第14話 見えない仕事
各モニターに映るは各施設を楽しむ招待客たち。
ジェットコースターはレールを駆け抜け、悲鳴を轟音で上書きする。
観覧車はゆったりと空に空にと近づき、俯瞰風景を楽しませる。
キリンの首が柵と塀を越え、与えられた餌を長い舌で絡めるように食べる。
今、塀のカバに向けて一玉のスイカが投げ込まれ、強靱な顎で砕いていた。
オットセイとアシカの違いはと説明するスタッフが映る。
巨大水槽の中ではジンベーザメが悠々と泳いでいる。
端と見て誰もが楽しんでいる。
だが、それは表向きの話。
トリニティーパーク中央に聳えるセントラルタワー。
最上階が展望室として解放されていようと、その本質は三エリア全施設の自動制御を総括するメインサーバーであった。
「船舶航行システム、エラー修正完了しました!」
「モノレールの電光表示板に誤字あり! 6が9になってます!」
「おい、誰だよ、カンマとコンマ混ぜたの! これだと観覧車が止まるぞ! 今までよく動いてたな!」
「一時的にサブシステムに切り替えて対処しろよ! あとコンマだぞ! コンマを入れるんだ! 間違っても全部カンマにするなよ!」
「ああ、カンマだな! 分かっているっての! もう入れた奴、どこのどいつだ!」
「コンマだ! このトンマ!」
「オーライ、トンマに修正って何だよ、トンマって!」
オペレータールームはもはや戦場であった。
総勢五〇〇人の怒号が飛び交い報告と完了の嵐。
試運転は繰り返しミスやエラーを虱潰しに治そうと、完全稼働させねば問題が見えてこぬ現状がある。
この部屋に摘める人員は総勢一五〇〇名。
昼夜三交代制でシステムを回していた。
この世に完全完璧などない。
特に人を乗せての無人運用だからこそ、小さなエラーやバグは見落とせない。
システムとは、プログラムとはいわゆる言語の集合体。
機械が歯車やカムで動くように、システムは複数の文字を組み合わせて稼働する。
ギア一つが噛み合わねば、動かぬように、プログラムが一文字でも違えばエラーという機能不全を起こす。
ギアが噛み合い続ければ磨耗するように、プログラムも稼働し続ければバグを起こす。
システムの自動化と聞こえはいいが、結局のところ最後の最後で砦となるのは人の目と手であった。
「バグが一つもないなどあり得ない! いいか、徹底して見つけろ!」
室長たる男もまたキーボードに指を走らせながらバグを修正する。
今修正したのは飼育小屋カメラの認証バグだ。
ネットワークで制御、管理されているからこそエラーにて動物たちの動向をチェックできないのは管理として致命的。
システムには飼育員が万が一、鍵をかけ忘れた、室内に動物がいると気づかず清掃で入ろうとした、通路に動物が入り込んでいたなどの事態が起こった場合、アラートが鳴り電子音声で知らせる仕組みとなっている。
動物の中には隠れるのが得意な種がいるからこそ、熱や動作により行動を把握する必要があった。
「ええい! なんで動く!」
ふと中央より一人の男がヒステリックな声を上げた。
誰もが一瞬だけ目を向けるも、モニターに戻し修正に注視する。
(またか、やれやれ)
室長は呆れながらも一声かけない。
仕事ぶりは問題ない。さぼっているわけではない。腕は優秀だ。平均して一人が三つのバグを修正している間、八つ見つけては瞬く間に修正している。
閉口することがあるとすれば、病的なまでに神経質な点だ。
資料ファイルは横置きではなく縦置き、カップは左端、缶は右端、ペン入れは中央より一五、六センチ以内と細かなこだわりがあった。
(どうせ、デスクに置いていたドリンクの缶が一ミリズレてたんだろう)
背後から遠めで様子を見れば、件の男はキーボードを叩く度、右手で缶を動かしている。
打っては戻し打っては戻すと昔のタイプライターだと呆れるしかない。
タイピングによる振動で缶が動いたのは間違いないだろう。
「なんで一センチも動く!」
ヒステリックな叫びに誰もが辟易とするが慰めている暇などない。
このプレオープンの如何にて今後の人手が決まる。
自動化を詠っているからこそ、システム保守に関する人手の増減が決まる。
室長の立場で言わせてもらえば、三交代にて、どうにかギリギリで回しているのが現状。
プレオープンが終わり次第、増員の要望書を出すつもりだ。
「室長、タワー内の展望台行きエレベーターにてエラー発生! 地震の誤感知による緊急停止に入っています!」
「こっちでも今確認した。地震速報はなしだな、よし乗員は!」
「カメラにて乗員ゼロを確認しています! ただしエレベーター停止により展望台の乗客たちが下に降りられなくなっています!」
「こっちに回せ! すぐ修正する! ほかのエレベーターは――よし、問題ないな!」
プレオープンだろうと個々の士気は高い。
その背景には社長たち直々に報酬の上乗せが契約書に交わされているからだ。
簡単な口約束ではない。徹底してバグの発見とエラー修正にてパークを稼働させ続ければ、報いるだけの報酬が出る。
この部屋に勤める者たちは、確かな腕があろうと、頭数だけで切り捨てられ、保守という見えない仕事故に評価されず、顧客からのバグ指摘でシステムを欠陥品扱いされ、バグ報告がなければサボりの給料泥棒と非難されてきた。
そして不要のレッテルを張り付け、解雇された。
三企業はそこにあえて目をつけた。
ツテやコネにて、解雇で浮いた者たちをヘッドハンティングし<トリニティー>の社員として正規雇用したのである。
経営陣の目論見通り、パーク内のシステム一元化など、彼らの確かな腕がなければ成し得なかっただろう。
「室長、船舶航行システムにエラー確認! 三番船が接岸時に二センチの隙間を生じさせています! ついで落下及びけが人なし! ですけど!」
「なんだ!」
「これはエラーじゃないんですけど、壇野グループの御曹司が水路に投げ入れられました! すぐ出たので航行に影響なしです!」
バカな報告だと室長は一笑に伏せない。
当たり前であるが水路は遊泳禁止である。専用の航行ルートだからこそ泳ごうならばスクリューによる人体損壊の事故が起こる。
事故防止のために柵がもうけられ、意図的に踏み入れられなければ事故など起きない。
あろうことか壇野の御曹司がそのような愚行を。
「カメラナンバー四六、時間は一一二五です」
モニターの映るは誰もが知る壇野グループの御曹司。
息を切らして一人の招待客に駆け寄っている。
知り合いか、恋人か、プライベートなのでどちらでもいい。
その肩に手を触れた時にはカメラでも捉えられぬ速度で水路へと御曹司を投げ飛ばしている。とどめにと落ちた靴を一足、柵を越えようとした御曹司に激突させては今一度沈めていた。
室内は驚嘆の空気で満たされる。
「痴話喧嘩ですかね」
「この御曹司、遊園地エリアの広場でも同じようなことされてたな」
「これ、上に、壇野の社長にどう報告しましょう?」
修正の片手間に誰もがその瞬間を閲覧している。
手が止まるのは致命的だが、熱しすぎた室内に対する清涼剤になったと室長は軽く咳払いをした。
「まずは接岸システムの修正、次いで今一度各船舶の運航をチェックだ。報告は私がしておく」
「分かりました。念を入れてモノレールもチェック入れます」
「任せた」
短い言葉で答えた室長はメーラーを起動させれば、壇野社長にメールを送っていた。
返信は、来なかった。
当然だろう。時間的にイベントステージにいる最中だからだ。
「あああもういい加減にしろ!」
ヒステリックな声と缶が潰れる音に室長は頭を抱えるしかなかった。
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