第15話 ヨシ!

 ここは動物園エリア。

 の、スタッフ通用口近く。

 丁度、鑑賞木が聳え立ち、物陰となって景観を壊さぬ配慮がとられている。

 壁に背中を預けて立つ陽仁は辟易とするしかない。

 足下に呻くは顔は覚えているも名前の知らない同級生四人。

 誰もが腹を抑えて倒れ込み、苦悶の表情を浮かべている。

「なんか用?」

 左頬を手の甲で拭う陽仁は涼し気な顔で四人に誰何する。

 問おうと誰もが苦悶し続けるだけで答えないから困ったものだ。

「いきなり僕をこんなところに連れ込んで何がしたかったの?」

 一人楽しく散策していれば、いきなりこの場所に連れ込まれた。

 揃いも揃ってニヤケたアホ面で有無をいわさず殴りつけてきた。

 一人一発ずつ意図して頬をかすめさせた後は、一人ずつ腹に拳を一発入れて黙らせる。

「生憎、こっちは複数人の武器あり訓練を受けているんだなこれが」

 陽仁は訓練時の痛みを思い出し少し身震いした。

 容赦ないしごきにアザや生傷が絶えなかった。

 先に手を出したのはこの四人。

 陽仁は意図して一発ずつ受けては正当防衛に仕立て上げた。

「ライの手さ、いやあれはこんな手使わないか」

 頭をサッカーボールのように蹴り飛ばして口を割らせたいが、過剰防衛となるので文字通り脚を踏み留まらせた。

 ふと頭上で影が動く。反射的に見上げれば、施設の屋根上から人の頭が覗いている。

「それで、あなたはさっきから何をしているんですか?」

 陽仁は呆れ顔で屋根を見上げる。

 本来なら立ち入り禁止とされた屋根に一人の男が膝立ちの姿でカメラを構えていた。

「何って写真撮影だけど?」

 男はにっこり笑顔で一眼レフカメラを陽仁に見せてきた。

 間違っていないが、陽仁は望んだとは違う返答に渋面を作った。

「ああ、安心していいよ。ちゃんと屋根に上る許可は貰っているから。建物からの風景が欲しかったんだよ」

 男はスマイルを崩すことなく避難用梯子を介して降りてきた。


 男の首元には招待プレスのネームプレートがあり<立花潤太>と表記されていた。

 このご時世、高所や俯瞰での撮影は見栄えや安全性を踏まえてドローンを使用する。

 屋根に登っての撮影が白々しく聞こえるのは人間不信に陥りすぎているからかと、自嘲気味に自問する陽仁。相手に演技臭さがあろうと言葉に嘘臭さがないから困る。

「いきなり物陰に連れ込まれてキミも大変だね」

「野暮なこと聞きますけど」

「そりゃ決定的瞬間だもん。キミが連れ込まれた時から殴られ、殴り返す瞬間までバッチリ撮っているよ」

 面倒だなと陽仁はただ顔をしかめるしかない。

「そこの四人がキミのこと、トダとか言っていたけど」

 立花は今なお倒れ呻く四人を介抱することなく陽仁に訪ねてきた。

 マスメディアは良い悪い含めて情報に関して鼻が利く。

 学校の一件、情報共有で把握していてもおかしくはない。

 何しろ絶賛炎上中の学校の生徒が一学年丸ごとパーク内にいるのだ。

 招待を好機として嗅ぎ付けたメディアが接近しないはずがない。

「勘違いだったらごめんね。もしかしてキミのお母さんは動物学者の十田晴菜とだはるなさんかな?」

「そうですけど、それがどうしましたか?」

 予想に反して出た母の名に陽仁は虚を突かれた。

 ゲスな勘ぐりで別方向からのアプローチだとすぐさま目尻を強めて警戒する。

「そう警戒しなくていいよ。ここで会ったのも縁だ。取材させてもらえないかな?」

「なんで?」

 当然の疑問を言葉にする陽仁。

 相手はにっこり営業スマイルを崩さぬまま返す。

「もちろん動物学者十田晴菜さんについて」

 相手からの申し出に陽仁は顔顰めて逡巡する。

 約束の時間までまだまだ時間はある。

 あれこれアトラクション巡りで時間を潰そうにも一人テーマパークは、楽しさの共有ができぬ故にどこか物寂しい。

「分かりました。ですけどプライベートな質問はNGですからね」

 陽仁は時間潰しだと割り切り、二つ返事で引き受けるのであった。


 彼は大学生であった。

 トリニティーパークのアルバイトスタッフとして採用された。

 主な仕事内容は備品の出し入れや雑務。

 いくら自動化であろうと人の手は不要とならない。

 遊園地エリア、医務室に隣接された仮眠室。

 備品整理をしていた際、背後から響いた小太り男の声にバイトは辟易する。

「おい、バイト、これなおしとけ!」

「分かりました」

 投げつけるように置かれた段ボール。

 口答えするだけ無駄だと平坦な声で返す。

 バイトリーダーの立場だけで高圧的に接してくる。

 噂を聞くには、どこぞの企業で部長職に就いていたそうだが、パワハラにて解雇される。

 親のコネでアルバイトからやり直せと、この職場に押し込まれたそうだ。

 当人は正規雇用ではなくアルバイト雇用に不満があり、その鬱憤を他のバイトたちにぶつけている。

 余計な口出し災いの元、言われた通りやっておけば無事平穏だ。

 段ボールには無線機や有線式電話機が雑に詰め込まれている。

 スタッフ同士が連絡を取り合うツールのようだが、業務用携帯端末があるため、使用用途が見えない。

「すぐ終わらせろよ! まだまだやることあるんだからな!」

 バイトは内なる声で、サボってんのはそっちだろう、と悪態つく。

 バイト仲間たちは他の雑務を理由に一足先に逃げている。

 一人逃げ遅れたお陰で、うるさいバイトリーダーの相手をするハメになったのは不幸だ。

 困ったことに、このバイトリーダー、名ばかりで仕事らしい仕事はしない。

 上にはこびへつらい、下には高圧的。

 やるべき仕事は全て下に押しつけ、自分は競馬新聞とにらめっこときた。

 プレオープンで誰もが慌ただしい中、堂々とサボるとは神経が体格以上に図太いようだ。

「あ~もう面倒くさいな」

 姿が見えなくなったのを機にぼやく。

 プレオープンだけに出し入れされる備品は多い。

 業務端末には、指定の場所まで備品を準備し配送するよう指示が来ている。

 水族館エリア、フードコートにて清掃用モップが足りない。イルカショーでキャストずぶ濡れタオルが足りない。動物園エリアの第三トイレが詰まった。自動ゴミ回収車が脱輪して動けず。キャストがゴリラにフ○を投げつけられた。誰だ、オウムにハゲ野郎と吹き込んだのは。ポップコーン販売機のコードが断線した、予備求む。

 配送用ドローンはあくまで運ぶだけで梱包及び取り付けは人の手を必要とする。

 運ぶだけではダメだからこそ人の手はどうしても求められ、完全な完全自動化はほど遠いのが現実であった。

「丁度ここが開いてるから入れちまえ」

 段ボールが入るぽっかりサイズの四角い金属箱。

 彼はバイトリーダーが不在なのを確認すれば、段ボールを金属の箱に押し込んでいた。

 サイズ的にぴったり収まり、カチャリと鍵がかかる。

 鍵は鍵穴に刺さったままなのでヨシとバイトは指さした。

 次いで端末からコール音が鳴る。次なる仕事の指示だ。

「さーて次はっと、はいはい、はぁ? 園内散歩中のペンギンたちが四方八方に逃走中! 人手足りず、大至急応援だと!」

 端末内蔵のGPSにより運営システムが状況に応じて近場の人間に応援を要請する。

 雇用契約が雑務であるからこそ、引っ張りだこである。

 プレオープンでこの多忙さならば、正式オープン時の多忙さは地獄を見るだろう。

「ちぃーとペンギン確保に行ってきます~」

 端末にペンギン確保の応援に向かうと入力。

 競馬新聞を睨むバイトリーダーに一言添えては離れる口実とする。

 当人は眉間に皺が寄るまで気難しい顔をしてブツブツ呟いている。

 鼓膜に届こうと頭には届いていないが、一応報告はした。

 

 ――なのでヨシ!

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