第31話 サイクロンニクス

 トリニティーパーク近隣は喧噪に包まれていた。

 各ゲートをバリケードで封鎖した環境保護団体と動物愛護団体。

 その団体を排除しようと睨み合いを続ける警官隊。

 距離を置き様子を撮影する多数のマスコミ。

 そして野次馬や招待客の家族であった。

 押し合いへし合いと膠着状態は解除されず、強制排除に動こうと団体側は数を活かして激しい抵抗を繰り返す。

 警官隊は応援を要請しようとも一挙に押し寄せたマスコミや招待客の家族の車両で渋滞し、たどり着けずにいる。

 迅速な人命救助のため空から派遣する案が上がろうと、それを見越した団体が発煙筒や打ち上げ花火で妨害する。

 それはマスコミのヘリだろうとお構いなしときた。

「タワーの傾きから五時間が経過しました。パーク内の様子は今なお判明せず、一部では爆発が起こるなど残された招待客の安否が気がかりとなっております」

 大手テレビ局より派遣された男性キャスターは横から渡された原稿に目を見張る。

 すぐさま目を色を変えては、丁重ながら早い口調で伝えだした。

「今速報が入りました! パーク内より一一九あり、生存者です。生存者からの通報です!」

 マスコミたちは一気にざわついた。

 通信ができぬ中、届いた一報。

 情報を生業とするからこそ、パーク内が通信不可の状況に陥っているのは掌握済み。

 どのような手で、誰がと、入手した招待客名簿に目を走らせる。

「陽仁は無事なの?」

 母親として晴菜は息子の安否が気がかりだった。

 何度連絡しようと通じず、運営に問い合わせても同じ。

 気が気ではなく親として直に足を運んだわけだ。

「お久しぶりです。晴菜さん」

 ふと背後から唐突に声をかけられた。

 覚えのある男の声に振り返れば高級スーツを着込んだ男性だった。

 精悍そうな顔つきは兄弟そっくりだと、嫌悪の感情が半眼を作る。

 違うといえば、弟と違って、この兄には慢心さがないことだろうか。

「本当に久しぶりね、嵐太くん」

 晴菜の口調に嫌がこもるのは致し方ないこと。

 檀野グループの後継者でありながら奔走し行方を眩ませた男。

 そして長男である大輝の無二の親友である男。

 この男が奔走しなければ、次子の学校生活は違っていたかもしれないと何度思ったか。

「あなたが言いたいことは理解しています。その恨みも。立ち話もなんです。こちらに」

 案内されるまま、物陰に隠れる形で停められた乗用車に案内される。

 一言で国外の高級車。動物の知識はあろうと車の知識に疎い晴菜はただ高い車との認識しかない。

「追加の速報があったらすぐに知らせてくれ」

「かしこまりました檀野CEO」

 乗用車脇に控えていたスカートスーツの女性にそう伝える嵐太。

 そのまま中へと晴菜は案内された。

「CEOってあなた、今何をしているの?」

「では改めて」

 車内は広く、嵐太と対面する形でシートに座る晴菜。

 疑問の回答は一つの名刺だった。

<サイクロンニクス、CEO檀野嵐太>

 目を見張るしかなかった。

 企業名は知っている。人型フォークリフトや自動調理機械の納入元であるアメリカ企業だ。

 共同経営により六人のCEOがいる。うち一人が日本人だと聞いていたが、まさかの知り合いだとは思いもしなかった。

「渡米先で意気投合した人たちと起業したんです」

 運が良かったと嵐太は語る。

 バーで出会った後のCEOたちと意気投合したのが始まり。

 酒のノリで行ったラスベガスのカジノで大当たりし、それを資本金として起業。

 起業立案者が嵐太だったこともあってか、社名をサイクロンニクスとする。

 大手企業が業績低迷で手放した工場を買い取り、総勢六名の会社はスタートした。

 経営戦略に優れた者、プログラミングに優れた者、交渉術に優れた者、人脈に優れた者、加工技術に優れた者、広報に優れた者と各々が得意な分野を活かして事業を拡大していく。

「陽仁くんのことを知ったのは今から一年半前でした」

 気まずそうな顔で嵐太は語り出せば、晴菜の顔は曇る。

 業績成長は著しく、最初の六人から今では一〇〇〇人を越える規模にまで成長した。

 さらなる発展と親睦を深めんと社員一同ハワイでバーベキューをしていた際、事件が起こる。

「浜辺でいきなり、タイの奴から顔面膝蹴りを受けましたよ」

 タイとは大輝のことであり、大輝もまた嵐太をランと呼び合うほどの仲であった。

「まさかあそこでタイと再会するとは思いもしませんでした」

 海洋研究の一環でハワイに訪れていた大輝と偶発的に再会した。

 手荒い再会となったが、友の手荒い歓迎理由を知った嵐太は行動を開始する。

「まさか弟が実家の威を借りて好き放題していると知らされた時は、怒りと呆れしかありませんでした」

「そういうことね」

 本来なら怒りが感情を押し込み、嵐太の頬一つ張りたい晴菜だが、その口調に話の流れが見えてきた。

「陽仁の協力者ってあなたのことだったのね」

「はい、本来なら弟の愚行を告発し反省を促させるつもりでした。ですが陽仁くんは自ら鍛えさせるのを望み、状況をひっくり返す選択をしたのです」

 母親としてすべて合点が行った。

 名を打ち明けぬ協力者。

 傷だらけ痣だらけで帰宅する日は珍しくなく、夜な夜な帰宅する日すらあった。

 成績とて高校側からカンニングと断言されるほど上昇させた。

 プレオープンの今日、ホテルで会うと陽仁は言っていた。

 それが檀野嵐太。檀野雷蔵の兄だった。

「高校に押し寄せた弁護士、教育委員会、警察の三つもあなたの差し金ね」

「おっしゃるとおりです。彼を鍛える傍ら、証拠固めに調査を入れたんです。檀野の名前で腰を重くした連中も、逆を言えば檀野の名前で動きますから。ついでにマスメディアにも情報をリークしました」

 苦い顔をしていると晴菜は自身の表情を自覚した。

 あれほど自身が訴えようと動かなかった警察や教育委員会を名前一つで動かした男に複雑な思いだ。

「とりあえず聞くけど、あなたのお父さんには」

「父には事の顛末を一年前から伝えています。最初は驚かれると思いましたが、どうやら父も父で二年前から独自に調査をしていたようで、弟の周囲が檀野の名前で勝手に忖度しているのが分かりました。もちろん父親として息子を止めるつもりだったのですが、陽仁くんから止めるよう懇願されました」

 晴菜の目から不満と怒りは消えない。

 長いようで短い二年。

 もう少し早く行動してくれれば息子の生活はまともだったはずだ。

 過ぎたことだと割り切れるはずがない。

「本来なら父は今日の夕方、弟に今までの愚行の猛省がなければ勘当を伝えるつもりでした。もちろん陽仁くんに対する謝罪と賠償を含めてですが」

 嵐太の言葉尻が重く潰える。

 大企業の御曹司がいじめ行為。

 スキャンダル後、株価暴落間違いなしだろう。

 それでも経営者ではなく父親としての英断は一定の理解を示す。

「現状、この様です」

 嵐太は窓辺からパーク側を見た。

 すると車外にいた女性が窓ガラスをノックする。

「どうした?」

「CEO、現時点での生存者が判明しました。こちらを」

 開けた窓越しに渡されるタブレット端末。

 目を通した嵐太は、すぐさま晴菜に手渡してきた。

 速報と打たれたネットニュース記事。

 確定とされた七名。その二名に目を見開いた。

「は、陽仁、それに虹花ちゃん!」

 息子と幼なじみの名前があった。

 生きていた。息子たちが無事に生きていた。

 安堵が頬に一筋の涙を落とす。

 この安堵がすぐ側を通り過ぎた二匹の飼い犬に気づかせなかった。


 どうしようどうしよう、ご主人がピンチだよピンチ!

 お前な、そんなもん見ても嗅いでもわかんだろう!

 でもルズ、どうするの! どうしよう!

 主がピンチなら助けるのが俺たちの役目だろう!

 ええええっ! でもあっちこっち危ないのいるよ!

 忘れたのか、タン、主は俺たちを危ない人間から助けてくれたんだぞ!

 そうだけど! そうだけど、そうだよね。

 そうだ、むっ! タン、この匂い!

 あ~ご主人の匂いだ! 近くにいるよ!

 主を助けてモフモフしてもらうぞ!

 あ、待ってよ! モフモフされるのは僕だよ!

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