第40話 切ろうと思って切れる縁は縁じゃない

 川田詠子かわだえいこは地元ローカルテレビ局に勤めるニュースキャスター。

 高校の頃、先輩の父親の影響を受けて報道の世界に飛び込んだ。

 生まれ育った故郷の魅力を存分に伝えたい。

 入社して二年も経っていないが、持ち前のバイタリティーにて精力的に活動していた。

 そして今、動物大脱走で混乱状態のトリニティーパークに駆けつける。

 ただ高校のいじめ隠蔽疑惑について出張っていたため他の報道局より出遅れてしまった。

 見通しの良い場所はほとんど取られ、ひしめく報道陣を背景として定期的に局と中継を繋ぐだけ。

 めぼしい映像は撮れず、スタッフたちも諦めムードだ。

 局に帰り次第、お局から飛ぶお叱りの未来に内心うんざりしていた。

『今日のパンツ何色?』

 スマートフォンにかかってきた見知らぬ番号。

 出るなり、聞き覚えのある声でのセクハラ発言。

 川田は平常心を保ちながら、声音に圧を重ねながら言う。

「何のようですか、クソ先輩」

 日頃は眉目秀麗のスタンスからの変わりように周囲のスタッフがドン引きしている。

 連絡の主は立花純太。

 高校時代の先輩であり、彼の父の影響で報道の仕事を目指すこととなった。

 ただこの先輩、面倒見と情報の持ちようはいいが、気に入った相手には冗談めいたセクハラ発言をしてくるから困ったもの。

 緊張を和らげる緩衝材狙いがあろうと良い大人が自重すべきだ。

「どうやらまだ食べられてはいないようですね」

 直々に救急センターに連絡してきたからこそ安否は把握している。

 ただコネある大手ではなく地元のローカル局の人間に連絡を取ってくる狙いが読めなかった。

『手身近に言う。俺の写真あるだろう? ほら年末の飲み会の写真、それ用意してくれ!』

 矢継ぎ早にあれこれ要請してくるときた。

 要求するということはパーク内の状況は思わしくないのだろう。

 スタッフたちの怪訝な目線に川田はオープン会話に切り替えては、立花の音声を届けやすくする。

「スタジオと中継繋いで! 急いで!」

 川田の行動は早かった。

 ゲスな言いようだが避難民との直接通話は大スクープだ。

 今なおゲート前は大荒れ、救助活動は全く始まらない。

 政治家同士あれこれ揉めているのは把握済みだ。

『はじめまして皆様、私の名前は立花純太。ジャーナリストです』

 立花が何故、大手ではなく地元ローカル局に繋いだ理由。

 川田は地元に務めているからこそ看破した。

 それはこの局が景城市を根城に幅広く活動しているからだ。

 プレオープンの招待客の多くが、ここの地元民。

 今なお無事を祈り、帰りを待つ家族は多い。

 卑劣な言い方だが、その家族たちを使って、今なお動かぬ政治家たちを揺さぶり起こす狙いがあった。

『今私はトリニティーパークにいます』

 この声で動くか否か。

 賭けであるが分の悪い賭けではなかった。


 一人の老婆が鋭い目でテレビを睨みつけていた。

 旧家の流れを持つ家は今なお影響力があり、下手な国会議員すら頭が上がらない。

 テレビには一人の男性の声が流れ、懸命にパーク内の様子を懸命に伝えている。

 今なお始まらない救助活動。

 毒蜘蛛に噛まれた友達を助けるため、死地に赴いた少年の話。

 動物の群に追われようと、その知識で逃げおおせたこと。

 絶望に打ちのめされようと、膝をつかず今を生き抜いていることを伝えてきた。

「まさかハル坊かい」

 気づかぬ老婆ではない。

 生存者には孫娘の名前と共に載っていた。

 今は生きている。だが、この状況は年の功として不味い気がしてならない。

 何しろ、あの土地は今は亡き友が頑なに手放さなかった土地。

 周囲からご隠居や先生と呼ばれようと、今はただ一人の老婆でしかない。

 視力も腰も随分と落ちている。今では末の孫一人抱き上げるのに一苦労だ。

 だとしても、あのイタズラ小僧が身を挺して行動しているならば、老婆にもできることがある。

光美みつみから預かったのが確かここに」

 戸棚から取り出すのは古ぼけた一冊の本だった。

 糸で幾重にも綴じられた本。

 テーブルの前に腰を下ろせば、老眼鏡をかけ、ペラペラとページをめくる。

「城が傾いたら東に逃げろ、光美は死ぬ前にも言っていたわね」

 幼き頃から耳にタコができるほど聞かされていた。

 先祖の城が一夜にして傾き、崩れた昔話。

 老人ならば知っていようと、時代の流れにより知る者は少なくなっている。

 よほどの郷土愛か、物好きな若人なら知っているかもしれない。

「縁結びと縁切りの神社が一つの山の中に背中合わせの形であったけど、あの山も五〇年前の開発で更地になっちまった」

 思い出すは昔の話。

 とある男は惚れた女と結ばれるため毎日毎日、縁結びに詣っていた。

 一方で、その男にうんざりしていた女はさっさと縁が切れるよう縁切りを願った。

 結局のところ、縁は切れることなく男は鬼流院家に婿入りするのだから、信仰は当てにならない。

「まあ女は心身鍛える男の姿にホレなおしちまったのが大きいかね。切ろうと思って切れる縁は縁じゃないってつくづく痛感したよ」

 縁切り縁結びなど結局は後付けでしかない。

 自ら行動し続けたからこそ得た結果。

 厳しい言いようであるが、至らなかったのは努力が足りなかった結果。

 世の中、報われることばかりではない。

「あった、あった、ここだね」

 本には当時の絵柄で記されている城の倒壊図がある。

 いつ倒れだしたのか、時間は、経過は、範囲はと当時の情勢が細かく記述されている。

「当時の寸法を今のに合わせるとなると」

 そろばんを手にパチパチと弾く。

 電卓はあろうと、年の功で使い慣れている。

 計り直しては、メモ帳にペンを走らせ、またそろばんを弾くの繰り返し。

「こりゃ不味いわね」

 あくまでも前例を元にして導き出した仮説。

 仮説だが、確証に踏み込ませるのはパーク内で二度、大きな揺れの証言があったとテレビからの報告だ。

 四度目の揺れで城は完全に倒壊したと記述されていた。

「ったくこの非常事態にいつまで座りこんでんだい」

 引き出しから手帳を取り出せば、パラパラとめくり、今は珍しき黒電話のダイヤルを回す。

 スマートフォンがあろうと、敢えて固定電話なのは、単に仕事用の電話がこれの理由であった。

「久しいね。ニュースは見たかい? ほらトリニティーパークのだよ。あぁ? 今準備してるだ? バカ抜かしてんじゃないよ。一刻を争う事態にちんたらお席に座ってたらたらとお話している暇なんてあるのかい? とっとと動きな! あんたなんのためにその椅子に座ってると思ってんの!」

 叱りつけるように通話を終えるなりまた別なるダイヤルをかける。

「あんた、動物に有権者でもいるのかい? なんでもかんでも反対反対って確かにさ人間は天然記念物じゃないけど、あんた、このあたしに国会議員になって人の暮らしをよくしたいとか言っておいて、今やってんのは動物の生活第一かい、なら今度の選挙は動物党でも作って、無所属で立候補しな、いいね!」

 次々と電話をかけては相手を叱りつけて行くの繰り返し。

「このバカ知事が、とっととさっさと指示出しなさい! あんたの椅子は都民のお陰で座れているようなもんだよ! 動かんなら今すぐあんたとこカチ混みかけて都庁の屋上から投げ落とすからね! 右側か、左側かどっちか選んでおくように、いいね!」

 それとと肝心要の要点を伝えた。

「救助ポイントは今から言うパークの東側を指示しなさい! 理由? あの土地にはね、昔から城が傾いたら東に逃げろって言葉があんのさ! いいから、仕事しな、仕事! 税金泥棒とか都議たちから言われたくないだろう!」

 そして老婆は受話器を置く。

 寄る年波には勝てないのか、ちょっと叱りつけた程度で軽い息切れがする。

 ほんの少し前まではイタズラ小僧を追いかけては捕まえ、尻をひっぱたいたというのに時の流れは残酷だ。

「さてと、あたしがやれることはやったわ。ハル坊、虹花と一緒にしっかり帰ってくるんだよ」

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