で包んでおけって、すごいねこれ加護布もどきだわ」
申し訳なさそうにセシリアが付け足してくる、それが俺の神経をとても激しく逆撫でしてくる。もどきじゃねえよ、覚えておけよダンジョンに出てくるゾンビ犬とかめっちゃ心臓に悪いんだからなお前ほんと覚悟しとけ。
「あ、怪我ならあたしが治癒魔法かけてあげようか?」
「いらねーよ薬で十分だ、俺魔法で治すの嫌いだし、第一お前の────」
いや落ち着けラッセル落ち着け、まず状況の確認が優先だ、俺はタキに説明を促した。
「祭事室の吸血樹は崩れたし、その下にあった玄室には吸血鬼の棺ひとつだけだったんだ、ボクも調べたけど他に隠し部屋はないし、白札の遺品は調査隊の人数分だったよ、他に敵はいなさそうだなぁ」
大体の状況は掴めた、こういう遺跡は魔素が溜まったりする難点はあるが壊して不測の事態に陥ることは最も避けるべきだし、そのために定期的な調査がされている。今回派遣された白札たちと司祭は運と実力がなかったのだろうから仕方ない、あとはキースが出来るだけ浄化して魔族や魔物が入りにくい環境にしておくのが対処としては正解だろう。
疑問は、なぜ魔族が自ら出向いて魔神像への魔力集めなんかをしているか、だ。タキの状況報告にそれが含まれないということは、それを類推するための証拠になるものが何も残されていないということだ。状況は分かったし結果は得られたが、理由だけが不明で残っている。
そもそも魔神像なんていう物騒なものが、先月のイーリス領サード区における領民の大量殺害事件に続いてこの場でも見つかるなんて、不自然極まりない。俺は何らかの魔族ひいては悪魔の意図が絡んでいる可能性が濃いと考え、その先はキースと相談することに決めた。タキやセシリアを巻き込んでいいような内容では、身の安全を補償できるような事案ではないだろう。
俺は念のために、最後に聞いた。
「他に気が付くようなことは、なかったか?」
「大丈夫だよラッセル、ボクたちが通った隠し入り口も、ラッセルが木材を挟んで隙間を作っていたままだった、誰かがあそこを通ったような形跡はなかったからね」
そうだな、追っ手が入れないようにあえて岩の動く仕掛けを止めておいたんだ。あんな隙間を通れるのはネズミやトカゲ程度だ、吸血鬼がその身体を眷属化させた蝙蝠や黒狼が通れるような隙間ではなかったのだから。
◇
俺が目を覚ましてから1時間が過ぎる頃には、すっかり日が沈みあたりの森は静かな暗い闇に包まれていた。昨日この遺跡につくまでの道や野営した場所では森の生き物の息吹をあまり感じられなかったが、吸血樹とそれに共生する蝙蝠たちがいなくなったからか、あたりからは虫の鳴き声に加えて生き物が茂みで動く音が聞こえてくるようになった。本来この遺跡は地上にありながらもダンジョンのように魔素が溜まりやすい場所なのだろう、森の生き物はこの場所を好んで近づいてくる様子が感じられるし、何より俺の傷んだ身体がどんどん回復してきているのが見て取れる。本当は早くこの場を離れたいが、見知らぬ夜の森を行軍する危険性と天秤にかけたなら、一晩だけ俺が我慢するしか選択肢はない。俺は天幕の中に燻んだ赤布で包まれ鎮座させられている魔神像を恨めしく睨んだ。
その晩は早めに食事とし、救護者がいた場合に備えて持ってきた食料を俺たちがいただくことにした。墓を掘って埋めるような遺体もなければ、彼らの冥福を祈りつつも生きている俺たちが旨いものを食って命に感謝することがせめてできる手向けだ。死んだら何もできないのだ、死ねば終わりだ。
夜は俺を除く4人が交代で見張り番をすることとなり、日が登ったら出来るだけ早くに旅路を戻ることにした。往路は3日半かかったが復路なら資材も軽くなった分3日目の夕方には戻れることだろう。
復路2日目、資材や飼葉、飲用の水桶が減ったとはいえ警備隊の馬車内は狭い、俺が薬液の臭いをさせながら横たわっているのでなお狭く臭い。幸い今回の仕事では大して役に立てなかったと、セシリアは馬車の御者を買って出た。何でも馬には乗れるけど御者はやったことが無いとか、ニックとタキが両脇からサポートしながら馬車は少し早めに街道を西に戻っていた。今日の夜にはファースト区の街道街で宿を取れる勢いで進んでいる、そこを過ぎれば3日目の夜にはケルドラ王都に着くし、宿では男3人部屋でニックも加わるから、ここで話しておくべきだと考えた俺はキースとできるだけ短く言葉を交わし始めた。
「なあ、前回と今回、魔族を使役って、上位だろ?」
「でも尻尾を出さない、なら活きの良い餌を撒こうってことですよ」
「俺?」
「華々しい撃退劇、立て続けに大きな騒ぎ、目が向く、それが突然姿を消すんですよ」
「嗅ぎ回っている奴らがいたなら、何事かって尻尾が動くと?」
「だから今回は副祭も噛ませなかったんですよ?」
「どこまでが敵かか、お前ら徹底してるねぇ」
「教えたでしょうラッセル?誰も信じるな、自分すら疑え、周りは全て敵ですよ」
「帰ったら聞きに行くか?」
「化かし合いかもなので、私だけですよ」
キースのこういうところが恐ろしい、笑顔で人を騙し笑いながら敵を殺し何が起きてもその貼り付けたような笑顔を変えることはない。上司も部下であろうと頭から信じず気を抜かない、誰が相手でも徹底している。しかし俺からすればこの世で2番目に信頼する相手なのは間違いなくキースだ、こいつ嘘は言うけど間違ったことは言わない、だから信頼に値する、それでもなお騙されるというなら俺がその程度の只人だったというだけの話だ。
なにはともあれここまでの会話で、なぜ俺たちが警備隊預かりの救出任務に駆り出されたか大体わかった。女司祭まで派遣されてなお部隊が消息不明になった時点で強力な魔族絡みと判断したのだろう、さすが性根があの槍みたいに黒く腐っていても大司教は大司教だ。ちょうど魔族絡みで話題の正体不明の義賊たち、それを探る不穏分子がいそうだ、自分たちの身の内を調べるのに半月あれば十分だからと、あえて目を引く餌の行方をくらませて動きを見る、ついでに懸案の捜索もやらせるに適任だと。
「俺やだ身の回りの奴らの多くが腹黒い、こんな大人になりたくない、ああいやだ」
思わず本音が口をついて出てしまった、世の中の悪事を出来る限りで無くしていきたいという気持ちに変わりはないものの、世の中の黒いところを常に見なければいけないのは気楽なことじゃない。義賊だからできる限りで殺しをしないとはいえ、俺だって人を殺めたり死ぬ原因を作ってしまった苦い経験は数多くある。でも何度でも思い出せ、あの時の声が脳裏に蘇る。
『それでも進むなら手を貸しますよ』
うん、差し出された手を握ると決めたのは俺自身だ。何事も、やるかやらない、それだけの話。こういう時の「半分の原則」だ、俺は気持ちを切り替えた。今晩は宿に泊まり身体の復調具合を確かめよう、明日ケルドラに戻ったらすぐ仕事が始まってもいいように今は身体を休め治すことだけに集中すると決め、俺は馬車の荷台で目を閉じることにした。
おっと危ない大事な用事をひとつ忘れていた、俺は横たわったまま御者席に声をかける。
「タキお願いがあるんだ、帰ったらさ、セシリア連れて2泊くらいしてきて欲しいんだ」
「ん、何かな?でもキミからのお願いならボクは何だって聞いてあげるよ!」
よぉし、素敵な旅行をプレゼントしてやるぞ。
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