第25話 何故、人はパを抜きたがるのか

 誰一人、動物一匹いないフードコートにて打音が響く。

 下手すると動物を引き寄せるリスクがあろうと、メリットを踏まえれば安いコストだ。

 機材保管庫にあった器機を物理破壊で拝借する音であった。

「ごめんなさい。今は使わせてもらいます」

 陽仁が今壊したのは<サイクロンニクス>社の自動調理機械。

 中に入った素材を外から壊す形で取り出していた。

 奥にあるパーツ保管庫から各部品を取れば早いのだが、探すのに時間がかかる。

 物言わぬ機械に謝るのは、単に義理立てに対する義理であった。

「よし、これで」

 ゴム手袋やゴーグル、マスクの重装備の陽仁。

 食品を扱うからこそ常備されているのは助かった。

 用心した唐辛子やタバスコの香辛料をボウルに中に入れ込んでいる。

 ゴーグル・マスク越しだろうと目鼻を刺激する匂いに早速涙目だ。

「なるほど、催涙、いやいわゆるクマ撃退スプレーか」

 立花は遠巻きに眺めながら空となった酒瓶を指先でいじっている。

「ええ、正規とは違いますし応急的なものですけど、ないよりはマシです」

 立花に言い返しながら陽仁は、次いでアルコール度数の高い酒をボウルに全部入れて混ぜ込んだ。

 十分に混ざったのを確認すれば、空き瓶の口にコーヒーフィルターをはめた漏斗を入れ、混合物の濾過に入る。

 今回は時間が惜しいため、複数の瓶ごとに小分けしていた。

「動物は鼻が効く分、刺激物に弱いんです。ですけどあくまで離れさせるためのものですから、下手に使うと興奮させて危険です」

「風向きや距離も考えないといけないよな」

 立花は陽仁が自作している間、各階層を回って霧吹きを集めてくれた。

 テーブルなどの消毒に利用されるアルコールが入っているものだ。

 至近距離や風向きを考えねば使用者や周囲が自滅するリスクがある。

「まあそのためには、これを作っておいて損はない」

 立花は手慣れた手つきで手拭き用ナプキンをアルコールに浸している。

 何を作っているのか、テーブルに並べられた酒入り小瓶から看破できぬ陽仁ではない。

 この手の知識には疎いが、香辛料に負け時と漂って来るアルコール匂からして度数は高いと見る。

「もしかしなくても火炎瓶ですか?」

「動物は火が苦手。なら燃やせばいいだけの話よ」

「人間だって燃えますって」

「大丈夫、あくまで保険だから。後で損害賠償請求されたくないし」

 本当なのか陽仁はマスク越しに呆れた渋面を作るしかない。

 言動から修羅場を何度もかいくぐってきたのが見て取れる。

 ならば動物脱走を盾に正当防衛と緊急避難で回避するはずだ。

「水鉄砲とかあれば飛距離を伸ばせるんだけどな」

 無い物ねだりだと陽仁は早々に諦める。

 距離が近ければ近いほど動物が有利。

 加えて動物は基本四足歩行。姿勢と視線が低く、二足歩行の人間は間懐に入り込まれやすい。

 獲物を狩る本質上、いきなり一〇〇メートル先から飛びかかるバカな動物はいない。

 ギリギリのギリギリ、獲物を逃がさぬ距離まで詰めた瞬間、動き出す。

 そのためには何時間も距離と隙ができるのを待ち続けるのは当たり前。

 長距離から獲物をしとめるのは道具を使う人間だけである。

「どっかにゴムとかあればスリングショット作れるのに」

 幼き頃よりアウトドアを経験してきた陽仁。

 兄の大輝と落ちている枝を拾っては、持ってきた素材と掛け合わせて弓やスリングショットを作って遊んだものだ。

 ついでロビンフットごっこをじぶんにやった兄の大輝が父親にシバかれたのを思い出した。

 兄は『テルーの矢は当たらんだろうが!』と抗弁していたも当時はさっぱり分からなかった。

「ああ、○チンコのことね」

「わざとでしょ」

 伏せ字の意味がまったくない。

 いい歳した大人の口から出る言葉ではない。

「そうだ、ゴムは別にストリング状でなくてもいいんだ」

 伸び縮みすればいい。ゴムとはそういうものだ。

 思い出すは外にある露店だ。

 ポップコーンやホッドドックを売る自動売店。

 混雑具合に応じて露店を移動できるよう車輪がとりつけられている。

 自家製催涙スプレーを作るのに思考を傾けすぎていた。

「台車とかについてるかな?」

 外に出るのは危険。

 ならば内で探すのが妥当。

 器物を運搬する台車の中には、ゴム製タイヤがあるのとないのがあった。

「保管庫とかにありそうだけど?」

 立花のアドバイスにうなづいた陽仁は器に溜まっていく赤き液体を確認する。

 ようやく半分まで行っている。これなら少し席を外しても問題ないはずだ。

「ちょっと探してくるんで、見ていてくださいよ」

「もちろん、何かあったらすぐ教えるから」

 安全が確認されようと油断はできない。

 気づかず動物に入り込まれたなどお約束。

 場を離れる中、スタッフルームにいる虹花たちが気がかりであった。

 何かあればその奥にある更衣室に逃げ込むよう言ってある。

 今なお目覚めぬ不安はあるも、任せられる人間がいるのは心の負担を和らげてくれた。

「いない、ね」

 ゆっくりと食料保管庫への扉を開ける陽仁。

 扉の隙間から険しい目つきで動物の痕跡を探す。

 床ばかり見るな、上を見ろ、壁を見ろ。

 奴らは人間とは違う。地上を走るだけではない。木に登り、水に潜み、地に潜るなど獲物や天敵を欺き、生き抜いている。

 食料保管庫内は食材や段ボールが散らばろうと、食いかけや爪痕が見あたらない。

 生鮮食品どころか冷凍食品が床一面に散らばっており、中にいたスタッフが慌てて逃げたのか、靴跡がくっきり刻まれた食材が混じっている。

 停電して間が経っていないため、中はひんやりとし、奥にある冷凍庫が墓石のように沈黙を保っていた。

「お、あった」

 目的の台車は冷凍庫手前にあった。

 横転により四輪は天井を向け、陽仁が探すゴムがしっかり装着されている。

「ついてるぞ、中のゴムチューブを取り出せば使える」

 表面のゴムタイヤは硬すぎて使えない。

 今陽仁が求めるのは柔軟性があり伸縮性のある空気を入れるゴムチューブのほうだ。

 取り出すのは調理場にある刃物を使えばいい。

 台車起こさんと冷蔵庫に背を向けた瞬間、墓石と化した冷蔵庫の扉が独りでに開かれた。

「死ねええええええっ!」

「へ?」

 女の叫びと共に中華包丁が陽仁の頭めがけて振り下ろされる。

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