第四章:炎×猿×怨

第41話 あってないような選択

 日が、沈んでいく。

 沈み、パークを暗き影が覆う。

 ほの暗き中に点在するは非常灯。

 時折、揺れ動く影は動物か、人か、遠巻きに位置する者たちでは分からない。

 事態が動いたのは各キャリアの移動式通信中継車が到着し起動した時であった。

 本来なら車両であるからこそ渋滞にて足止めを余儀なくされる。

 だが、警察の尽力により交通整理が行われ、パーク前まで到着することができた。

 これでパーク内の生存者と連絡が取れる。

 そう、この場にいる誰もが安堵した時だ。

 ゲートを封鎖する団体から悲鳴が立て続けに巻き起こる。

「な、何よ!」

 川田はスタジオとの中継を維持したまま、カメラと共に顔を向けた。

「た、助けて、く、あああああっ!」

「痛い、痛い!」

「何故だ、我々は動物たちを守ろうと、がはっ!」

 あれほど頑なにゲートを封鎖していた団体が、蜘蛛の子を散らし怯えながら押し合いへし合いと逃げ出している。

 原因は、チンパンジーの群。

 ゲートを乗り越えた群は見境なく団体の人間に牙を立て、噛みついたまま、その肉を引きちぎる。咀嚼することなくガムのように吐き捨てた。

 動物愛護を唱える者からすれば、動物の裏切りだろうと、それはあくまで人間の都合であって動物の都合ではない。

 人間の主義主張があるならば動物にも主義主張があった。

 喰うか、喰われるかと。

「な、何よ、これ」

 川田はスタジオとの中継を一瞬忘れてしまうほど、目の前の光景に愕然とする。

 チンパンジーの身体能力は知っているが、まさか柵を飛び越えて来るとは思ってもいなかった。

 何よりチンパンジーの群は笑うように鳴きながら団体の身体に食らいついては辺りを血の色に染めていく。

 警官隊にも襲いかかり、噛みつこうとその手に持つシールドやヘルメットに阻まれるなり、早々に離れていた。

「川田、動物園エリア、水族館エリアのゲートでも同じようにチンパンジーの群に襲われているそうだ!」

「なんでそんな一斉に!」

 ディレクターからの報告に逃げるべきか否か川田は逡巡する。

 少し離れた位置に陣取っているからこそ、他の報道陣と比較して安全かもしれない。だが、柵すら飛び越えるチンパンジーに人垣など意味がない。

 加えて、チキンレースか、上からの命令か、報道魂か、報道陣たちは誰一人逃げることなくカメラを構えては、凄惨な光景を撮影している。

 警官隊がいるから安全でありいざとなれば守ってもらえると思っているのか、誰も逃げ出さない。

「なっ、通信中継車が!」

 チンパンジーの群は団体に噛みつくだけ噛みつけば、警官隊を踏み台にして移動式通信中継車に殺到する。

 車両屋根に設置されたアンテナを枝葉でも折るかのように破壊しては、気が済んだようにパーク内へと舞い戻っていた。

 五分もなかった。

 たった五分で状況は良い悪い関係なく一変した。

「確保だ! 確保!」

 警官隊たちは一斉に動いた。

 彼らが無事であったのは単に暴徒用にヘルメットやシールドの防具を装備していたからだ。

 対して団体はレインコート一枚、こんな装備では動物の牙は耐えきれない。

 チンパンジーにより負傷した団体は抵抗らしい抵抗をできず次々と確保されていく。

 それどころか情けない声で助けを求めるなど、居座っていた威勢と剛毅さは消え去っていた。

「通信車両のアンテナだけ破壊するなんて、そういえば」

 川田はふと思い出す。

 動物の中には、人間の目では見えない、聞こえない、感じられないものを感じられるとある。

 恐らくだが、あのチンパンジーの群は、通信車両から出る電波を不快な敵として排除しに現れたのではないか?

 封鎖する団体は運悪く巻き添えを受けただけ。

 だが、膠着状態を一転させる好機となった。

「立花さん、聞こえますか! たった今、ゲートを封鎖する団体が警官隊により強制退去されています!」

 通話は繋がったままだ。

 もちろん団体が排除されようとパーク内に足を踏み入れられるわけではない。

 入るには瓦礫やバスを撤去する必要があった。

 そしてスタジオを通じて、新たな情報が舞い込んでくる。

「たった今入った情報です! 知野しりの都知事は、自衛隊に出動要請を出したとのことです! また景城市議会からも要請があり、救助ポイントを、え?」

 流れてくる情報に川田は目を疑った。

 今の今まで重い腰を上げなかった政治家たちが手の平を返すように動き出した。

 加えて、不可解なのは救助ポイントに向かうのではなく、救助ポイントを指定してきた件だ。

 地下通路に動物が陣取っているせいで地下シェルターに避難できないのは立花からの情報で把握済み。

 危険な動物が跋扈するパーク内を自力移動させるなど、ありえないと疑問を口走り駆けるもカメラの前なので喉元で抑え込む。

「失礼しました。周囲の状況を鑑みて、安全な救助を行うためとのことです!」

 言葉では出そうと解せないのは確か。

 指定された救助ポイントはパーク東側、野外イベント会場ホールであった。


 立花は後輩との通話からすぐさま緊急センターに切り替える。

 ゲート前の状況、派遣される救助、指定された救助ポイント。

「残り二時間もない? それは、ええ、はいはい」

 通話内容を手帳に書き込みながら、立花は周囲に知らせる。

 四度目の揺れが来ればタワーは完全に倒壊する可能性が高い。

 今感じた揺れは二回目。

 三回目の揺れから二時間後に最大の揺れが来る可能性が大とのこと。

 下手するとタワー倒壊に巻き込まれるリスクがある。

 そのため、危険を承知の上で指定ポイントにまで自力で向かって欲しいとのこと。

 また現状、地下シェルターの救援は難しいが、その構造上、安全だらこそ優先順位は次とされていた。

「だが自力で向かえとは無茶を言う。女子供もいるし負傷者だっている。いつどこに何かが潜んでいる以上、自殺行為だ。下手すると途中で襲われる。安全を確認できたのがそのポイントだけ? それが理由だと?」

 重い腰を上げたと思えば、自力移動を強いてくるとは、安全な椅子に座る政治家の性格は暢気なものだ。

「こっちは負傷者がいるんだ! ゲートから邪魔者を排除できたのなら、ここの上までヘリを飛ばせばいいだろう!」

 きつくなる声に立花は自制をかける。

 オペレーターはあくまで上からの指示を伝える仲介役でしかない。

 文句を言ってもどうにもならないが納得できるはずがない。

「いえ、行きましょう」

 部屋に鶴の一声がする。

 今まで死んだように眠っていた陽仁が目を覚ましていた。

「パークに入る前、とあるおばあさんから言われたんです。城が傾いたら東に逃げろって、指定されたポイントも東、意味があるはずです」

「ダメだ、容認でき、うわっ!」

「「うううっ!」」

 否定しかけた立花。

 だがルズとタンが揃って唸り声を上げた直後、断続的に続く揺れにより発言を遮られた。

 断続的に続く揺れは建物に亀裂を走らせる。

 揺れとして規模は小さかろうと、この揺れ一つで医務室の壁や床に無数の亀裂を生じさせていた。

 倒壊しなかったのは奇跡かもしれないと誰もが顔に怖気を走らせる。

「どっちにしろ、選択肢は一つだってことか!」

 立花は苦虫を噛み潰した顔をするしかない。

 外に行こうと、内に閉じこもろうと脅威は去ることはない。

 このまま救助を待ち続ければ、起こる揺れにより今度こそ建物が倒壊する可能性がある。

 頑丈な地下シェルターに今から向かう手を考えるも、閉鎖された空間では逃げ隠れできぬリスクが高い。

 かといって外に出れば、動物たちが狩りに来るが、開けている分、逃げ隠れできる猶予がまだ残されている。

 結局、至ったのは大人しく死を待つか、それとも足掻いて喰われるより先に脱出するかの二つだった。

「わ、私は行こうと思う」

 以外にも賛同したのはミルだった。

 ちらりと虹花や椎名親子を流し見ながら言った。

「確かに外のほうが危ないかもしれないけど、このまま閉じこもっていても危ないなら少しでも助かる方に賭けるべきだと思うの」

「しかしな」

 立花の口が重いのは誰もが理解している。

 負傷者に子供がいる以上、自殺行為は避けるべきだ。

 避けるべきだが、この部屋の安全性がなくなってきている。

 ここで立花は室内にいる全員の目を見た。

 誰もがミルの意見に賛同している色彩だ。

 大人一人、賭けのリスクを背負うのは当然だが、そのリスクを他者に、それも子供に背負わせるのは大人ではない。ただのクズだ。

「危険から遠ざかるのが一番か、くっ!」

 動く以外に選択肢がない、が正しいと分かっていても割り切れない。

 選択を渋る時間がないのも事実。

 立花はすぐさま案内マップに救助ポイントの赤丸で書き記せば、陽仁に聞き取りを行った。

「陽仁くん、外の状況を改めて教えてくれ」

 安全などなかろうと避難ルートを選択できる自由は残されている。

 加えて彼の飼い犬、ルズとタンがいるのは鬼札だ。

 この二匹の犬のお陰で陽仁は危機を回避し帰還できた。

「後は気休めだけど、できる準備はしておこう」

 残り時間は推定二時間。

 力は動物に劣ろうと人間には知恵がある。

 知恵を武器にし死に抗おう。

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