第12話 恋心の自覚

 循環バスならぬ循環船が水面をかき分け、パーク内をゆったり進む。

 完全自動化された船は水上バスとして来客たちの移動手段と利用される。

 船の種類は二つ。天井があるか、ないか。

 あれば窓辺より景色を楽しめる。なければ風を肌に受けられると楽しみ方があった。

 虹花が乗った船は前者だった。

 乗船した誰もが船内から広がるパークの景色を楽しむ中、ただ一人、窓辺から背を背けてシートに座り顔を俯かせている。

「ハルくんのバカ、チビ、たん、しょ、んぐっ!」

 虹花は小さくはなかったと嗚咽と共に飲み込んだ。

 そのまま肩を震えさせ、唇を強く噛みしめる。

 取り出すは一台のスマートフォン。

 虹花は目尻を赤くしたままスマートフォンに指を激しく走らせる。

 乗船していた人々は当初、身体を震えさせる虹花に気遣う視線を向けるも、どう声をかけるべきか誰もが踏み出せずにいた。

 下手な善意は不審者扱いされるからだ。

 だがカードが風で翻るように一変した虹花に、誰もが引いて目線を逸らす。

 溜まりに溜まった鬱憤を発散させるようにメッセージの連投を間髪入れず続けている。

 送信相手は当然のこと陽仁だ。

 雷蔵には送らない。何度も着信やメッセージが来ているが無視している。今は雷蔵の顔を浮かべるどころか送信されるメッセージすら既読にしたくなかった。

『隠れてこそこそするなんて、チビだから器とナニが小さいのよ!』

『小さい頃から私より小さかったからでしょうね!』

『そんなみみっちい男になるなんて信じられない!』

『男なら真っ正面からでっかくやりなさいよ!』

『まあ肝っ玉の小さいハルくんには無理でしょうけど!』

 後はエトセトラエトセトラの自主規制。

 陽仁から返信は一切ない。

 実際は立て続けに送信されるメッセージの対応に心の整理と既読が追いつかない、が正しくも虹花が知るはずもない。

「うっ、うううっ」

 一通り送信し終えた虹花は軽い自己嫌悪に陥っていた。

 鬱憤晴らすように送信したメッセージに顔を益々俯かせる。

 現在、虹花の身長は一八一センチ。

 幼稚園の頃から育ちに育ち、下手な男子より身長が高い。

 それ故、異性からはデカ女、電柱などと揶揄され続けたのがコンプレックスとなっていた。

 一方で同性からは、モデルみたいでかっこいい、身長に憧れると純粋にうらやましがられるが、悩みは尽きない。

 サイズに合う服や靴が見つからない。下着もなかなか合わない。胸周りの成長が著しいから折角買おうと無駄になる。

 大きいことは良いことだというが、虹花にとってはデメリットしかない。

「あれこれ身体張ってきた自分がバカみたい」

 手を強く握りしめ、唇を噛みしめる。

 幼なじみとして一言相談して、いやと虹花は頭を振るう。

 どだい、あの状況で接触どころかメッセージのやりとりすら不可能だった。

「結局、動かなかった自分が悪いんだよね」

 痛ましい光景に心が折れていたから。

 家族に迷惑がかかると踏み出せなかったから。

 身体一つで状況が変えられると思ったから。

 とんだ思い違いだった。

 一人では何もできないからこそ、誰かの力を借りるべきであった。

 虹花は広場での出来事を思い返す。

 一人では無理だからこそ、誰かの力を借りていた。

 陽仁はそうして現状を打破せんと誰にも、雷蔵にも感づかれることなく続けてきた。

 女の勘からするに、御曹司以上の立場を持つ誰かが協力者と見ていいだろう。

「けどハルくんに協力するメリットなんてあるのかな」

 腑に落ちないとただ首を傾げる。

 大人のいじましさ的に考えればライバル企業が雷蔵の実家である檀野グループを蹴落とすために陽仁を利用し合った、がしっくりくる。

 特に、今日この日はトリニティーパークのプレオープン。

 興奮と希望に湧く日に失態という絶望へ突き落とすのは効果が高いはずだ。

「一七時半になれば分かるか」

 あれこれ考えようと気分が沈むだけ。

 今はただ流れる水路のようにゆったりと心を落ち着けよう。

「おばあちゃんにとりあえず、報告はしといたほうがいいかな?」

 再びスマートフォンにメッセージを送信する。

 先とは異なりゆっくりと落ち着いたリズムで指を走らせていた。

 内容はこの二年間における自分の行い。そして広場での騒動。

 ものの数秒とせず返信。

 流石は祖母、老眼に縁がなく、年齢に似合わずそつなく器用にスマートフォンを使いこなしている。

『そうかい、ハル坊がね』

『ニュースはみたよ。しっかしひどいことするもんだねえ』

『あたしのかわいい孫を傷物にしようなんて不逞な男だよ』

『とりあえずあたしのほうでも探り入れとくよ』

『虹花、ようやく言ってくれたね。おばあちゃんはあんたの味方だから、あのドラ息子が何かしでかしたらすぐ言いなさい』

『社長室に乗り込んでブン殴ってくるから』

『あ、そうそう、帰る時、ハル坊を首根っこ掴んででもあたしの前に連れてきなさい。抵抗するなら腕の骨の一、二本ぐらい折っていいわ。このあたしが許す』

 頼もしいメッセージが届き、自然と笑みをこぼし胸の痛みが沈んでいく。

 そもそも祖母は雷蔵との交際にあまりいい顔をしなかった。

 最初は交際反対をしていたが虹花の顔に察したのか黙るようになる。

 逆に陽仁はどこか気に入っており、もう一人の孫のように厳しく接していた。

「うん、これでいいんだ」

 スマートフォンを胸に当て、虹花は強く頷いた。

 今高校では堰を切ったかのように問題が噴出し大露わ。

 芋蔓式に中学校にまで波及するだろう。

 虹花も荷担した側として追求される。

 それは陽仁の助ける手段を違えた自分への罰だ。

 後悔は、ある。あの時、一歩進んで家族に相談していれば状況は変わっていただろう。

 それでも、だとしても今はただ前を進まなければならない。

「結局、神頼みって意味ないんだな」

 虹花はただ以前のように仲の良い二人に戻って欲しかった。

 偶然発見した社にて両者の復縁を願った。

 だが、両者の亀裂は修復不可能なレベルにまで陥っていた。

「いつからだったかな」

 窓辺より外の風景を眺めれば、水族館エリアを航行していると気づく。

 陽仁とは家が近所だったきっかけで家族ぐるみの交流が始まった。

 海水浴に行ったり、キャンプに行ったり、窓辺から覗く親子連れのように動物園や水族館にも行った。

 陽仁に手を引っ張られ、様々な箇所に連れ回されたことで虹花の世界は広がった。

 陽仁の兄である大輝もまた実の妹のように面倒を見てくれた。

「ハルくんが好きだって自覚しだしたの」

 覚えている。胸が高鳴った瞬間を今でも覚えている。

 それは――

「中学二年の頃の校外学習」

 

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