第8話 兵は神速を貴ぶ
「仕事早いよな。ホント、どんな手品使っているんだか」
嘆息しながら陽仁はスマートフォンの音量を最大にしてニュース速報を流していた。
パーク内はフリーWi-Fiがあるも、まだ接続していない。
兵は神速貴ぶ通り、この状況では鮮度が命。
動画だけに消費ギガは痛いが、相手に痛手を与えられるのでヨシとする。
映像は校門前でマスコミに追われる校長の姿が映っている。
突撃するように詰め寄るのは地元ローカル放送の女性レポーターだった。
『校長先生、特定の生徒を学校ぐるみでいじめ、いえ暴力行為の黙過、意図的な無視、成績改竄、あまつさえ不正行為の汚名を着せたというのは本当でしょうか!』
『現在、調査中です! 担任が不在のため返答は後日にさせていただきます!』
しつこいマスコミを振り切るように校長は校舎に消える。
間を置かずして校長らしき怒鳴り声が外にまで響いていた。
他の教師に八つ当たりか、責任転換でもしているのか。
「なんか警察と教育委員会と弁護士が一つに集結しているみたいだわ」
陽仁がスマートフォンをポケットにしまったのと担任のスマートフォンが鳴ったとは同時だった。
「校長先生からじゃないの~」
これ見よがしに陽仁は笑顔で言ってのける。
腰の低い応対の姿からして間違いなく校長からであろう。
顔を青くしてあれこれ説明している姿を余所に、陽仁は改めて虹花と向かい合った。
「確かにさ、アメリカには引っ越す予定だけど、僕は日本に残るつもりだし」
雷蔵の怒りが再沸騰しているが無視である。
一方で虹花は気まずそうに唇を噛みしめては顔を俯かせ、陽仁と目を合わさない。いや合わせられない、が正しいのだろう。
「このプレオープンが終わったら両親説得して、ぼちぼちバイトでもしながら一人暮らしでも満喫するつもり」
「ふん、お前なんか雇うのがいるかよ」
「虹花のばあさんにどっかいいバイト紹介してもらうさ!」
御曹司の立場で雇わせないと圧をかける相手に臆する陽仁ではない。
確かに檀野グループの影響力は無碍にできない。
できないが、事業実績一つない若造一人と、今なお多数の縁と影響力を持つ鬼流院家の御隠居とではその力量は明白だ。
陽仁個人、かなりお叱りを受けるかもしれないが覚悟の上である。
「二年には無事進級できるしアメリカには行かない。だから虹花さ」
柔和に微笑む陽仁はそっと虹花に手を差し出した。
「プレオープン、一緒に楽しもう」
虹花は差し出された手を掴むべきか、瞳を陽仁の手と雷蔵を行き来させ揺らがせている。
まだ迷いがあるのなら押すに押すだけだ。
「ちなみにホテルはアクアホテル最上階のスイートルームを用意してもらってる」
どこの、など聞くのは野暮だ。
トリニティーパーク中央エリアは宿泊エリアとなっており、三つのホテルが各エリアを俯瞰できる形で建設されている。
ガイアホテル、アクアホテル。スカイホテルの三つだ。
それぞれの経営資本が三グループだけあって、各エリアに準じた内装で宿泊客を楽しませる造りとなっていた。
「もういい黙れよ!」
雷蔵の右腕が動く。
迷いもなく愚直に拳が陽仁の鼻先を狙っている。
ほんの一年前までなら感知すらできず鼻先に拳を受けていただろう。
後は鼻血を垂らしながら、理由を理解できぬまま、うめきもがいていた。
だが今の陽仁なら雷蔵の肩が動いた時点で反応できていた。
「今虹花と話しているんだ。キミは黙ってもらえるかな?」
陽仁は放たれた雷蔵の手首を呆れ顔で掴んでいた。
慌てることもたじろぐこともない。まるで目の前に飛来した蚊をごく自然に掴んだように、がっしりと雷蔵の手首を掴んで離さない。
「は、離せっての!(なんだこいつの握力、こいつにこんな力ないだろう!)」
雷蔵は怒りの表情に困惑を滲ませる。
振り払おうと動かしているようだが、陽仁は易々と離させるつもりはない。
今はただ虹花と話したいだけである。
「折角だし、ホテルで朝まで昔の思い出を語り明かさない?」
陽仁が伝え終わったと同時、虹花は動いていた。
手先を振り上げたと陽仁が認識した瞬間には手刀で雷蔵の右手掴む陽仁の手を離されている。
互いに、何故、ざまぁと目に言葉と衝撃を走らせるが、これで終わりではない。
離れた両者の手を虹花は割って入るように掴み、勢いのまま引き寄せては体勢崩しからの右から左にかけて足払い。陽仁と雷蔵二人を揃って横転させていた。
「いい加減にしてよ、二人とも!」
冷たいアスファルトに仲良く仰向けとなった陽仁と雷蔵は虹花の悲壮な怒りを真上から受ける。
(見かけの割に、強いんだよな、虹花)
久しく面と向かって会ってない故、幼なじみとして失念していた。
虹花は昔から同年代と比較して身長が高いこともあってか、よくいじられなじられていた。
お陰で消極的で引っ込み思案な性格ができあがってしまう。
ただしそれは内面の話。
鬼流院家の娘として恥ずかしくないよう護身術を叩き込まれていた。
調子に乗って手を出そうならば文字通り手痛いしっぺ返しを受ける。
「なんで仲良くできないの! なんでいがみ合うの! 私はただ昔みたいに仲良くしてもらいたいのに、なんで嫌いあうのよ!」
虹花は泣いていた。可憐な顔は曇りに曇り目尻から大粒の涙が溢れている。
「ホントだよ。なんで僕は親でも殺されたような目を向けられないといけないんだ?」
仰向けのまま陽仁は青空に問いかける。
肩を並べ、背中を任せられる親友だと思っていた。
中学の頃は昼休みに女子トイレから何人出てくるのか、アイスを賭けるバカをやっては虹花に投げ飛ばされては互いに笑いあった。
水泳の授業では、女は水面滴る尻だ、いや濡れた脇だと性癖激突による大喧嘩をプールサイドで勃発すれば虹花からプールに叩き落とされた。
しばらくの間、二人揃ってクラスどころか学年中の女子から距離を露骨に取られるハメとなる。
心許せる相手だと思っていた。
それが今では一方的に目の敵にされ、疎まれ、阻害してくる。理由を何一つ語らないから益々不信が深まっていく。
「キミが僕にあれこれしたとしても、僕はキミにあれこれした記憶はないんだけどね~」
疑問を呈そうと相手から沈黙しか返ってこない。
本当に陽仁自身、心当たりがない。
親友だった身として、バカやるとしても嫌いな行動は絶対にしなかった。
もちろんきっかけだけは心当たりがある。
「キミが変わったのは中学二年にあった林間学校が終わった後」
人が変わった。一方的に嫌悪する雷蔵の誕生だ。
原因があるとすれば、そこしか思い当たらないが。
「うるせええええんだよ!」
陽仁の発言を遮り壊すは落雷と聞き違う雷蔵の怒声。
溜まりに溜まった鬱憤を爆発させるように雷蔵は吼える。
陽仁の顔に陰が差し怒りで顔を赤黒くした雷蔵が豚でも見るような目で見下ろしていた。
「哀れだな」
半眼のまま陽仁は零す。
恐怖など一ミリも湧かない。
ただ怒りに支配された哀れな男だと、憐憫さしか浮かばなかった。
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