第16話 夕張のいかついクマと熊本のゆるいクマ
掴め辛い相手だと陽仁は心の内でぼやく。
「いや~スゴいよね、これ全部自動で作っているんだって」
取材協力のお礼だと立花は売店で飲食物を持ってきた。
オープンカフェ形式で規則的に並べられたテーブルや椅子。
時間的にお昼前だからこそ空席は多い。
テーブルにはホットドックやドリンク、フライドポテトなどファストフードが並べられ、相手は笑顔で勧めてくる。
(いやプレオープンなんだから園内飲食は無料でしょうが)
おごりすらならないため、ありがたみが感じられない。
「まあいただきますけど」
陽仁はそのままホットドックを一かじり。
自動調理された一品だが、人手か機械か、食べても味は同じなため判別はつかない。
パンズは表面をさっくり焼かれ、挟まれたソーセージは肉汁がパンズにしみこむほどジューシーだ。
ただ警戒は怠らない。ふとした弾みでポロリと何かをこぼしてしまいそうである。
「十田晴菜さんは主に類人猿の研究者だったね」
「ええ、だからよくアフリカに行ってはチンパンジーの生態研究を行っていましたよ。だから、このパークでもアドバイザーとして依頼を受けたんです」
その専門知識を生かして施設監修をお願いしたいとの依頼。
縁もあってか、母親は依頼を快く引き受けた。
「ただチンパンジーの飼育施設、設定段階からかなり揉めたと聞いているけど」
「そうですねー」
陽仁は棒読みで返しながらフライドポテトを一本かじる。
外はサクサク、中はホクホクと、塩加減も抜群だ。
量も多く、食べ盛りな個人にも、シェアするグループにも良しときた。
「経営コンサルタントと度々衝突していたみたいですよ」
自然に近似した環境で飼育すべきと主張する専門家。
遮蔽物や障害物があっては来場者が見えないと主張するコンサルタント。
動物は絵画や車のようにただ置いて展示するものではない。
生きているからこそ、生き生きとした活発な姿を来場者に見せつける必要がある。
加えて、自由に遊び回れる遊具がなければ動物はたちまちストレスが溜まる。
人間とて狭い閉鎖空間に閉じこめられればストレスが溜まるのと同じだ。
チンパンジーは主に森林地帯に生息しているからこそ、木々のように上り下りできる遊具が必要不可欠であった。
「そのコンサルタント、再建した動物園の話ばっかしていたんですけど、どの動物園も結局閉園しているから説得力ないって母は論破しているんですよ」
「コンサルタントあるあるだね」
「だから母親は畳みかけるようにして、入場者数が増えた動物園の例とか出して、如何なる施設にしているのか、資料として上に提出したんです」
しゃべり通しと塩気のせいでのどが渇いたと陽仁はドリンクを一飲み。
中身はコーラだが口当たりに飲むのを止める。
今流行の紙ストローと思えばプラスチックだ。
流行に逆行ではなく、ストロー表面に、<このストローはバイオマスプラッチックで土に還ります>とご丁寧に配慮された刻印があった。
「結果を言えば専門家の意見が通ったんです」
コンサルタント側の意見が落ちた原因として、動物をただの展示物として見て、生き物として見ていなかった点であろう。
「もしコンサルタント側の意見が通っていたら塀は低いは遊具はないわの欠陥動物園ができていましたよ」
「そ、それ、危なくない?」
「ええ、B級映画みたいな動物大脱走です。仮に塀を高くしようと、よじ登るどころか普通にジャンプして脱走した実例もありますけど、あくまで例外中の例外ですし」
寒気走る顔の立花に、陽仁はまじめ顔で頷いた。
チンパンジーがおとなしい動物との認識は単にバラエティー番組の弊害でしかない。
獣は人を襲うし、時に喰らう。
縄張りに足を踏み入れた。餌を持っていた、餌であったなど理由は様々だ。
実際、とある集落では野生のチンパンジーに赤子を奪われ、喰われた事例が世界にはある。
「猿は間抜けそうでもバカじゃありません。接する時は猿ではなく一人の人間のように接しろと言われるほどです。一匹取り押さえるにも大人三人は必要とします。特に注意すべきは知能が高いからこそ、学習を共通する点です」
「共有する?」
「ええ、こいつは弱い。こいつはいつも餌を持っている。こいつは女だ。こいつは喰えると群で学んだ情報を共有するんです」
赤子の味を覚えたチンパンジーは群をなして集落に集まった。
小さくて弱く、動きも鈍い。喰いやすいと学んだ結果であった。
「そうえば国内でも猿被害は女性が襲われる率が高いと聞くな」
「母曰く、女性は旅先で買ったおみやげ、つまりは食べ物を持っていると猿が学習した結果だと言っていました」
加えて、動物は鼻が利くからこそ香水で判断しているとも。
観光地での動物被害は必ず出る。
駆除すれば簡単だが、中には天然記念物もいるため簡単ではない。
「農家では爆竹が猿除けとして使われていますけど、あれに驚くのも最初だけで、何度も使っているとただうるさい音を出すだけの物と認識して意に介さなくなるんです」
「確かに音が鳴るだけで燃えないんじゃ恐れる必要ないな」
「ええ、害獣除けに使われる電気柵もそうです。触れば痺れるなら触らねば痺れない。猿からすれば木々を介して飛び越えればいいですし、頭の良いイノシシなんか尻から突っ込ませて畑に侵入しています」
たかが獣と侮れない高い知能。
背景には自然界で培われた生き残るための知恵だと言っていい。
騙すか、騙されるか、喰うか、喰われるか。
ゲームのようにコンテニューなど自然界には存在しなかった。
「クマもですけど、年齢を重ねたクマはあえて無知な若いクマを先に行かせてトラップにひっかけさせます。確かなルートで牧場から牛などの餌を確保しているそうです」
「ああ、資料で読んだことがある。知床のクマだね」
「え、ええ」
ポテトをかじりながら陽仁は返す。
自然と人間は隣り合おうと兼ねあえない。
野生動物に餌をあげてはいけない。
あげれば、狩りを自らしなくなり、人間を餌持つ存在と認識して人里に現れるようになる。
それは自ずと餌持つ人間から人間を餌として認識するようになる。
特に北海道、知床では観光客の餌やりが問題となっている。
禁止しようと、かわいいから、めずらしいから、みんなやっているからと観光の一環でクマの餌やりを楽しむ。
観光客は旅行が終われば北海道を離れるが、現地に住まう人々はそうではない。
「観光客がソーセージ一本をクマに与えたせいで、人里、それも学校にまでクマが現れて射殺された例もありますから」
児童の安全を守るためやむを得ず射殺した。
生活を脅かす存在故、距離を保つ必要があろうと、北海道に住まぬ人には関係ない。
安全地帯から動物愛護の自己主張を訴え、クマ射殺を非難する。
捕獲すればいい、眠らせればいい、殺すなんてクマ殺しだと抗議する。
アゴだけの抗議で自らクマの保護に動かない情けない奴らだ。
「眠らせればいいとか、捕獲しろとか、麻酔扱うには獣医資格、銃を使うには銃免許がいるんですよ。捕獲だって罠の資格がいるし発砲するには場所によっては警察の許可がないとできない。本来の麻酔銃は猿用だし射程だって短い。全長二メートルは軽く超える巨体のクマに麻酔なんて効きにくいんですよ。下手して興奮させると巨体を裏切る動きで被害が出るリスクだってある。両親曰く、両方持っているのはソシャゲでいう最高レア以上のレアさだそうです」
宝くじ特賞を連続で一〇回は当て続ける率である。
「クマがかわいいとか言う人いますけど、北海道夕張と熊本県のクマのマスコットキャラ、あれを見比べれば現地の人がそれぞれ、どうクマを見ているのかわかるはずです」
「確かに、夕張のクマキャラは生々しいほど厳めしい面だよね。逆に熊本のほうのクマキャラは丸っこいし文字通りゆるっとしてる」
「単純にクマの危険性と隣り合っていたか、いないかの生活圏の違いがキャラに出ているんです。九州にクマはいるにいますけど、動物園かクマ牧場の飼育された個体しかいません」
もちろん九州にクマがいないだけで獣被害がないわけではない。
猿やイノシシなどの獣害は起こっており、福岡では都心部に猿一匹迷い込んだだけでマスコミが追いかけ回す騒動となった。
猿が捕まらない。今ここにいると、SNSで話題になればこぞってマスコミが警察以上に追いかけるため猿は逃げ続けて捕まらない。猿なのにイタチごっこである。
「詳しいんだね」
立花は一息入れるようにコーヒーを口にする。
久方ぶりに他人とゆったり話したせいか、饒舌だと陽仁は自嘲した。
「専門家ほどではないです。せいぜい、家にある本とか両親の話を聞きかじった程度ですよ。小さい頃は夏休みとか長期休みなるとねだって連れ回してもらいましたけど、旅行気分でした」
一人出歩かない、飛び出さない、離れないを条件に国内国外問わず研究に同行させてもらった。
アメリカでは、沼地の水面に浮かぶ目に好奇心を刺激されて、うっかり近づいてしまい、目の主であるワニに危うく引きずりこまれかけたのを今でも覚えている。
当然のこと、ワニ以上に怖い両親からお叱りを受けた。
「君はこのパークをどう思うかな?」
「まだ全部見回ってないですが、施設自体はかなり良いと思いますよ」
フライドポテトをかじりながら陽仁はざっと周囲を見渡した。
一見してごくありふれたテーマパークだが、スタッフの姿が従来と比較してほとんど見あたらない。
専門家の意見を優先して聞き入れて設計する。
管理システムも自動化していようと、人間と動物、双方に害が及ばぬよう徹底しているとパンフレットにあった。
「安全管理もかなり徹底しているみたいですし、B級映画みたいな展開はないですって」
「あははは、教室にテロリストとかそういうノリで思っちゃったりするよね」
気づけば陽仁から相手に対する警戒心は解かれていた。
相手が口を挟むことなくしっかりと話を聞いてくれたからだろう。
久方ぶりに、他人と向かい合って会話したお陰で気分は軽い。
「おっと、そろそろ時間か」
立花は声を強ばらせながら腕時計を見るなり椅子から立ち上がった。
「取材の約束でも?」
「その通り、水族館エリアでね」
誰かと簡単に言わないのはメディアの仕事柄か。
「もし時間があるなら是非ナマコも見て行ってください。ナマコのエリアは兄が監修しているんです」
「それはそれは」
立花は面白そうに目を細める。
折角訪れたのだ。自慢の兄が監修したエリアをメディアの目を通して見て欲しい身内びいきがあった。
「それじゃまた縁があれば」
「あ、はい、縁があれば」
笑顔で手を振りながら去る立花を陽仁は見送るのであった。
「さ~て、どうするかな」
軽く背伸びして逡巡した時、足下からバサバサと羽ばたく音がした。
食事狙いのカラスかと、テーブルの下をいぶかしみながら覗き込めば、一匹の白黒鳥類と目が合った。
「ぺ、ペンギン?」
園内散歩から脱走した一匹だと知るのはこの後である。
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