第29話
「タキちゃん、無事なら無事で早く連絡をとりたかったわ、あたし」
「ごめん、一晩経って警備隊の動きもないし、ラッセルも少し落ち着いたようだから、セーフハウスへ寝かせたままここに来てみたんだ」
東の空が黎明の色から白く変わりつつある頃、思っていたよりも早く、教会跡地であたし達はタキちゃんと合流できた。1分でも早く神父と合流して赤き旗の盗賊団のことを問い詰めようと思って早起きしていたあたしは、跡地でゴンドリアさんと合流していたタキちゃんを見つけた次第だ。
「あいつは?寝かせたままって?」
「あー、うん、順番をおって話すねセシリアちゃん」
そこからラッセルが大怪我を負っているけど無事なこと、安全な場所に匿っていることを聞き出したあたりで、神父も助祭ウィズリを伴ってやってきた。
聞けば誰にも教えていないセーフハウスがあって、不測の危険を回避するためにそこへラッセルを避難させていたのだという、話を聞いてなるほど冒険者家業をしているタキちゃんの危機管理なんだなと合点がいった。
「判断としては正しいですね、何にせよ状況が不明すぎましたよ」
「ごめんね神父、まずラッセルの身の安全だなって思ったの」
「そうと分かったら、まずあいつに何があったか聞き出しにいこう!」
「セシリアちゃん、ラッセルいま重症だからね?」
アムネリス隊長達は今日の昼にこの場で集合としていたから、ゴンドリアさんを教会跡地に残して、あたし達はタキちゃんのセーフハウスへ向かうことにした。
◇
あたし達はタキちゃんの案内で東の外周区にあるという彼女のセーフハウスに向かった。足早に急いでほどなくすると、人気の少ない建物が並ぶ一角にその平凡な建物があって、そこがタキちゃんの隠れ家になっているという。
「少し待ってて、いま罠を解除するから」
「罠って、普通の民家にしか見えないのに」
あたしが感心しているとタキちゃんはドアの横を少し操作して罠を解除し、どうぞ中へとあたし達を案内してくれた。外から見た時は気づかなかったが、窓は内側から板で目張りがされ補強してあって薄暗く、朝だというのに室内は明かりを灯さないと見渡せないほどだった。タキちゃんが明かりをつけて、室内の片隅に置いてあるベッドにあいつが横たえられていることがわかった。
安堵と共に湧き上がる疑問と怒り、赤き旗の盗賊団って何なのか、昨日の騒動と吹き飛ばされた教会で何があったのか、それが混在してあたしは思わず大声を出した。
「ちょっとあんた!こんなところで何を寝てるのよ!」
「セシリアちゃん!」
タキちゃんに制止されて怪我人だと思い直したあたしだったけど、それでも胸のもやもやが消えるわけじゃない。それを見越されたのか、今度は神父があたしを制止した。
「待ってくださいセシリア、優先すべきは何か、それを考えるべきですよ」
「キース、か────」
不意にベッドに横たわったラッセルから声が発せられた、その声は普段の軽い調子や真面目な時の声とは違い、とてもか細く弱かった。
「ええ私です、早速ですが情報を摺り合わせますよ」
「魔女、襲撃、魔神像で追跡、魔なき者が目的、内容不明、俺ではない、オリジナル魔術、赤き旗を取られた、カーム砦、そして────奴に連なる者だ」
「ふむ────教会大破、警備隊と騎士団が投入予定、主犯不明、盗賊団に嫌疑あり、大司教案件と偽装、本日昼から先遣隊、アムネリス派遣、相手の待つ期限は明日まで」
「わかった────俺も行く」
「だめですよ」
2人の話は短くそれだけで通じてしまったようだ、突然ラッセルが起き上がり苦悶の表情を浮かべ、神父がそれを制止して再び寝かせる。
「ちょっと神父、怪我だったら
「え、神父もしかして────」
「そうですタキ、セシリアには説明していませんでしたがラッセルは魔法が効きにくい体質でしてね、自然治癒や薬に頼るしか出来ないんですよ」
唐突な話だけどそう言われれば覚えがある、イーリス領の領主館の屋根裏部屋、
「いや待てキース、俺はあの赤い布を」
「ラッセルの気持ちも分かりますが今連れて行っても何の戦力にもなりませんし、むしろ邪魔で、かつこんな状況に陥っているのをアムネリス達に見せて築いてきた信用を失う訳にもいきませんよ」
「だが奴に連なる────」
「えい、ほらね、これくらい避けられない状態では連れて行けませんよ」
目にも留まらぬ早い手刀だった、神父がラッセルの頸椎に軽く衝撃を与えて昏倒させた、本当に何者なんだろうこの神父、こわい。
「タキ、ラッセルの看病と拘束はあなたに任せますよ」
「ひどい神父だなぁ、怪我人なんだからもう少し────わかったボクに任せておいて」
「では状況を整理します、ラッセルに聞いた話とまとめますよ」
神父の説明で、概ね何がどうなったかがわかってきた、さっきあいつと単語を交わしただけでその先は推測か経験なのか、お互いが持っている情報の摺り合わせが出来たようであたしは驚いた。しかし結局のところ魔女の目的とやらに巻き込まれただけで、目的として出てきた単語は不明、あいつが大事にしている赤い布を奪われた、明日までカーム砦で待つという余興、それ以外はわからない。あたしは素直に感じた疑問を神父に聞いた。
「あんな赤い布、加護布なら高くても、買いなおせばいいだけじゃないの?」
「そういう訳にも行かないんですよ、ラッセルには大事な旗なんですよ」
「だから、あいつが手も足も出なかった魔女に立ち向かうの?」
「幸いアムネリスもいますし、魔女相手でもなんとかなるんじゃないかと思いますよ」
神父はあいつ抜きで赤い布を取り戻すことを心に決めたようだ、とんでもない量の金貨財宝を持っているこの神父までもが「大事」という価値が、あの赤い布のどこにあるのかさっぱり分からないけど、仲間の大事な物のために困難にも立ち向かう────あたしはそういうの嫌いじゃない。
「わかったわ神父、あたしもその話乗った、きっちり仕事としてやるわ!」
「それは心強い、感謝しますよ」
◇
神父やセシリアちゃん達はラッセルの無事を確認して、必要最低限の情報を摺り合わせてから、ボクとラッセルを残してアムネリス隊長と合流するために教会跡地へ戻って行った。彼らが出て行ってしばらくしてから、ラッセルが意識を取り戻した。
「あの野郎、あとで絶対に仕返ししてやる、いてて」
「気がついたんだねラッセル、ボク心配したよ」
「すまないタキ、お前が看病してくれていたんだな、助かったよ、あいてて」
「いいんだよラッセル、治療はしたけど治るのにしばらくかかると思うから、寝てて」
「そういう訳には行かない────俺は」
「はいはい、今はだめ」
ボクはラッセルに優しく覆いかぶさるように抱きついて、起き上がろうとした彼の身体をベッドに寝かせつけた。体格差があるからラッセルはそのまま組み伏せられるようにベッドに押し付けられる。身体が密着するのを避けるように、渋々と彼は横たわって口をごもごもとさせる。
「そういえば、ボクもあの赤い布がどうしてそこまで大切なのか聞いたことがなかったね」
ボクは話の向きを変えようとして、この後に思わぬ事実を耳にすることになる。そうとは知らず、ボクはラッセルに密着したまま彼の瞳を覗き込んだ。ラッセルがボクの目と、顔に深く刻まれた傷を見遣りながら、言葉少なく語り始めた。
◇
俺は赤い布のことはタキにも関係ある話だから今まで話すことを避けてきたので、ちょうどいい機会だと教えることにした。
「俺の、命の恩人からわけてもらった、約束の布なんだ」
あの頃の俺は人攫いに捕らえられ奴隷として売られようとしていて、そこから逃げ出した。
しかし異国の地で子供がひとり生き延びるためには何でもしなければいけなかった。
騙し盗み奪い。
身体が小さかったから人殺しや強姦そして身売りこそしなかったが、それら以外でできることは一通りやった、相手を騙すために女装して寝屋に引き込むことだってした。
遠く離れたケルドラに戻ることを諦めて荒んだ生活を続けていたある時、悪魔に騙されあの人を陥れて、それでもあの人に命を救われた。
あの人にかけた迷惑はどうやっても償いきれない、だから約束した。
「ただの布じゃなく、あの人の分も俺に出来る人助けをするっていう、約束の布なんだ」
「人攫いの────」
「タキのせいじゃない、でもそれを気にするだろうから、今まで話せなかった」
「あの後、そんなにひどい目に────」
「でもお陰であの人に出会えた、生きる意味をもらったんだ」
タキは自分に関係していると分かれば責任を感じてしまう、今の生活を捨ててでも俺たち赤き旗の盗賊団の活動に協力しようとするか、自分も一員になって手伝おうとするだろう。だから今までちゃんと説明していなかったのは、俺の勝手にそう思っていたからだ。彼女は俺の短い話を聞いて言葉を失い、起き上がって天を仰ぎ、自分の膝に顔を埋め、しばらくしてから話し始めた。
「ごめんねラッセル、ボクのことを考えて黙っていたこと、話させちゃって」
「あんまり湿気った話はしたくなくて教えなかった俺にもな、原因はある」
「そこまで聞いちゃ、取り戻しにいくの止められないし、ボクも手伝わなきゃだね」
タキは俺に苦笑いを向けて、行かせたくはないけど止められないという自分の意思表示を見せてきた。それで十分だ、俺はタキに拳を突き出し、タキもそれに応えてお互いの拳を軽くぶつけ合った。
「ただ、正直この身体で動けるかといえば、正直に無理だ」
「魔石に込めた
「何かないか、他の方法が────」
「ボク、ひとつだけ、あるよ」
「え?なんだそれ、教えてくれタキ!」
「────房中術」
「え」
その瞬間、俺の鼻と口にタキの手が押しつけられた、正しくは何かをもった手だ。その匂いを嗅いだ瞬間に俺の気が遠くなっていく。麻酔の類の匂いだ、これが
俺は、なぜタキが俺を眠りの中に落とそうとしているのか理由がわかったから、耐えようとしたが────耐えきれずに意識を失った。
◇
ボクが今これからやろうとしていることを誰にも見られることはない、とても安全に行えることにボクは心底とってもめちゃくちゃ安堵している。
「落ち着けボク、子供のころなら似たようなことをしてたじゃないか〜、確か、うん」
セーフハウスは外周区にあって人気の少ない場所を選んでいる。城壁に近ければ近いほど、川や水源に近ければそれだけ人が多く住んでいるけど、城壁から遠くかつ生活の利便が悪い場所なら建物はあるけど空き家だったりする可能性が多く、ボクのセーフハウスのように窓という窓を板張りしていても特に不思議ではない。日差しが入らない暗い室内で、あえて蝋燭の黄色い明かりで部屋を薄明るくしながら、ボクは服を脱いだ。いや下着だけはつけるよ、うん、意識が戻らないラッセルを黒い下着だけにしたのだからボクも礼儀としてほら、同じにしないと申し訳ないから。
彼の仕事着と外骨格を脱がすと、10代前半のようなか細い少年の身体が露わになる。黒い袖なしのシャツと黒いパンツから出ている手足は、ボクのそれよりも細く白く毛も生えていなかった。身体を休めるための1人用のベッドに彼を横たえ、枕元にはボクの大好きな甘い蜜の入った瓶をいくつか置き、彼に厚手の毛布をかけてボクもその中に潜り込む。いや身体の大きさから言って、ボクがラッセルを包み込むような形になってしまう、子供のころなら彼の方が大きかったから昔の記憶と異なることに多少の混乱がある。そういう雑念を振り払って思い出す、大きなダメージを受けた身体を癒すには人肌がいいと単眼姫に教えてもらったことを。
「はあああ、緊張する〜」
一度だけ神父に頼んで、魔法や魔石ではない、薬や手当てで傷やダメージを癒す方法を神父の伝手で教えてもらって、今ボクは初めてそれを実践しようとしている。神父曰く『私では教えられませんから手解きに適した女性を紹介します』と、まさか娼館に連れて行かれて紹介されたのが噂に聞く単眼姫だったと知ったのは、その手解きの後だった。彼女曰く『男を癒すのは女の役割さ』と、ああ、思い出したくないくらい本番直前までの手解きを受けた。思い出したくないけど────今はそれを初めて実践するのだから頑張って思い出すよ、ボク。
傷は消毒して薬で手当てした、薬湯は意識がないから口移しで飲ませた、よし。単眼姫にもらって封印していたお香も炊いた、セーフハウス内は暖かくした、ベッドの中は紅潮したボクの顔のように火照った身体のようにもっと暖かくなっている。
「これは房中術、術だよ、えっちなことじゃない、ボクにできる最大の治癒術なんだ」
単眼姫にはボクにできる最大の治癒術が房中術だと教えられた、魔法はもちろん魔石も使えないなら最も原初的な治癒法しかないと体験させられたのが、これだ。ボクは蝋燭が照らし出す暗い室内で、甘い蜜を口に含ませゆっくりとラッセルに口移ししてからその幼い身体にボクの熱い手脚を這わせ、長い時間をかける治療を始めた。
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