第42話 復讐機
檀野雷蔵は走る。走り続ける。
どこを走っている。どこにいる。
薄暗き中を走り続けたことで現在地すら把握できなくなっていた。
「クソクソクソ、クッソがああああああ!」
雷蔵は悪態つきながら通路を駆ける。
背後からキーキーやかましい鳴き声が反響し鼓膜を通じてイラ立ちを加速させる。
どこに逃げるわけでもなく、鳴き声から遠ざかるためにただひたすら走っていた。
かけがいの無い仲間が誰もいなくなった。
誰一人いなくなった。雷蔵たった一人となった。
藤原燈子は虎に顔を潰された。
阿須康平は熊の盾となり戻ってこなかった。
野田秋桜はピラニアに食い尽くされた。
冬木隆司はキリンに蹴り殺された。
何故だと、どうしてだと何度も自問した。
「あいつのせいだ! あいつの!」
憎たらしい男の顔が脳裏に浮かぶ。
名前を口にすることすら吐き気を催す嫌悪が込み上げてくる。
何度思ったことか、あいつと出会いさえしなければ、こんな不快を味わうことなんてなかった。
「そうだよ、あいつさえいれば誰一人死ななかったんじゃないのか!」
虎の頭が飛んでくることも、熊に遭遇することも、ピラニアに食い尽くされることも、キリンに蹴り殺されることもなかった。
あいつは動物の知識を独占してのうのうと一人生き長らえている。
何故、その知識を一つでもこちらに分け与えようと思わなかったのか!
「仕返しのつもりか、あいつは!」
合点が行ったように雷蔵は胸郭の感情を膨れ上がらせる。
確証も確信もある。
ちょっとイジった報復か、あの男はこの壇野雷蔵に手を伸ばすどころか、催涙弾を放って拒んできた。
咄嗟に立ち止まったことで直撃は避けられたが、しばらく涙と鼻水が止まらなかった。
加えてあの飼い犬たちだ。
パーク内はペット持ち込み禁止(ただし盲導犬は可)。
禁止にも関わらず、ペットを持ち込んでいる。大方、パークで動物脱走が起こると見越して秘密裏に持ち込んだに違いない。
「いや、絶対そうだ! あの犬たちは警戒心が強い! センサー代わりにして難を逃れてきたんだ!」
胸郭を膨れ上がらせた怒りは怨嗟として吐き出される。
正しいと思ったことが正しい。
間違っていない。そう思ったから、それが正解となる。
偶発的要素が重なったことなど雷蔵当人が知るはずもないし知る気もない。ましてや知る意味もない。
「俺を、壇野をコケにしやがって!」
脳内陽仁が見下すように雷蔵を嗤う。
それが雷蔵の意志を殺意に傾ける。
雷蔵の中にあるのは友である駒を失った逆恨み。
死ななくて良い人間を殺したのは十田陽仁だと、その目は完全に血走っていた。
「クソ猿どもが!」
背後から執拗に迫る鳴き声の正体はニホンザルの群だ。
どの猿も口周りを赤黒く染め、犬歯むき出しに吠えながら雷蔵を追いかけている。
「あいつを殺すまで死んでたまるか!」
肉を喰らうのは好きだが、喰らうのは断固拒否だと、雷蔵はニホンザルたちから逃れるため近場の扉を蹴破った。
すぐさまドアを閉め、鍵をかける。ドアの外より幾重も激突音がし、ガタガタと激しく揺れる。
数を持ってした体当たりでドアを破壊しようとしているのが丸見えだ。
「くっそ、どうする!」
雷蔵が飛び込んだ部屋は倉庫のようだ。
金属とオイルの匂いが充満し、人っ子一人、動物一匹もいない。
だが時間の問題。ニホンザルたちは執拗にドアに体当たりを繰り返している。
「何か、何かないのか!」
焦燥が怨嗟を鈍らせる。
いくら雷蔵といえどもあの群相手では瞬く間に骨まで喰い尽くされるのが目に見えている。
非常灯が点いた薄暗い倉庫の中、目を凝らして使えるものを探す。
バールのようなものでも良い。放水ホースでも良い。銃器の類はないだろうと最初から期待していない。
ハワイの別荘で試し撃ちした経験があろうと実物がなければ意味がない。
「こ、これは!」
倉庫の奥、シートで覆われた機材に雷蔵は瞠目した。
窮地で出会うなど運命だと驚嘆した。
エイリアン映画の主人公もこんな気持ちだったのだろうか。
シートをめくって中に入り込んだと同時、ニホンザルたちがドアを破壊し室内になだれ込んできた。
ニホンザルたちはうごめくシートを見逃すはずなく一斉に襲いかかる。
だが、シート越しに振り上げた野太い腕が一匹のニホンザルを叩き潰した。
一瞬にして赤き肉塊となった仲間にニホンザルたちは驚を突かれ、その場に縫いつけられる。
シートの奥より幾重にもモーター駆動音が響く。
シートがめくれ、中より人型重機が姿を現す。
ニホンザルたちは一斉に吠えては飛びかかるも、強化ガラス製のキャノピーに牙は通じず、鋼の手足に食いつこうと同じ。
逆に機械のパワーにはねのけられ、振り上げた脚で踏み潰される。
「殺す、殺す! 殺してやるぞ、十田陽仁!」
コクピットシートに座する雷蔵の目は完全に血走っていた。
サイクロンニクス社製、パワーローダー<トール三型>。
実兄の嵐太がCEOの一人を務めていることも、猛獣捕獲用として売り込んだ事実も知ることなく、弟の手にて復讐の道具として起動を果たす。
「どこだ、どこにいる!」
もう彼には動物の悲鳴すら届かない。
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