第26話 インフルエンサー

「本当にごめんなさい!」

 女性は何度も何度も陽仁に謝り続ける。

 よもや冷凍庫の中に人間がいるとは思わないだろう。

 それも二人!

 外見からして年齢は一〇代後半から二〇代頭。

 共通している点は長い間、冷蔵庫に入ったせいか唇が青いこと。

 後はお揃いの服装だろう。

 同じベージュのスプリングコートに薄桃色のアウターと意図か、被ったか、お揃いであった。

 違いがあるとすれば髪型だろう。

 身長に大差ないが、中華包丁を振り上げた女性はセミロングに対して連れはショートヘアであった。

「本当に、本当にごめんなさい!」

「いえ、もう済んだことなので何度謝られても……」

 謝られすぎて逆にこちらが申し訳ない。

 陽仁は中華包丁片手にゴムタイヤの中からゴムチューブを取り出している。

 この状況下、仕方ないと思いたいが、まさかB級映画の演出をこの身で味わうとは思いもしなかった。

 化け物蠢く船内で安全な金庫に辿りつき、扉を開けた瞬間、先着者にバケモノと勘違いされ先制攻撃で殺されるキャラとなっていたかもしれない。

「君も災難だな。動物と勘違いされて襲われるなんて」

 立花は細分化したゴムチューブの端を結びながら笑っていた。

「いやもう台車なかったら頭かち割られていましたよ」

 笑えないが陽仁は苦笑で誤魔化すしかない。

 台車がなければ即死だった。

 その証明として台車には刃物が深く食い込んだ痕跡がある。

 咄嗟に盾として使用したのが功を奏した。

「なるほどね、ここに避難してとりあえず奥に隠れてやりすごそうとしたわけね」

 事情を聞いた立花は納得するように頷いた。

 中華包丁も自衛のために調理機械から拝借したものときた。

「もしかして君たち、リサ&ミルかな?」

 立花は思い出すように二人の名を聞いていた。

 正解なのか、二人は揃って頷き返している。

 セミロングのほうがリサでショートヘアがミルだと陽仁は改めて知る。

「立花さん、知り合いですか?」

「いや、知り合いいうか、有名人だよ。知らない? トラベル系インフルエンサー?」

 知らないと陽仁は首を横に振ることでしか答えられなかった。

 暢気に配信など眺めている状況ではなかったのが大きい。

「旅行先でその魅力を配信する女子大生二人組。フォロワー数もかなりのものだし、今の子なら知っていると思ったんだけどな~」

 残念がる立花。知らないのは知らないとしか陽仁は答えられないし頷けない。残念そうな視線を二つ感じたが、無視して作業に戻っていた。

「君たちも招待された口かな?」

 聞けばパーク側からインフルエンサーとして招待を受けたという。

 運営側からすれば広告塔として魅力を存分に宣伝してくれると白羽の矢を立てたのだろう。

「配信中に突然、動物たちに襲われて、どうにか命辛々逃げてきたんです」

「それでとりあえず冷蔵庫の中に隠れてたの」

 女性二人は事の顛末を話してくれた。

 襲われたとあるが外傷らしい外傷はなく、せいぜい衣服がすり切れている程度ときた。

「あ、あのもしかして生き残っているのはお二人だけなんですか?」

 控えめな口調でミルが唇震わせ訊いてきた。

 その声音は若干緊張して張っている。

「いや、スタッフルームに四人ほどいるよ。ただ先に言っておかないといけないことがある」

 立花は言葉を選びながら慎重に話し出した。

「う、嘘、封鎖ってどういうことですか!」

「どうもこうもおかしな団体がゲートを封鎖しているんだ。この手の事件に敏感なマスコミがヘリ一つ飛ばさないとはおかしいだろう?」

「そういえば静かよね」

 天井を見上げたリサが納得するも救援は望みが薄い現実に身体を震えさせた。

「だからこうして自力で脱出するための下準備を、彼、十田陽仁くんがしているってわけ」

 期待の籠った眼差しを二人して向けられても困る。

 あくまで動物除けの刺激物だと陽仁は簡素に説明しながらボトルの封をしていく。

 しっかりと器をペーパータオルで拭き取り、液漏れがないか見逃さない。

「本当に、あくまで、あくまで気休めだから期待はしないでくださいよ」

 再三、陽仁は念押しする。

 過信は慢心を生み、動物の糧となる。

 一度の失敗も許される状況はゲームみたくコンテニューなどない。

 死んだら終わり、食われれば死という理不尽な現実があった。

「後はっと」

 中華包丁を手に陽仁は自動調理機械の一台に歩み寄った。

 そのまま中華包丁の柄を叩きつけては、機械を力ずくでバラしていく。

 陽仁の奇行にリサとミルは驚き固まり目を丸くしている。

「うん、大きさと長さ、ちょうどいいのがある」

 機械の中より陽仁が取り出したのはY字状のパーツだった。

 持ち手となる部位にコンベアゴムを巻き付ける。

 次いで先端二カ所に裂いたゴムチューブを結びつけ、伸び縮みさせて動作を確認する。

 試し打ちと落ちていた酒瓶の蓋を弾代わりに打ち出した。

 弾かれる音と共に飛翔する瓶の蓋は壁に当たり、衝突音を室内に反響させた。

「パチンコ作ったの?」

「器用ね」

「昔取った杵柄ですよ」

 謙遜するようにリサとミルに陽仁は返す。

 パーツからして後三つ作れることからゴムチューブを余すことなく手製のスリングショットを完成させる。

「これで飛距離の問題は解決と」

 ただ放つには構えて狙いを付ける必要がある。

 狙いをつけている間どころか構える前に懐へ潜り込まれて殺されたなんて、B級映画ではよくあるシーンであった。

「最後にこのカプセルに催涙液を入れるだけ」

 陽仁が並べるはカプセルトイを入れるカプセルケース。

 ガチャマシンから拝借したものである。

 上下分割ケースは飛ばすにはサイズ的にちょうどいい。

 もちろん液漏れにより自滅しないよう密封する必要があるも、しすぎると着弾時に中の液体が飛び出なくなるため加減が難しいときた。

「入れ物はこれでいいかな」

 直に触るな危険の催涙液入りのカプセル。

 マガジン代わりとして陽仁が選んだのは調味料入れの金属ケースだった。

 小さい故にカプセルは一〇個も入り、なおかつ蓋もできる。

 ちょっと持つのに手間取るが現状より都合のいい容器はなかった。

「立花さん、一度、スタッフルームに戻りましょう」

 作業だけでなく邂逅もあってか時間をとりすぎた。

 悲鳴一つないのはよかろうと、動物は獲物に悲鳴ひとつ上げさせず狩るのもいる。

 万が一もあると陽仁の提案に立花は頷いた時だ。

 ガシャンと、遠くからガラスの割れる音がする。

 顔を見合わせた陽仁と立花の行動は早く、手製のアイテムを手に駆けだしていた。

「二人も急いで!」

 リサとミルを置いて行くのは危険だと陽仁は判断する。

 右向け左。

 音がした右を振り向けば左から襲われた。

 群れでの狩りで囮役が獲物の注意を引きつけるのはザラだからだ。

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