第9話 彼女の返答

「誰かに当たり散らさないとその身が保てないのか、それとも跡継ぎだから何でもかんでも好き勝手できると増長しているのか、はてさて」

 身を起こした陽仁は演技臭くただ肩をすくめるだけだ。

「僕としてはもう昔みたく縒りを戻して仲良く云々は無理だね。ライ、キミはやりすぎた。現在進行形で学校はガサ入れの最中だ。いずれ君のお父さんの耳にも否応に入る。御曹司だろうとお目こぼしはもうできないと思うよ」

 仮に直接手を出してないとしても、匂わせた、指示したとの証言が出ようならば逃げられない。

 人間は己の立場が危うくなれば、自己保身に走る。

 加害者でありながら、自らの糾弾を逃れるために手の平返しの被害者面で批判する。

 批判に反論できない弱みを見つければ、こぞって群がり叩き潰す。

 批判されるより批判した方がマシだと言わんばかりに。

 ここで陽仁は、チラリと横目で担任に目線を向ければ顔は青々しく口元は苦々しいときた。

 本来なら教師として学校に馳せ参じなければならないが、案の定、逃げの一手による保身を選んだようだ。

 逃げの一手は競走馬だけにして欲しいものである。

「ああ、そうか、荒田グループの差し金か! クッソが!」

 雷蔵は苛立つように手の平を殴りつける。

 ゲスの勘ぐりでなくとも他企業の外堀埋めと思い至るのは自然な流れだろう。

 しかし陽仁はブッブーと両手で×印を作っては否定した。

「招待は荒田グループだけど、僕にあれこれ協力してくれた人は別の人だよ。ましてや鬼流院の御隠居でもない。もしあのばあさんだったら、露呈した時点で檀野グループの社長室に単身突撃して社長を投げ飛ばしているって」

 スポンサーはこの一年、知力体力胆力と陽仁を徹底的に鍛え上げるよう援助を惜しまなかった。

 派遣された人材による徹底した陽仁の育成。

 名前を調べれば、誰もがその道のプロフェッショナルときた。

 放課後は毎日、夜まで勉学に勤め、早朝にはランニングによる体力造り、休日には実戦を想定した格闘技訓練。アザができようが、嘔吐しようがしようが、失神しようが、立ち上がるのを止めなかった。

 そのお陰でこうして陽仁は堂々と雷蔵と相対することができていた。

「僕の協力者が誰であるか知りたいなら、今日の夕方一七時半にアクアホテルのロビーに来るといいよ。キミの立場でどうにかできるなら、好きにするといいさ」

 冷徹に、平坦に陽仁は告げる。

 これ以上言葉にせずとも雷蔵なら理解できるはずだ。

 現に、雷蔵は察したのか、口と拳を固く結んでいる。

 下手に手を出そうならば、そのバックが報復行動に移ると直感しているからだ。

 後継者の椅子を剥奪される考えに至らぬ愚鈍な男ではないと陽仁は知っている。

「それで虹花、返答は?」

 あれこれ脱線しすぎたが、陽仁は今一度虹花と向かい合った。

 可憐な顔は涙で腫れ、直視するのをははばかられる。

 散々彼女の顔を曇らせた雷蔵に胸襟は膨れ上がるが、爆発させるのは今ではないと自制をかける。

「な、仲良く、なんてもうできないの?」

 震える涙声で問いかける虹花に陽仁は無言で首を縦に振るだけだ。

「縁は切れた。いや切られた、が正しい。ライが全面的に悪い」

「そ、そんな、私は、私は、うっ、うあああああああっ!」

 陽仁の絶縁が後押しになったのか、虹花は全てに絶望したような顔をするなり背を向けて走り去ってしまった。

「あ、虹花」

 思わず手を伸ばして追いかけようとした陽仁だが、足を止める。

 雷蔵に肩を掴まれ阻害されたのではない。

 間髪入れずに届く虹花の連投メッセージに足を止めたのだ。

『ハルくんのバカ!』

『チビは追ってこないで!』

『しばらく一人にさせて!』

『落ち着いたらまた連絡する』

『一七時半の約束、私を同席させて!』

『知る権利がある!』

『説明義務がある!』

 ブロックされて以来、届くことのない久方ぶりのメッセージ連投であった。

 若干、罵倒も入っているが陽仁は気に留めず、ただ指を走らせては、わかったと短いメッセージを送る。

「互いにフラれたな」

 スマートフォンを片手で弄びながら陽仁は自虐的な笑みで雷蔵に言う。

 一方で雷蔵は苛立ちを顔に隠すことなく、陽仁から顔を背けている。

 そのまま虹花が走り去った方向に足を向けようとしていた。

「一人にさせてってさ。男なら追わないのがエチケットよ」

 この発言に雷蔵の影は止まる。

 振り返るその顔は白歯を剥き出しになり、握った拳が震えている。

 自分ではなく陽仁にメッセージが届いたのが、それほど気にくわないのだろう。

「さーてと、夕方まで時間潰すとしますか」

 気持ちを切り替えた陽仁は後頭部をぽりぽりと掻きながら虹花とは反対の方向に歩き出す。

 背中から嫌悪ある無数の視線を受けるが、埃が周囲を舞っているような感覚でしかない。

「そういや、あいつ」

 無数の視線を無視して一人広場を歩き去る中、陽仁は虹花の姿を思い出す。

「久方ぶりに対面したから気づいたけど、また身長の伸びてたよな~」

 陽仁の身長は一七八センチである。

 久方ぶりに対面した虹花は陽仁がやや見上げるほどあった。

 下手すると一八〇センチは超えているかもしれない。

「まあ当人の前で言ったら投げ飛ばされるね」

 誰に言うまでもなく陽仁はただ苦笑い。


 自分より身長の高い異性は好きですか?

 


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