第24話 かけがいのない仲間
「クソ! クソ! クソ!」
雷蔵は悪態つきながら走る。息を切らし走る。ひたすら走る。
思考する余裕はなく、動物たちの追っ手がないか、時折、ひきつった顔で後ろを振り返っては遊園地ゲートに向かっている。
「な、なんで安全なシェルターにクマが入りこんでんだよ!」
ようやくたどり着いた安全なシェルター。
各エリアには災害時における緊急避難先としてシェルターが四カ所ずつ設置されている。
震災など万が一の際、避難施設としても機能するはずが、意味をなしていなかった。
「どっから入り込んだんだあのクマは!」
バレーか、トレーか忘れたが北海道のクマより小さなクマが三頭、シェルター内で血肉を貪りあっていた。
シェルターはクマのエサ場であるはずがない。
あの血肉が人間ならば当然、あのシェルターに避難していた人間は全滅となる。
特定の誰かを探すより特定の部位を探したほうが早い惨状。
血の池の奥より呻き声らしき声がしたが気のせいだ。
後はクマに気取られることなく地上に舞い戻り、走っていた。
「はぁはぁはぁ」
大通りの真ん中を靴音響かせ走ろうと動物たちは影すら見せない。
他に獲物があるのか、それとも腹一杯なのか、雷蔵にとってどうでもよかった。
自分だけ助かればいい。自分一人だけ逃げ切れればいい。
誰にでもある生存本能で頭の中は締められていた。
後少しで遊園地側の出入り口ゲートにたどり着ける。
自然と駆け足になるもゲートの現状を目視した時、ゆっくりと足を止めてしまった。
「な、なんだよ、これ、は……」
ただ立ち尽くし、唇震わせ瞠目するしかない。
ゲートは外から瓦礫やトラックで塞がれ、出入り口としての機能が殺されている。
外側に集うのは白いレインコート姿の人間たち。
目測でも一〇〇は越える揃い踏みが雷蔵に寒気を走らせる。
誰もが警官隊と睨みを効かせ、ゲート側にいる雷蔵に誰一人気づかない。
警官隊の拡声器から怒声が飛ぶ。
『君たちがやっていることは完全な妨害行為である! 集会及びデモ行為は許可されていない! 直ちに解散しなさい!』
堰を切ったようにレインコートの人間たちから怒濤の反論が飛んだ。
「黙れ、国家の犬が!」
「助ける必要などない! 中の者たちは自然を破壊し、動物たちを穢した報いを受けているのだ!」
「見よ、傾いたタワーを! あれこそ自然が怒りを表した証明!」
「動物たちを金儲けの道具とし、自然を破壊した愚か者に神が天罰を下したのだ!」
誰もが口々に叫び、警官隊の言葉に一切耳を傾けない。
強制排除しようにもバスやトラック、瓦礫などでバリケードを築いては近づけさせぬと徹底している。
「あいつら、確か」
雷蔵は自販機の裏に隠れ潜みながら外の様子を伺う。
訝しむのはどこか記憶にある集団だからだ。
「そうだ、思い出した。パーク建設時に反対していた集団たちか」
環境保護団体か、動物愛護団体、あるいは両方のはずだ。
テーマパーク建設を知るなり、三企業の本社の中にまで問答無用で押し掛けては建設中を訴えてきた頭のおかしな集団。
裁判に勝訴するまで工事を妨害するだけでなく、入園する動物の運搬すら妨害してきた。
どこで知ったか知らないが、海上に小舟で押し掛け航行を妨害するなど徹底しており、特に酷いのは関係者の家族や子供を盾に脅迫してくる始末。
お陰で工期は予定より遅れてしまった。
妨害行為により運搬する動物たちの体調が悪化し、愛護を唱えながら矛盾を起こそうと、自らが絶対正義だと意にも返さない。
それどころか悪化したのはお前たちのせいだと非難の火種としてくる始末。
「なんでこいつらが出て来るんだ。タイミング悪すぎだろう」
気取られることなく雷蔵はゲート前を離れる。
あの手の頭のおかしい団体は裁判でも、経済的にも三企業の手で徹底的に叩き潰したはずだ。
降って沸いたように現れてはゲートを封鎖するなど用意周到すぎる。
まるでその瞬間が起こるのを把握していたような悍ましさに身震いした。
「そうだ。あそこなら!」
忍び足で遠ざかる雷蔵は思いつく。
別段地上から脱出する必要はない。
パーク地下には各エリアを繋いだ地下通路が設営されている。
人や物資を潤滑に行き来させるためのもので、上手く行けば園外にある物資搬入口から脱出できるはずだ。
そうと決まれば雷蔵の行動は早かった。
ゲートからある程度離れれば自然と足早となる。
「雷蔵、雷蔵なのか?」
倒壊した店舗の横を通り過ぎた時、知った声が雷蔵の足を止める。
声は瓦礫の奥より聞こえ、隙間から知った顔が覗いていた。
「もしかして」
大小四人の男女が瓦礫の影に身を潜めていた。
雷蔵の遊び仲間であり、避難時には別行動であった故、安否は不明だった。
「お前たち無事だったのか!」
かけがいのない仲間との再会に雷蔵は口端を歪め、笑みを浮かべている。
それは純粋に再会を喜ぶ歪みではなく、使える駒と出会えた傲慢さが生んだ歪みであった。
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