第11話 質疑応答

「えー夕柳新聞の山本と申します。トリニティーパークは完全自動制御を売りとしていますが、万が一に備えてスタッフが配置されています。ですが、総敷地内面積は一五〇万㎡、東京ドーム三二個分の広さがあります。この広さに対して各エリアのアトラクションスタッフの数は一〇〇〇人も満たしておりません。万が一、停電やシステム障害が起こった場合、数少ないスタッフたちでいかなる復旧手段を行うのでしょうか?」

 質問としては相場のお約束である。

 完全なものほど不完全なものはない。

 特に電力稼働だからこそ、電力が遮断されればAIなど無用の長物と化す。

 加えて広大な敷地に比例して少ないスタッフ。

 万が一の際、人手不足による機能不全が目に見えていた。

「それは私、檀野がお答えしましょう」

 一歩踏み出すように応じるのは檀野社長だ。

 部下どころか専門家をつけることなく応じるのは知識があるのか、それとも事前スリ合わせの質疑応答か。

「完全自動化を唱い文句としている以上、電力消失やシステムトラブルによる弊害が起こった場合に対して、各アトラクション施設には個別のサブシステムが搭載されております。もしジェットコースターで逆さ吊りになる事態があろうと、一〇秒もかからず起動したサブシステムがお客様を安全迅速にお運びします」

 ああ、そうそうと思い出すように檀野は記者と向き合えば続けた。

「保険の保険としてサブシステムの反応が途切れた場合、スタッフの人力による救助が行われます。後ろのスクリーンをご覧ください。今、スタッフが一人で巨大なハンドルを回していますね? これは文字通り人力にてジェットコースターを初期位置に戻すシステムとなっています。仕組みは単純、ギア同士の噛み合わせで戻しているのです。いや~私としても救助される側、する側を味わいましたが、ハンドルは思った以上に軽いものだから年甲斐もなく少々張り切って回しすぎてしまいました。お陰で腰が痛い」

 トントンと腰を叩く檀野の姿にステージから忍び笑いが漏れる。

 スクリーンには檀野社長が救助される姿とする姿が映る。

 社長の立場だからこそ自ら実践し体感する。

 何千何万回と乗せるからこそ、楽しみを悲しみにさせてはいけないという企業側の覚悟があった。

「お答えいただきありがとうございました」

 記者はお礼を告げ、質問は終える。

(んじゃちぃといじわるしてやるか)

 立花の中で悪魔が舞い降り、無意識が口端を歪ませる。

「四峡新聞の立花潤太です。先の安全対策は見事なものですが、万が一、そう映画の絵空事のように管理システムが暴走し、<トール三型>などの機械が人を襲いだした場合の対処法はあるのでしょうか?」

 聞く者が聞けばとんちんかんな質問。

 熱気に染まっていたステージは冷め、どこからか失笑が飛ぶ。

 一方で三社長は揃いも揃って鼻先で笑うこともなく、脇に控えるスタッフに指示を飛ばしていた。

 停止していた<トール三型>が無人で動く。駆動音を立てながら三社長の元まで歩み寄れば足踏みして右に機体を回しては背面を向けて停止した。

「いやはや私たちと同じ質問をする人がいるとは、あなたは目の付け所がなかなかいいですな」

 社長たちは揃って賞賛してきた。

 記者たちは何故と不可解な表情で顔を見合わせるだけだ。

「この機械を導入するか、決めかねていた際、私たちは同じような質問をサイクロンニクスにしたのです。あちらの解答はこれでした」

 三社長は揃って<トール三型>の背面を指さした。

 人間で言う首筋にあたる部位に、<緊急停止ボタン。絶対押すな>と日本語表記された透明カバーと、その奥には赤いボタンがあった。

 押すなと言われて押さぬ人間がいるだろうか、いやいない。

 もし自爆ボタンと表記されていれば、子供心が刺激されて押してしまう誘惑にあらがえないだろう。

「こんな構造ですから、実は搭乗すると後ろを振り返られないのですよ。一応、安全確認用のバックカメラは搭載されているのですが、とある一点の死角は構造上、完全になくせておりません。その死角をなくすのではなくあえて緊急停止ボタンの配置箇所としているのです」

「押さないでくださいよ。もし押すと機械内部の電源ケーブルが切断され電力寸断による強制停止を行います」

「人間に類する動きをする機械です。外は頑丈でも中身はデリケートな部位が多く、ケーブル一つ取り替えるだけでもかなりの時間を必要としますので」

 あくまで<トール三型>は猛獣が脱走した場合の保険。

 使うに越したことではないが、未知の危機対して備えは必要なもの。

 地震が起こらないように注意しましょうというお花畑な思考を経営陣は持ち合わせていないようだ。

 社長たちは幹部たちから無駄な買い物だと苦言を呈されたのを聞いてもないのに答えてくれた。

「ありがとうございました」

 驚を突かれたが悪い問答ではなかった。

 礼を告げた立花と入れ替わるように別なる記者が質問に出る。

「朝坂新聞の遠見です。動物園や水族館では多種多様の動物、猛獣どころか危険な毒持つ生物の飼育がされています。先のシステムAIの暴走に対する懸念と同じように飼育員や来場者が噛まれた場合の対処法は如何なものでしょうか?」

(順当な質問だな)

 立花は内でただ賛同するように頷いた。

 毒蛇やサソリをはじめ、猛毒持つ生物が動物園エリアや水族館エリアで飼育されている。

 毒生物は有害な存在だけでなく、医療の発展に深く関わっている。

 薬として使用されると周知してもらうためであった。

(実際、イングランドのノーサンバーランドには有毒植物の植物園があるからな)

 一度だけ取材に訪れたことがあり、気分が悪くなった記憶がある。

 コカインやマリファナなどの麻薬性の強いものからトリカブトやベラドンナなどの致死性と有毒植物が揃えられている。

 毒性があるからこそ、触るのも匂うのも近づくのも禁止。

 二四時間の厳戒態勢で監視され、園内にはツアーでのみ入場できる。

 何故、そんな危険な植物が集められているのか。

 薬物教育の一環としてスタートしたからであった。

(驚くべきはあの植物園、有名魔法映画のロケ地だったとはな)

 ファンなら聖地巡礼に勤しみたかろうと場所が場所である。

 毒性満載の園に踏み入れるのは個人的にもうコリゴリだ。

(そういえばデスストーカーだったけな)

 ふと脳裏に浮かんだサソリの名前。

 別名オブトサソリと呼ばれ、主に中東・ヨーロッパにかけて乾燥した砂漠地帯に生息し強力な神経毒を持つ。

 もし人間が刺されば神経系が麻痺し心臓発作や呼吸困難で死に至る。

(毒液は約三,八リットルあたりで四〇億円は超える額ときた)

 五センチから一〇センチほど小さな体長ながら俊敏であり、非常に気性が荒く攻撃的なため飼育には不向き。

 二〇〇六年には日本への輸入が禁止されている。

(その毒液は脳腫瘍の治療に活用できる可能性があるも問題は……)

 表情を滲ませるのは、高価な理由だ。

 小さな生き物だからこそ、乳牛のように機械ではなく手作業で採取する。

 次いで一匹の成体サソリから採取できるのは一度で二mg。

 再度採取するのに二週間から三週間と気の遠い作業となり、その希少性が価格を押し上げていた。

(毒を薄めれば薬に、薬を濃くすれば毒にとある)

 悲しきかな、確かに医療に期待できる毒液だが、研究するには絶対的量の問題があった。

(まあ毒生物は危険なんて認識しかない者には釈迦に説法だからこそ、教育的価値はあるよな)

 一般人視点での懸念は飼育された毒生物に飼育員が毒にやられる事態である。

 中には致死に至る毒もあることから、直ちに血清を打たねば死亡する危険性があった。

(あら汁にすると美味いオニオコゼも背鰭とかに毒がある)

 毒の種類も多岐に渡り、神経毒から麻痺毒と生物により異なっている。

 噛傷か皮下浸透か、目からか口からかと傷具合や箇所により侵食や症状が異なるのもまた。

(取材先で接待を受けた時、料理の中にフグ毒が入れられていて危うく死にかけたっけ)

 思い返しても嫌な思い出である。

 物的証拠を掴めていない中、横領疑惑について快く取材を受けてくれた相手が口封じをしてきた。

 気づくのが早かったからこそ死を避けられた。

 祖父や父もその手で口封じされかけた実体験を教えられたからこそ立花は素早く対処できた。

 その相手にはしっかりと真実という形でノシを返しておいた。

「万が一、毒生物にて負傷した場合、近隣の大学病院より血清をドローンで配送する手はずとなっております」

 質問に答えるのは動物園エリアを管轄とする大條社長である。

「もちろん、医務室にも、しっかりと多種に渡る血清が保管されています。データベースには毒性物に対応する血清が記録されており、万が一電源損失の場合においてもペーパーメディアにマニュアル化しておりますのでご安心してください」

 質疑応答はつつがなく進み、難なく終わりを迎える。

 次いで三社長たちは今後のパークの拡張計画についての発表に映っていた。

(正式オープンもまだなのに、こりゃまた大きく出たな)

 立花はスクリーンに映る完成予想図のイラストにただただ感心する。

 遊園地エリア外端部にはショッピングモールを。

 動物園エリア外縁部には大型スタジアムを。

 水族館エリア外縁部には大規模遊泳施設を。

 その土地の所有者たちとの交渉と施設誘致も順調に進んでいると正式に公表される。

(完成すればそれ以上の人手を見込めるぞ)

 逆を言えば、三企業は賭けに出ているとも。

 失敗は許されない。万が一、一エリアでも何らかのトラブルが起これば連鎖にて共倒れとなるリスクがある。

(リスクといえば)

 ふと立花はこの土地に伝わる伝承を思い出し唇を噛みしめる。

(この地に城を建てるべからず)

 一夜にして城が傾き、倒壊した伝承。

 景城市の由来も景観の良い城との認識が一般的だが、実際は傾城が由来だった。

 時代の移り変わりにより景城となった。

(前土地所有者が頑なに土地を売らなかった理由だそうだが、現にこうして無事に建っている。三企業とも徹底した地質調査と頑強な基礎工事を行った結果だ)

 安全管理は臆病なまでに徹底している。

 万が一など起きぬと誰もが確信しているはずだ。

「では皆様、続きましては試食会に移らせて頂きます」

 女性司会者のアナウンスを合図にステージの左右よりスタッフたちの手にて機材が運び込まれる。

 フードコートにて運用される自動調理機械のデモンストレーションであった。

「機械だろうと味は保証いたしますのでご安心してください」

 心がない機械だろうとその腕は折り紙付き。

 何しろロボットアームで調理するのだから、文字通り。


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