第10話 ファインダーに映るのは

 立花潤太は一眼レフカメラを構えてはシャッターを切る。

「助けて! 助けてえええええっ! 虎に襲われるのおおおおお

おお!」

 ファインダーの向こうで年若い女性は叫ぶ。必死の形相で叫んでいる。

 スピーカーより心臓の鼓動を押し上げるテンポの速いBGMが響き、緊迫感を増していく。

 正面より迫るのは虎。黄の皮に白と黒のラインを走らせる獣は、二足歩行で両手を大きく広げながらジリジリと女性に迫る。

(どっちもあざとすぎるだろう)

 シャッターを切る立花は、やれやれと言わんばかりに失笑する。

 トリニティーパーク、中央エリアにある屋外イベントステージ会場。

 今、このステージにてマスメディアに向けてのお披露目イベントが行われていた。

(本物の虎を使うわけにはいかないから、着ぐるみで代用はわかるが)

 そもそも虎は四足動物である。

 確かに動物園は猛獣脱走を想定した訓練にて着ぐるみを使用する。

 練習は本番のように、本番は練習のように、とある。

 訓練で本物を使うのは訓練ではなく本番となり訓練ではない。

(だが本命は……)

 カメラ越しに目尻を険しくした瞬間、虎の背後より金属同士が噛み合う重低音がした。

 誰もが一斉にカメラのレンズを音源へと向けシャッターを切る。

 それは一見してエイリアン映画に出てきそうな作業用機械。

 工業用重機を人間の形に合わせたような野太い四肢を持つ全長三メートルの機械であった。

 シャッター音は多重奏を極め、誰もがその動作に注視する。

(パワーローダー<トール三型>。アメリカに本社を置く<サイクロンニクス>が製造・販売する人型フォークリフト。二足歩行する以上、ただのフォークリフトと比較して値段は決して安くはない。本来の用途は重量物を運搬する機械装置だが、高い拡張性と質実剛健な性能で、CEOの一人が猛獣捕獲用装置として三企業に売り込んだ)

 脳内記録とすりあわせながら立花はファインダー越しに目尻を強めた。

 サイクロンニクス社は創業五年と群雄割拠のアメリカにおいて若輩に位置している。

 その事業内容は、ロボット産業を中心としており、工業用ロボットアームのシェアにおいて頭角を表している。

(航空宇宙事業において船外作業用アームのコンペにて落ちようと、即座に深海探査船用アームに転用。その技術を荒田グループに売り込み、社内コンペにて採用に至った経緯がある)

 会場が大手メディアばかり締める中、フリーフォトジャーナリストである立花がこの会場にいるのは、以前、特ダネを提供したメディアから特別招待を受けたからだ。

 持ちつ持たれつ、時には噛み合い、牽制し合う。清濁合わせ持つ大人のいじましさと駆け引きがあった。

(まあこのお礼は特ダネでよろしくと目が語っていたな)

 立花は相手の編集長の目を思い出しながら、カメラ越しに口端を苦く歪める。

 料理と借りの作り置きは嫌いなので、大物政治家の献金疑惑の情報を渡しておいた。

<トール三型>が右腕をあげる。金属の五指が人間と遜色ない動きで開けば、虎に向けた手の平より捕獲用ネットが射出される。

 あたかも巨人な手のように広がり、捕獲用ネットに包み込まれた虎はあばれもがくだけだ。

(企業経営はワンマンではなく六人による共同経営となっている)

 国籍も人種もバラバラの六人。

 そのうちの一人が日本人であり、荒田グループに売り込みをかけられたのも、グループ幹部と縁があったからだと聞く。

 縁が次なる縁を繋ぎ、トリニティーパーク開業にまで関わることになる。

 当初は一台だけの購入のはずが、その品質の高さから、各エリアのフードコートにある自動調理機械もコンペにてサイクロンニクスとなる。

 ただ、件の日本人はあまりメディアに露出することなく、各企業との折衝に準じ裏方に回っていた。

(確かにこの手の機械は大手なら資本力を活かしてすぐに作れるだろうし作っているところは既に商品化している。だが、この企業は他の企業にないモノがあり、それをウリにしている)

 立花は無人で動き続ける<トール三型>にシャッターを切る。

 本来なら人間が立ったまま搭乗し操縦するスペースがあろうと、強化ガラスで覆われた操縦席は無人。グリップ式操縦桿は誰にも握られることなく勝手に傾ぎ、意志があるかのように各間接部よりモーター音を響かせている。

 両手をゴリラのようにあげては、器用に腕間接を曲げては胸部に腕部を添えてドラミングのまねごとをする。そのまま両手をステージにつければゆっくりと上下を反転させた逆立ちで歩行する。次いで一回転して体勢を戻すも右足が先に着地した。誰もが失敗したと思った瞬間、バランスを崩すことなく片足跳びをして見せる。

 重量に見合わぬ軽快な動きにステージは振動で揺れ、誰もがどよめいた。

(自律制御型AIによる完全無人化。日本では法やら条例で後手後手のぐだぐだとなっているが、敷地内であるならば運用に問題ない)

 テーマパークはある意味、企業技術の公開見本市だ。

 ただ遊ぶ場所ではない。見る者が見れば、いかなる技術か、そのメンテナンス法はと気づけるはずだ。

 特にトリニティーパークはAIによる完全自動化を売りとしている。

 企業にとって一番の失費は人件費だ。

 人を雇えば雇うほど、雪だるま式に費用は膨れ上がる。

 かといって人を減らせば、非常事態が起ころうならば機能不全に陥ってしまう。

 それらの問題を解決するため、機械制御をAIによる自動化で人件費を抑えていた。

 入場ゲートから始まり、スナック菓子の販売、各アトラクションの搭乗案内、パーク内を循環するモノレールや船舶の運行、生物の健康管理システム、不法侵入や不審者の防犯システム、フードコートにある自動調理機械、サファリパーク内における自動運転エレカ、災害時の緊急避難車両と、多岐に渡り運用されていた。

(当然、人件費を減らそうと、それを肩代わりさせるシステム開発に費用がかかるのは当たり前だ。システム維持だって人の手がいる。機材取り替えや消費電力を踏まえれば下手すると人件費のほうが安い。パークまるまる制御する独自システムの構築にはかなりの資金と人員をかけたと聞く)

 立花はとある大手銀行のシステム障害を思い出した。

 複数の銀行が吸収合併し一つになろうと組織内から派閥の対立は消えず社内システムを複数運用する始末だ。どれがメインかで対立が鮮明となり、整合性のなさから不具合を起こす。ネットワークで繋がっているが故に全国規模の障害となり顧客は預金の預け入れや移動ができなくなった。

 このような事例があったからこそ、三企業はシステムの一元化を目指して独自システムを開発させた経緯があった。

(さて、自動化は聞こえはいいが、使えれば便利だが使えねば不便だぞ。お偉いさん方はどう答える?)

 デモンストレーションは終わり、ささやかな拍手と共に<トール三型>はステージ端にまで移動する。後は背筋を伸ばして物言わぬ人形となった。端では網から救出された虎がスタッフに連れられ、そそくさと退場していくが誰もカメラを向けない。演技を終えた演者に次なる演目はなかった。

「みなさま、本日はトリニティーパーク、プレオープンにようこそお越しいただきありがとうございます。続きまして社長三人により公開質問のお時間となります」

 女性司会者の案内によりステージには、三企業の社長、檀野・大條・荒田の三人が揃い踏みとなる。

 誰もが笑顔を隠すことなく仲良く横に並ぼうと、場数で刻まれた顔の皺からは互いに牽制し合っている感覚がある。

(ゲスの勘ぐりじゃないが、こりゃ動員数最下位のエリアはとり潰しとかやりかねんな)

 共同資本の運営企業<トリニティー>があろうと中身は三企業より派遣された社員たちである。

 土地買い取りから大いに衝突していた三企業としては、マスメディアの前では仲の良い協力企業の姿を喧伝させねばならないのは間違いない。

(ガチで三国志なら統一を果たす魏はどの企業か)

 くだらぬと立花はただ内心ぼやく。

 牽制し合おうと、食い合いによる共倒れは三企業とも望まぬ結果でしかない。

 パーク設営には莫大な費用がかかっている。

 年間維持費もバカにならない。

 立花が仕入れた情報筋によると一〇年運営し続ければ元手が取れるとあった。

 実際、類を見ない三種混合のテーマパークは国内だけでなく国外からも着目されている。

 聞けば海外の大手旅行会社がツアーに組み込む企画を立てているとか。

 特に大陸方面から団体ツアー客を呼び込めれば、瞬く間に利益へと転じるだろう。

(さてどんな質問をしようかね)

 脳内で質問を組み立てる立花は、ただ小首傾げていた。

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